屠竜殲姫リリウム・マギウス ~ とある女神が創造した異世界おける竜を殺す姉妹の物語 〜

@naitoharuto

暴食の大竜編

とある姉妹の冒険

 魂すら飲み込むような深い闇の中を、微かな光だけを頼りに進む二つの影。


「ミア姉さん、血の臭いはこっちに続いてるみたい」

「了解、リズ。 あの男、あたしらの気配には気付いてないようだな」


 寄り添い合って暗い洞窟内を進むその影は、どうやら二人の少女のものであるようだ。


 ミアとリズ、お互いをそう呼び合った二人は相手の姿を見やる。 どちらもボロ切れの様な外套を纏い、装いは泥や返り血で汚れている。


「ミア姉さん酷い格好。 まるで屍鬼ゾンビみたいだよ?」

「あたしがゾンビなら、あんたは死霊レイスでしょう? 酷い格好はお互いさま」


 二人の少女は身なりが似通っているだけでなく、外見的な特長も一致していた。 短めに切り揃えた赤髪に黒曜石のような瞳。 まだ少し幼さが残る顔立ちは泥で汚れてはいるものの、とても愛らしい。 年の頃は十四歳ほどであろう。 体格は人間女性の平均的な背丈で、やや痩せている。


 その瓜二つな外見から分かるように、二人は双子の姉妹であった。 名をミア・ミセリアとリズ・ミセリアといい、釣り目がちで気が強そうな方が姉のミア、垂れ目でややおっとりした印象を与えるのが妹のリズである。


 姉妹が進む暗い洞窟内は血の臭いと腐臭、そしておぞましい魔物の気配で満ちており、まともな人間なら立ち入ろうとはしないだろう。


 まだ子どもでありながら、このような危険に満ちたダンジョンに潜っている事から、姉妹が歩んで来た人生が、決して平坦なものではなかったであろうことは、容易に想像がつくのだが、若い娘が冒険者などという命の危険が伴う職に就くのは、如何にも馬鹿げた行いに見える。 しかし、若くして両親を亡くして身寄りもなく、優れた魔法使いの才能を持っているとなれば、一攫千金を夢見て冒険者となるのも無理はないのかもしれない。


「この冒険が終わったら、なにか美味しいものでも食べにいこうよ、ミア姉さん」

「そうだな… ようやく馬小屋で寝泊まりする生活ともおさらばできそうだ」


 ミセリア姉妹の潜っているダンジョン、"冥界の入り口"は実際に冥界に通じているかは定かではないが、最深部を見て帰還した者は一人たりともいない。 その為、最奥には人智を超越した恐ろしい魔物が潜んでおり、その者に挑んだ冒険者達の膨大な遺品が、残されたままになっていると考えられていた。


 当然の如く、命知らずの冒険者達は遺品を求めて"冥界の入り口"に潜り、犠牲者の数は日に日に増加していく一方となった。 そして事態を重く見た冒険者ギルドは"冥界の入り口"を禁域に指定して封鎖し、見張りまで立てていた訳だが、それを破る者があった。


 その者こそ、姉妹が先程から跡をつけている男である。


 禁域に指定されるだけあって、このダンジョンの魔物はいずれも、とてつもなく強い——ミセリア姉妹では手に負えないほどに。 しかし、姉妹より先に単独でダンジョンに潜ったその男は、襲い来る魔物を次々と血祭りに上げて、奥深くへと潜って行く。


「ほんとにあたしらは運が良い。 このままいけば、あのバケモノみたいな男が最深部の魔物まで倒してくれるはずだ。 その間にあたし達はお宝を持てるだけ持って、ズラかるってわけ!」

「さすがミア姉さん! いつもながら完璧な作戦だね!」


 魔物は全て、先行した男が倒しており危険はない。 ミセリア姉妹はそう考えていた——故に気付かない。 致命的な存在がすぐ側で息を殺して待ち構えている事に。


 ぽたぽたと水滴が洞窟の上から落ちてくる。 それを大して気にもせずに、ミセリア姉妹が通り過ぎようとした時、水滴に晒された肌が焼け付くような痛みに晒され、リズは飛び退いた。


「退がってミア姉さんッ! 何か変だよ!」

「リズ!? どうしたの!?」


 思わず洞窟の天井を見上げた姉妹が見たものは、あまりにも地獄めいた光景であった。


 洞窟の上部に張りついて舌舐めずりしながら涎を垂らしていたのは無数の魔物。 生皮を剥がれた犬の様な痛ましい姿をしたその怪物は食屍鬼グールの一種であると推測できる。 裂けた口からは悪魔じみた乱食い歯が覗き、チロチロと炎のように舌が踊っている。唾液には強い毒性があり、一度噛まれれば命はない。 そして天井に突き刺さり、身体を支えていた劣爪は獲物の肉を容易に引き裂いてしまえるだろう。


 無数のグール達は音も無く二本の足で地面に降り立ち、哀れな犠牲者の前に現れた。


「グール!? なんでグールがこんなにたくさんいるの!?…… 」

「ただのグールじゃない! 魔力で変質した上位種だ…… 最悪…」


 ミセリア姉妹が置かれている状況は正に最悪と言えるものだった。 逃げ場は無く無数のグールに包囲され、戦力も圧倒的に劣勢。 生存できる見込みは無いに等しい。


「どうしよう…ミア姉さん……」

「リズ! 泣いてる場合じゃないだろ! あんたは炎の防御円フレア・サークルを展開して守りを固めな!」

「わっ、分かった。 やってみるよ! "炎の防御円"!」


 姉の力強い言葉に勇気づけられて、リズが唱えた魔法は、姉妹を中心に燃え盛る炎の円を描き出す。


 たとえ上位種と言えど、グールは火に弱い。 そう簡単には炎の円の内側には入れないだろう。


「リズ、そのまま押さえててくれ! あたしがコイツらを片付ける!」


 ミアは呼吸と共に火の魔力を集めて魔法を紡ぎ出す。


灼熱の槍スィアリング・スピア!」


 ミアから放たれた"灼熱の槍"は周囲に群がるグールの一体を貫き、焼き尽くした。 たとえ年若い少女と言えど冒険者になるだけあって、ミセリア姉妹の魔法の力は生半可なものではない。


 ミアは連続して炎の槍をグールに投げつけ、次々と葬っていく。


「ミア姉さん、凄い!」

「当たり前だ! あたしら姉妹は二人揃えば最強なんだよ!」


 一見、戦いの女神はミセリア姉妹に味方しているかに見える。 しかし、気付いているだろうか? グールの群れの中に異質なる者が混じっている事に。


「あたしら姉妹に手ェ出した奴は一匹残らず焼き尽くしてやる!」


 勢い付いたミアは炎の槍を矢継ぎ早に投げてグールを火だるまにしていく。 しかし、無情にもミセリア姉妹の快進撃は終わりを迎えようとしていた。 一匹のグールがミアから放たれた炎の槍を、爪の一凪ぎで掻き消したのだ。


「なっ!? なんで?魔法が無効化されるなんて……」

「狼狽えんな! 次は仕留める!」


 何度炎の槍を投げつけようと、そのグールには一切通用しない。 軽々と爪の一凪ぎで魔法を掻き消してしまう。 そのグールの尖爪は残忍な紫色の光を放ち、魔力を宿している事は明らかであった。


 魔法に対抗できる力は魔法だけ。 それがこの世界の基本原則だ。 つまり魔力を宿した爪であれば魔法を切り裂くことも可能となる。


 紫爪のグールは一匹だけではない。 ぱっと見たところ五、六匹のグールが爪に闇の魔力を魔力付与エンチャントしており、次々にミセリア姉妹を守る炎の防御円を爪で切り裂いていく。 最早ミアとリズを守る炎は姉妹の命と同様に、風前の灯と言えるだろう。


「ミア姉さん…わたしたちこんなところで終わりなの?」

「リズ、終わりになんかさせない。 あたしはお姉ちゃんだから、あんたを死んでも守らなきゃダメなんだ!」


 ミセリア姉妹はこれまでにも、何度となく死の間際に追い込まれてきた。 足が震えて叫び出したくなるような恐怖に晒されようとも、ミアは妹の事を想えば不思議と冷静でいられた。 妹を守る為なら、どんな絶望とも戦ってきたのだ。


「全部焼き尽くす…… リズを傷つけるもの全部ッ!」


 ミアは全身が焼け付くような痛みに耐えながら、限界を越えて空間中の魔力を取り込むと、彼女の持ち得る最強の魔法を解き放った。


忌むべき者の篝火バーンフル・オブザ・ダムド!」


 洞窟の天井まで届く巨大な火柱と炎のうねりが周囲に拡がり、忌むべき者共を生ける松明へと変えていく。 しかし、なんたる事であろうか! 大抵のグールが立ったまま炭と化して生き絶える中、紫爪のグール達は燃えるよりも早く肉体を再生させ、生き延びていた。 余りにも異質な超常的耐久力である。


 力を使い果たしたミアは力無くその場に崩れ落ちる。 殺到する紫爪のグールをリズがなんとか防御円で押し留めているが、それが破られるのも時間の問題であろう。


「…こんなとこで終われるかよッ!」


 ミアは迫り来る終わりに尚も抗い続ける。 しかし、無情にもグール達の爪はミセリア姉妹の絆を引き裂こうとしていた。


「大丈夫。 ミア姉さんはわたしが守るから……」


 普段のおどおどした様子からは想像できない程の覚悟と決意を感じさせる表情で、リズ・ミセリアはそう言った。


「わたしはずっとミア姉さんに守られて生きてきた… 死にたくなるほど苦しくても、ミア姉さんがいてくれたから生きていられたんだ…… 姉さんはわたしの全部なの」

「リズ? なにを……」


 リズは限界を越えて魔法を発動させ、防御円を維持している。 しかし、その代償は余りにも大きい。 外部から体内に魔力を取り込む事が出来る量は、時間辺りおおよその限界値が決まっており、それを超えて魔法を行使しようとすると肉体に大きな不可が掛かるのだ。


 このままではリズの身体は魔力の影響により崩壊し死に至るか、人ならざる者へと変じるかのどちらかであるが、いずれにせよミセリア姉妹にとって最悪の結末である事には変わりない。


「リズ、止めろ! もう…やめて……」

「大丈夫……わたしが、わたしじゃなくなっても、ミア姉さんだけは守ってみせるから…」


 魔力による肉体の変異は徐々にリズを蝕みつつあった。 既に彼女の右腕は人ならざる者へと変わり果てている。 リズの味わっている苦しみは想像を絶するものであるはずだが、愛する姉に対する想いだけが今の彼女を支えていた。


 ミアは自分達の運命と力なき自分自身を呪い、生まれて初めて神に祈った。


「神さま……一度だってあたしらを助けてくれなかった、くそったれな神さま…どうかあたしからリズを奪わないで……あたしのたった一人の大切な妹なんだ……」

 

 しかし、この世界の神に姉妹を助ける力などない。 神とは単なる傍観者。 物語の綴り手に過ぎない。 物語を紡ぐのは舞台の上に上がった者達だけだ。


「エリス、助けを求める姉妹を放っておける訳ないわよね。 同じ姉妹として」

「ええ、勿論ですわ、リリア姉さま!」


 したがってミセリア姉妹の前に金色の髪を靡かせながら現れた、美しくも凛々しい二人の少女は、自らの意思によりこの場所に立っていた。 リズとミアを悲劇の結末から救い出す為に。


「敵はグールが六体。 いずれも爪に魔力を付与していますわね……」

「まあ、問題にならないでしょ? 私とエリスなら」


 金色の髪の姉妹は細身の長剣を抜き放ち、光の魔力ルクス・フォルティア魔力付与エンチャントする。 途端に眩い光の刃が形成され、洞窟の闇を照らし出す。


 グール達は新たに現れた二人を脅威として認識したのか、リズとミアに背を向けて金色の髪の姉妹──リリアとエリスに襲いかかる。


 悪魔的な運動能力による立体的軌道であらゆる方向から飛びかかるグールの群れ。 この恐るべき狩人達の手にかかれば、人体など瞬く間に細切れ肉と化すであろう。


 しかし、迎え討つ姉妹の疾さはグールのそれを遥かに凌駕している。 リリアとエリスは膨大な魔力によって身体能力を増強ブーストすることで、人の極点を越えた力を得ているのだ。


 襲い来るグールには目もくれず、金色の髪の姉妹は剣を持たない方の手を繋ぎ、流麗なる回転剣舞を繰り出した。 リリアとエリスの刃は美しい光の軌跡を描き出し、後に残ったのは全身を切り裂かれたグール共の屍だけであった。


「わたし達、助ったの?」

「リズ! あぁそうだ。 グール共はもういない…だから……」

「うん… わたしすっごく疲れたの。 だからちょっとだけ眠るね、ミア姉さん……」


 リズは極度の疲労により倒れ込むように眠りについた。 その身体をミアがしっかりと抱き止める。


「無茶し過ぎなんだよ…」


 リズの変異した肉体は元には戻らない。 だが、これからもミセリア姉妹は支え合って生きていけることだろう。


「あんたらはあたしらを救う為に現れた女神様なのか?」


 ミアは金色の髪の姉妹に問いかける。


「そんな訳ないでしょ、私は初級冒険者のリリア・フロース」

「わたしはリリア姉さまの妹、エリス・フロースですわ」


 この姉妹こそ、この物語──とある女神が創造した異世界における、竜を殺す姉妹の物語の主人公、フロース姉妹である。







 

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