覚醒-06

 大振りな剣筋が、リュミへと振り下ろされる。

 なんとか身を飛ばし、転がりながらそれを避ける。

 この剣筋はあなどりか? それとも――――


「そう、その顔だ!! 恐怖に歪み、身を強張こわばらせろ!! そうして追い詰めることで、我が剣は輝きを増すのだ!!」

 ――あざけ


 やはりな、と思う。

 リュミは――そしてその中の今の魂も――格闘や武道には長けていない。

 ただの宿屋の娘の身体、殺し合いとは無縁――そうだったような気がする――な魂にとって、剣を向けられるということは、初めてのもの体験


 それでいて、なんとかであるが、かわすことができるその剣。


 狂人のたのしみ。

 か弱き少女に、屈強な男が剣を振るうその光景は、まさしくそれだ。

 主食の前の前菜、交響曲の前奏と言わんばかりに、彼はわざとその剣を鈍らせる。


「王都の子供たちもそうだった!! 身を震わせ、それでも必死になって身をかわす!!」

 常人の目には宿らないであろう、妖しい炎が王子の目に灯る。


「さあどうする? お決まりの命乞いをするか? ならば涙をためよ!! 泣き喚け!! すがる目をしろ!! もしかすれば、我が剣を止められるかもな!!」

 僅かながらに、剣が速まり始める。

 ゴウネリアスの身は今、あってはならない蜜に満たされつつある。

 殺人の快楽という――蜜に――


「平民の子供など、我が剣の砥石に過ぎんのだ!! さあ、どうする?!」

「っつ!!!!」

 狂剣が、僅かにリュミの肩を掠る。それでもそれは、真剣による傷。

 赤い小さな一筋が、リュミのブラウスを汚し始める。


「そうだ! その血だ! 悔しさと恐怖にまみれたその血こそ、求めていたものだ!! さあ泣き叫べ!! さあ泣き喚け!!」

 ゴウネリアス殿下は、その高貴なる剣に付着した鮮血を、妖しく舐め取る。


たまらぬ……堪らぬ! 堪らぬ! 堪らぬ! 堪らぬ! 堪らぬぞぉ!! 久し振りに俺をたぎらすこの味!! 我が息子がいきり立つわぁ!!」


 ――――不味いですね。

 私はこう言った戦いはゲームでしか――恐らく――経験がありません。

 実戦などもってのほか。これはこの身体とて同じでしょう。

 しかも、相手は言葉で諭せるような理性は、残っていません。

 言葉での交渉、鎮定など、望むべくもないでしょう。

 では、どうするか?

 では――――


「ほう、目付きが変わったな?」

 鋭く切り込むような目付きを、少女は狂人へと向ける。

「なるほど、命乞いとはかけ離れた目だが、それがお前の覚悟というわけか」

 正気が戻った――訳ではないだろう。

 それでも顔つきが変わったゴウネリアスは、改めて剣を構え直す。

「ではその覚悟、しかと受け止めよう。苦痛もなく、頭から一刀両断にしてくれるわ!!」


 ――――違和感?


 この感触は、明らかに異なる。

 彼が歓喜を覚えるはずの、あの感触。

 皮、肉、骨、脳、臓腑と続く、我が身を絶頂に誘い、貴族の娘共が求めて止まない、高貴なる子種を吐き出すはずの、あの感触。

 それではない?


 それでは――――ない?


「ば、馬鹿な!!」

 ファルドランド家第3王子の高貴なる剣は、彼女の顔の直前で、止まっている。

 彼女は腕すら上げていない。ただ呆然と、棒立ちしている。

 しかし、その不遜なる怒りの目は、彼の切っ先を見つめ、そしてその先にゴウネリアスの顔をしっかりと見据えている。

「剣が……我が剣が見えない壁に……阻まれている、だと……?」


 ――有り得ない……

 有り得てはならぬ!!

 迷いを振り切るようにゴウネリアスは剣を直し、今度はその細い首を目掛け、横薙ぎに剣を払う。

 しかし――――


 ガィんっ!! と言う、鉄壁を叩いたような音が、荒野に虚しく響く。

 むぅうっ!! と唸り、ゴウネリアスは剣を更に振るう。


 切落とし、袈裟懸け、胴薙ぎ、切り上げ、突き、逆袈裟……

 渾身の力を込めて振るった剣は、ことごとく見えない盾に弾かれる。

 なんだ? なにが起きているのだ?

 狂人の顔が、困惑と驚愕に冷め始める……


「王子様」

 リュミが、冷たくその名を呼ぶ。

「いや、王子よ。あなたはのたもうたな。巨大な力を持つ存在の出現。そう確かにのたもうた」

 そうつぶやいた少女は、ゆっくりとその相手に歩み寄る。


「これがそうだ。だが、その一端に過ぎない」

 ゴウネリアスの鍛え上げられた巨体が、見えない力に吹き飛ばされる。


「王子よ、あなたにとって、いやこの世界にとって、魔法とは火のつぶてを顕現し、それを投げる。ただそれだけのものと、そうお認めでしょう」

 その一歩一歩が、ゴウネリアスの焦りを誘う。

 なんだ? 何だというのだ、これは?

 少女にあたわざるはずのこの覇気は、一体どこから……


「しかし、違う」

 突き込むような視線に、王子は背筋を凍らす。

 ひっ! と言う情けない悲鳴が、思わず漏れる。


「魔法とは!! 万物すべての現象を操る力!!

 魔法とは!! 奇跡すら操る能力!!

 魔法とは!! 大いなる者だけが許された力!!

 たかが火の玉や氷の礫の召喚など!!

 その一端の一端の一端の端くれですら無いのだよ!!」

 少女の顔が、醜く歪む。


「教えてやろう!! 愚かにして哀れなる、物を知らぬ王子よ!!

 この世には物に重みを与え、地に引きつけ、そして落とす力が有る!!

 それを重力と呼ぶ!!」

 王子の身がまたも宙を舞う。

 見えない巨大な槌に、殴り飛ばされたように。


 ガァああ!! という悲鳴を上げ、王子の高貴なるお顔は、痛みに歪んでいる。

 いや――痛みだけでは、ないのだろうが――


「先程からその剣を防いでいたのは、その力だ。魔法によって重力の見えない壁を作り、私は剣を防いだのだ。驚くだろう、魔法本物の力に――」

 王子が倒れたその足元に、醜い冷笑をたたえた少女が立つ。


「そして思い知れ!! その重さを!! 貴様が奪った罪なき命の分まで!! 存分にな!!」

 振りかざしたその両腕の先に、漆黒の球があらわれる。

 その周囲には紫色の力のほとばしりが、まとわりついている。


「潰れるが良い!! ゴウネリアス王子よ!!!!!!!!」

 リュミがその両腕を振り下げると、漆黒の球が王子の身体に落ちる。

 なっ、ぐあっと言う声にならないうめきの後に、

 鎧と剣の鉄と、骨がメキメキと潰れる音が、不気味に響き渡る。


 漆黒の球が姿を消すと、半球状にえぐられた地面には、かつて、ゴウネリアス・ラバスト・エルド・ネ=ファルドランドと呼び称された肉塊が、転がっていた。


 ――――なるほど。

 リュミは独りごちる。


 いやはや、クリエイターとは恐ろしいものだ。

 あのエフェクト表現が、まさか本物だったとは――――

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