第19話 探偵たちの潜入捜査


「……ということで、全員集合したわけだが」

 ハイスクールの前で、エルメラルドが腕を組むと、横から制服姿のリンダが「ちょっとちょっと」と慌てて袖を掴んでくる。

「待ってよ探偵さん、どうしてお姉さまがいるのよ」

 リンダの視線の先にはすらりとした銀髪の美女。ララ・マグナガルである。

「ついてくるって聞かなかったんだ。仕方ないだろ。なんだ、リンダ君はリリさんのお姉さんは嫌いか?」

「そ、そんなわけないでしょ。こんな美しい方と一緒にいられるなんて普段だったら鼻血ものだけど、今日は違うじゃん、違う日じゃん」

 小声で耳打ちしてくる瓶底眼鏡少女に、パンツスーツのララが微笑みかける。

「あら、リンダちゃん。私が来ちゃ都合が悪いかしら?」

 その言葉に体を硬直させたリンダはぶんぶんと首を横に振って否定する。

「め、め、滅相もございませんお姉さま。ですが、ワタクシどもが向かうのは犯罪組織のアジトでございます。お姉さまに危険が及んではリリ様に顔向けができませんっ」

 声が上ずっている。そんなに緊張する相手なのか、とエルメラルドはリンダの仕草がおかしかった。

「別に平気よ。これでも私は雑誌記者よ? 危険な現場にだって何度も行ってるわ。安心して」

「ですが、相手は魔術士かもしれませんよ。魔術士と言ったら野蛮なケダモノです。お美しいお姉さまが近寄ったら、あの蛮族ども、何をしでかすかわかりません!」

「……君は相変わらず魔術士に対して偏見があるな」

 エルメラルドがため息をつくが、リンダは無視をして続ける。

「お姉さま、考え直してください。一般人タビトのお姉さまが魔術士に近寄っては危険なんです」

「うふふ、それを言うならリンダちゃんも私と同じ一般人タビトじゃないの? それとも、リンダちゃんは私とは違うってこと?」

「えっと……ワタクシもお姉さまと同じく『タダの人間』すなわちタビトですけど、それはそうなんですが」

 自分は魔法使いだ、とは言えるわけもなくリンダは口ごもる。リンダはこの血族に弱いらしい。

「……ちょっと、探偵さんからも言ってよ。危険なところにお姉さまを連れてはいけないよね?」

 すがりつかれたエルメラルドだったが、リンダの肩を持つ気はない。というよりも、

「私としてはむしろ二人とも連れて行きたくはないんだがね。連れて行かなくても、どっちも勝手に来そうなんで仕方なく同行するだけで」

 どうせウロウロされるなら、見えるところに居た方が非常時に守りやすい、という判断であった。

「もちろん。記者ですもの。記事になりそうなところなのに、来るなと言われて行かないわけは無いです」

 にっこり笑うララ。笑顔の裏の意思は固そうだ。



 乗合舟でチラシに書かれた住所のある地区に向かった三人は本島から離れた住宅街の一角で舟をおりた。

 送金先の住所はとあるアパートメントの二階【魔術結社『緑の雨』事務所】と指定されている。地図を頼りに歩くこと数分、それらしき建物が見えてきた。


「あそこね」リンダが瓶底眼鏡を指で直して、アパートメントをさす。

「近づいてみましょうよ」

 物怖じしないララに急かされ、エルメラルドは周囲を警戒しながらアパートメントの前まで歩く。どこにでもある何の変哲も無いアパートメントだ。魔術結界が張られている様子もない。赤い屋根に白い壁。居住用ではなく、いくつかの会社や事務所が入っている建物だった。共同の玄関もエントランスもなく、道路に向かって部屋ごとに扉がついている。

「さて、二階とはいっても、どの部屋だろうか」

「探偵さん。こっちに階段があるわ。二階の部屋はここから行けるみたい」

 リンダが外階段を指差す。

「ま、とりあえず上がってみるか」

 エルメラルドは二人の顔を見て頷いた。

 階段を忍び足で登る。二階に上がり通路を見れば、扉が五つもあった。

「リンダちゃん。どこが緑の雨の部屋かわかる?」

「えっと、チラシには二階と書かれているだけで、部屋の番号は書いてませんでした」

「……確認してくる。二人は離れていてくれ」

 エルメラルドは二人を階段に残し通路へ進んだ。足音を立てないようにひとつずつ部屋を確認していく。ララとリンダは階段の下から頭だけ出して覗いている。順番に扉を見て行き、三つ目の扉の前でエルメラルドは足を止めた。

 表札が二つ。一つは『ジョバンナ商会』と書かれていて、その上にもうひとつ何も書かれていない表札があった。不思議に思い、その表札を注意深く観察すると、空白の表札には奇妙な痕跡があった。魔術士だから気づけた魔術の跡だ。エルメラルドはそっと手を伸ばし、表札に触れ、目を閉じた。

 間違いない。ニトロが受け取ったチラシと同じ構成の魔術文字だ。元に書かれた文字まではわからなかったが、チラシと同じ人物によって書かれた魔術文字の痕跡だろう。この部屋に間違いない。

 エルメラルドは階段の二人にアイコンタクトをとって扉の外から中の様子を探る。部屋の中に人の気配はない。ドアノブに手をかけてみた。音を立てないようにドアノブを回す。鍵はかけられていなかった。静かに扉は開いた。


「……誰もいない。もぬけの殻だ」

 中を確認したエルメラルドの言葉を聞き、階段下のリンダとララは顔を見合わせ、危険がないことを確認してから通路にやって来た。

「いないの?」「どういうことですか?」

 ガランとした部屋の中を覗いて二人が訊く。

「手の込んだことをする。チラシを配った相手がそのチラシを手放した時に文字が消えるように魔術を掛けたんだろうな。チラシと連動して表札の上に書かれた『緑の雨』の文字も消えるように仕組んだんだ。もし、警察に踏みこまれても自分たちは『ジョバンナ商会』であり、緑の雨とは無関係だと言い逃れができるし、看板を確認していれば、すぐに逃げることもできる」

「ふーん。ってことは、もう逃げた後ってわけね。で、探偵さん、中に何か手がかりがないの?」

「調べてみるか」

 罠がないとも言い切れないが、今のところ手がかりはこの部屋だけだ。調べるほかはない。

 部屋には机とキャビネット。簡易キッチンに裏返されたティーカップが残されている。

 リンダはキャビネットを開け、エルメラルドは机の引き出しを開けた。

 だが、どちらも空だ。キッチンの戸棚を見ていたララが振り返る。

「元からお金を受け取るだけの場所だったのかも。どう思います?」

「どうでしょう。組織の目的がわからないと行動も読めませんからね。聴くだけで魔術が使えるようになるっていう例のインチキ商材で、ただ金儲けがしたいだけなのか。それとも、ララさんの言うように人々を魔術で操って何かを企んでいるのか。はたまた全く別の壮大な目的でもあるのか」

「はぁ。これだから魔術士ってのは嫌なのよ」

 ため息をついたリンダがキャビネットを閉め、玄関ポストの中を覗きにいった。

「やっぱりリリ様が魔術に興味を持った時に、しっかり止めればよかったなぁ」

 ブツブツ呟きながら扉に備えつけられた郵便受けの中を確認するリンダ。

「うーん、ここにも何もないわねぇ……あっ!」

「どうした?」

 突然叫ぶので、何か見つけたものかと思い、期待を込めたエルメラルドだったが、リンダは慌てた様子で口元に指を当てる。

「しーっ! 階段を上る音! 誰か階段を上ってる! どうしよ探偵さん!」

 まずい、こんな時に『緑の雨』の魔術士が帰ってきたら、自分はともかくララとリンダが危ない。

「とりあえず隠れよう!」

 リンダは頷くと玄関の鍵を内側からかけ、エルメラルドの元へ駆けてきた。とはいえ、隠れる場所など机の下くらいしかない。慌てたエルメラルドはリンダの手を引いて机の下に潜り込んだ。窮屈な机の下で絡み合うようた体勢になってしまう。

(ちょっと、探偵さん。変なところ触らないでよ)

(ばか、そんなこと言ってる場合か。静かにしてろ。ララさんも早く)

 後からララも駆け込んで、狭い机の下に三人で身を寄せる。扉の向こうから、誰かの足音が近づいてきた。息を殺して外の様子を伺う。


 足音は一つではない。耳をすますと、誰かの話し声も聞こえてきた。

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