第14話 手紙

 私は、夕食の後、ロジーナ姫の部屋を訪ねた。部屋は洞窟の中とは思えない程、ちゃんとしていた。床には敷物が敷かれ、凝った装飾のベッドと机、椅子が置いてある。姫様は机に向って、ロウソクの灯りの下、本を読んでいた。

「何? あなたに用はないわ」

「聞いて下さい。あの、私、外と連絡が取れます」

「なんですって?」

 ロジーナ様が驚いて振り返った。

「あの、私、歌会のチケットを知り合いの魔女様に送れるんです。チケットにいろいろ書けばいいと思うんです。私、今まで気が付かなくて」

「どうやって送るの。意味の無い事、言わないで。また、がっかりするのは嫌よ」

「あの、あの、魔女様の手紙箱に私の髪の毛が結んであるんです。それで、私がチケットに魔女様の住所を書いてキスをして空に投げると、魔女様の手紙箱に私のチケットが届くんです」

「それ、本当なの?」

「ケルサの街で送った時は、無事、届きました。ここでは試していませんけど、届くと思います。あの、明日の夜、歌会を開く事にして、今夜、チケットを作って送りますから、あの、竜の倒し方とかいろいろチケットに書いてほしいんです」

「わかったわ。チケットは私が作るわ。待ってて!」

 ロジーナ姫は猛然と、机に向った。

「ところで、その魔女とやらは信用出来るのでしょうね」

「はい、もちろんです。魔女様は私を救ってくれて歌姫になるように勧めてくれたんです。あの、信じて貰えないかもしれませんが、私は国立劇場の歌手なんです。ケルサの街では、その、たくさんの人から歌を聞きたいって言われていました。それで、あの、私はこの国の侯爵夫人の庇護を受けているんです。つまり」

「パトロンね。ふーん、あなたがねぇ、侯爵夫人をパトロンにしてるなんて。それで? いいから続けて」

 私は話しにくいなあと思いながら続けた。

「魔女様の名前はヤタカといいます。えーっと、どこまで話しましたっけ? あ、そうそう、あの、魔女様は私が侯爵夫人の庇護を受けているのを知ってますから、手紙に侯爵夫人の元に手紙を届けてほしいと書いておけば、持っていってくれると思います」

「そ! わかったわ、あなたが有力者と知り合いなのは十分にわかったわ。でも、あなたを救出する為だけに、軍隊は動かせないでしょうね、仮にこの手紙が国王に渡ったとしても。とにかく、手紙の内容はまかせて頂戴。それとね、侯爵夫人の名前は?」

 私は侯爵夫人の名前の綴りを言った。ロジーナ姫がさらさらとメモをする。

 私は、この人にレオンの話をするべきか迷った。

 レオンは私を助けに来るだろうか?

 ううん、無理、絶対無理!

 だって、レオンは世継ぎの君だもの。

 ううん、来ないで! 来ないで、レオン!

 レオンがどんなに剣の達人でも、相手は竜だもの。

 火を吹くんだもの!

 ヴォルが焼き殺された情景を私はまざまざと思い出した。

 レオン!

 絶対に来ないで!

 私は心の中で祈った。

「さ、出来たわ」

「あの、ロジーナ様、竜が火を吹く事は書きました?」

「ええ、書いたわ。大丈夫、ファニはね、一度、火を吐くとしばらく吐けないの。最初の攻撃をかわせれば、勝算は高いわ」

「ロジーナ様! 凄い! 凄いです。どうして、そんな事知ってるんですか?」

「私はここに長いの。ファニを観察する時間はたくさんあったのよ」

 ロジーナ姫は私に手製のチケットを差し出した。私はチケットに魔女様の住所を書きキスをして放り投げた。でも、消えない。

「何それ! 消えないじゃない」

「いえ、その、あの、変だな?」

 私はもう一度、放り投げてみた。だが、やはり、消えなかった。何度投げても駄目で、とうとう、ロジーナ姫が怒り始めた。

「いい加減にして! 結局、チケットなんて作っても何にもならなかったじゃない。さ、出てって頂戴!」

「す、すいません!」

 私は部屋から放り出されていた。

 でも、おかしいなぁ?

 ロジーナ姫の部屋の前で、私はもう一度、チケットを放り上げてみた。しかし、消えない。おかしいなと首を捻っていると、ドアが開いた。ロジーナ姫だ。まだ、何か言われるのだろうか?

「あなた、ちょっと待って。もしかしたら……。今まで考えた事なかったけど。ファニには魔力があるのよ。だって、竜だもの。さ、一緒に来て」

 私は何の事かわからず、ロジーナ姫に付いて行った。ロジーナ様は洞窟の入り口に向っている。何をする気だろう。

「さ、ここから投げて!」

 洞窟の入り口でロジーナ様が言った。

 私は半信半疑でチケットを暗闇に向って投げた。チケットはひらひらと落ちて行く。が、ある地点まで来ると、さっとかき消すように無くなった。

「ほほほ、うまく行ったわ」

 ロジーナ姫は上機嫌である。高笑いを続ける。

「あの、意味がわからないんですが?」

「この竜の洞窟には結界があるのよ。今、初めてわかったわ」

「結界?」

「そうよ。竜の結界。現象から推測したの。結界があるんじゃないかって! 実験で確かめられたわ」

 ロジーナ姫は、どうしてこんな事がわからないのという顔をして私を見た。

「さ、いらっしゃい、説明してあげるから」

 姫様は部屋に戻るや、早口で説明し始めた。

「この部屋でチケットが無くならなかったのはね。竜の結界の中だったからよ。ファニは、よそ者が侵入しないように結界を張っているのね。私たちは、魔法を使えないからわからなかった。世の中には確かに魔法を使う者達がいる。そいつらがファニの黄金を狙わないとは限らない。だから、ファニは洞窟では魔法が使えないように結界を張ったのよ。チケットは、洞窟から投げられて、落ちて行く途中で、結界の外に出た。そこで、あなたの知り合いの魔法が効き目を現して、消えたんだわ」

「素晴らしいです、ロジーナ様!」

「これで、やっと外と連絡がとれたわ。ここ、何十年来の快挙よ。ほほほ! さ、自分の部屋に戻りなさい。明日の歌会、聞きに行くわ」

 その夜、私は希望を胸に眠りについた。


 翌朝、ロジーナ様は皆に外部と連絡が取れたと話した。みんな大喜びだ。

「ここには夥しい黄金があります。私は、ファニを倒した者がこの黄金の半分を受け取る資格があると書いて送りました。後の半分は私たちで分けましょう。ここで何十年も過したのです。下界に降りたら、この黄金で一生楽に暮らせるわ」

 わあっと歓声が上がった。すでに救出されたような喜びようだ。もし、誰からも連絡が来なかったらどうするのかしらと私は不安になった。それに、セイラさんが浮かない顔をしている。どうしたのだろう?

 ロジーナ様の話が続く。

「さて、それでは救出に備えて食料の備蓄や、歩哨の割り振りをします」

「でも、もし、来なかったら? 誰も救出に来なかったらどうするのですか?」

 セイラさんが控えめに反対意見を言う。

「いいえ、必ず来ます。人間の欲は限りないんです。私はここにどれだけ黄金があるか、どうやったら、ファニを倒せるか書いて送りました。山側からの道についても狼の足跡を辿るように書きました。ここにいるギルは国立劇場の歌手で、侯爵夫人の庇護を受けているそうです。殿方が奮い立つような美姫ではないけれど、そこそこ人気があったようです」

 周りからくすくすと笑いが起こる。

「さらわれた歌姫を助け、黄金を手にする。男子一生の夢、騎士道の誉れと私は手紙に書きました。名を上げたい騎士達、王族が軍を動かしてやってくるでしょう。さ、安心して待ちましょう」

 その夜、歌会を開いたが、やはり魔女様は来なかった。来られるわけないのだ。当たり前だと思ったが、もしかしたらと思っていたので、とても残念だった。

 二、三日して、みんなが外からの連絡を心待ちにしていた或る日。

 竜が出掛けてた後、私はセイラさんと洗濯をしに上の空き地へ行った。泉のある洞窟から流れ出た水は小さな小川となって小麦畑を潤し、崖から落下して細い滝となっている。

 洗濯をしているみんなは、救出されたらどうするかとその話で持ち切りだった。

 セイラさん一人浮かない顔をしている。セイラさんは救出されても行く所がない。むしろ、ここの生活が終わるのを不安に思っている。私は慰めようがなかった。

 竜が帰って来た羽音がした。

「さ、ファニが帰って来たわ。洞窟に戻りましょう」

 セイラさんの言葉に、私はため息をついて立ち上がった。私達は洗濯物を他の人に頼んで、洞窟へと続く階段を降りた。

 ギャーーーーーーーーーー!

 突然、竜の悲鳴があたりに響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る