HAGOROMO2018

おしり

プロローグ 欲情

 私の住む寮は、ぼろっちくて手狭なものだ。

 こんな倉庫みたいな部屋にぴちぴちの女子大生一人を放り込んで、「福利厚生!」なんて言ってる大学のハウジング課を見ると無性に腹が立つ。

 しかも、大学のある山の中腹なんかにあるもんだから、窓を開けたら虫が入ってくるわ、台風が来たら木の枝が飛んで電線が切れて停電になるわで大変である……こんなふうに。


 あの歴史的猛暑の日々が終わってから2週間。今度は歴史上最強の台風がやってきて、我らが大学寮は停電と断水状態に陥った。


 幸いなことに、徒歩15分圏内にある駅周辺地域は停電状態から復旧していたので、なんとか晩飯の牛丼にありつくことができたが、私の住む住宅街地域は全域にわたって停電状態にあり、真っ暗な夜道を歩いて帰る羽目になった。


 これはひどいな、と思う。普段は街灯や、家屋から漏れる明かりにより充分に明るかった夜道は、地区単位の停電により真っ暗になってしまっていた。


 真っ黒な道を一歩一歩踏みしめていく。

 


 産業革命以降、人類はガス灯・電気照明を地上の至る所にちりばめることで、天界の星々を地上へと下ろし、夜を超越した。

 足元を照らしていた頭上の月と星々は、今や頭上の街灯に取って代わられたのだ。


 とはいえ、この地上の星々は脆い。

 こんなふうに台風一発電線ぷっちんで地区丸ごとの明かりが消えて真っ暗闇になっちゃったりする。


 じゃあ、停電で街が真っ暗になったから、普段街の明かりに邪魔されて見ることのできない、星々の海が見れる……というわけでもない。


 遠くの大都市の明かりが夜空を照らしていて、見えるのはいくらかの明るい星と、病人の顔のような月が一つだけ。普段見えない小さな星たちなんて、そう簡単にお目にかかれるわけではなかった。



 面白くない。


 今日みたいな夜は早く寝てしまうのがいいや、と思いながら、逆くの字型のカーブを持った坂道を上る。


 普段あるはずの明かりがついておらず、本当に真っ暗。限りなく闇に近い。

 私は若干の心細さにおびえながら足元に注意しつつ歩を進めた。


 ふと、顔を上げる。


 そのとき私は、地上に降りた天の星のひとかけらを見た気がした。



 寝静まった住宅街。死んだ電気照明の群れ。遠くの大都会の消えぬ明かりを照り返し、薄く明るい、それでいて不気味な暗さを保つ夜空。そして、その夜空に光る、死人の顔をしているような月……。



 そんな世界の真ん中に、彼女はいた。


 天女の羽衣を着た、彼女がいた。




 一目見て、私は欲情し、彼女を自分のものにしたいと願った。


 


 


 

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