空飛ぶ鷹の行く先に

 ――西暦2134年、12月19日。22時26分。

 ピロピロリン。風呂から上がって部屋で小説の続きを書いていると、《コペルニクス》にメールが入った。

 友人の少ない俺にとってメールが来ることなど滅多にない。LINEもTwitterもやってないし、メルマガもお断りしている。なので、来る相手と言えば両親からか、幼馴染の小鳥遊たかなしそらのどちらかになる。

 左耳に装着してメールを確認すると、案の定天からだった。内容は、明日の午後一時にさいたま新都心駅に集合すること。所謂デートのお誘いらしい。俺は了承の返事だけ返すと、再び小説の続きに取り掛かる。


 そうそう、自己紹介がまだだった。俺の名前は鷹匠奏太。幼馴染の天に片思いをしている。生まれた日時も、病院も一緒。幼稚園から高校までずっと一緒だった。そんな天に、俺はいつからか恋心を抱いていた。

 きっかけは、些細な事だったと思う。毎日見ていて飽きないなーとか、髪が綺麗だなーとか考えているうちに、いつの間にか好きになっていた。


 因みに今書いているのは、恋愛小説だ。引っ込み思案で不愛想な主人公が、人懐っこい幼馴染に恋をして、やがて二人は結ばれるというありきたりなストーリー。モデルは勿論、俺と天。

……はぁ。小説の中では、主人公が積極的なヒロインに振り回されたり、逆にとても甘酸っぱいシーンが盛りだくさんなのだが、現実はそうはいかない。ちくしょうめ。

 一定数を書き終えた後、俺はパソコンを閉じてベッドに横になる。目下の悩みは明日のデートだ。さて、どうなる事やら。俺は目を閉じた。



 午後一時。俺はさいたま新都心駅にいた。目的の人は、すぐに見つけられた。白のニットセーターに、蒼いスカート。灰色のコートを着ている天は、小柄な体格ながらもすぐに見つけられた。そもそも十七年の付き合いだし、俺が天を見失う事なんて絶対にない。これ、のろけに入るんじゃなかろうか?


 「……早くない?」


 照れ隠しを誤魔化す為に放った一言は、天を大きく傷つけたらしい。はあ、と大きなため息を吐いて、俺を上から下まで眺める。おおかた、デートなのにその服装は何なの? とでも思っているのだろう。怒られそうな雰囲気だったので、俺は慌てて弁明する。


 「いや、これが一番楽だったんだよ。俺、他にたいそうな服なんて持ってないし」


 これは本当の事だ。本やアニメの内容は気にするが、ことファッションに関してはからっきしだ。同年代の男子の普段着なんて興味がないし、デートに行く際の服装なんて知らない。それを分かっているのか、天はそれ以上追及してこなかった。


 「もういいよ。奏太の事は良く知ってるから。それより、行こ?」


 天はがっくしと俯くと、次の瞬間には笑顔を浮かべて歩き出す。どうやら目的地は氷川神社らしい。今日は朝食をとるのが遅かったから、途中にあるマックにも寄らない。昼飯も食べてきちゃったし。

 一の鳥居に向かう途中、なんとなく手持ち無沙汰になった俺は、後ろを歩く天に話しかけた。


 「なあ、天」

 「なに、奏太?」


 首だけ動かして、なんとか視線を後ろに向けると、天は前を向いたままだ。きっと何か考え事をしているんだろう。二人きりのデートと言う状況に、俺がこんなにもドギマギしている事を知りもしないで。ここはちょっとだけ揶揄ってやろう。


 「なんか、ありがとうな」

 「へ? な、なんで?」


 お礼を言ったら、案の定天はびっくりした顔で俺を見上げてきた。それはそうだろう。俺がコイツにお礼を言った事なんて数えるほどしかない。

 不安と期待が綯交ぜになった表情を浮かべて、天は俺を見上げる。ふふん。

 

 「俺一人なら白い目で見られること確実だけど、お前がいるからそんな事にはならない」


 どや顔を決めてそう言ったら、天は物凄く嫌そうな顔をした。俺には分かる。これは確実に、「こいつ、ぶっ飛ばしてやろうかな?」とでも考えている目だ。

 信号を通り過ぎ、一の鳥居を通り過ぎた後も俺たちは無言のまま氷川参道を歩く。俺が前、天が後ろ。ここは歩道が極めて細いから、横に並んで歩くことが出来ない。尤も、迷惑になる事をよしとしない性格なので、自然と縦一列になった。


 チラリと後ろを振り返れば、天は下を向いたままだった。……少し揶揄い過ぎたか。

 後悔と共に、胸にチクりと鋭い痛みが走る。真面目に感謝をするのが恥ずかしいとはいえ、告白も出来ないヘタレとはいえ、天の笑顔が見れなくなるのは、俺の望むことではない。氷川参道の途中まで来たところで、俺は再び口を開いた。


 「――さっきはそう言ったけどさ」

 「ん?」


 俺は前を向いたまま、天の顔を見ないように努めた。俺だって年頃の男子だ、素面で幼馴染に感謝するなんてよほどの事じゃない限り、恥ずかしくて出来ない。

 緊張しているのがバレないよう、手で口元を隠す。耳が猛烈に熱いから、もしかしたら赤くなっているのかもしれない。バレてないといいんだけどな。


 「今日連れ出してくれたの、俺が小説に煮詰まってるって分かってたからだろ?」

 「ああ、うん。そうだね」


 煮え切らない返答に違和感を感じた俺は、歩きながら後ろを振り返り、天と正面から向き合う。

 天は少しだけ逡巡した後、今日のデートの真相を語る。


 「お母さまが心配してたよ。なんか、奏太がずっと部屋で独り言呟いてる、って」

 「え。マジで?」

 「マジです。まあ私としても、そんな危険な奴をほっとく訳にもいかないし。ね?」


 ニヤリと笑ってそんな事を言う天に、俺は呆然と呟く。

 独り言を呟いているって、多分、執筆が乗りに乗ってた頃だろう。いや、そうじゃない。勝手に人の部屋を覗き込みやがって。やろうぶっころしてやる。

 この件は後で母さんに問い詰めるとして、危険な奴ってなんだ? 別に、小説を書いていれば、例え書いてなくても、独り言なんて変な事じゃないはず。

 俺の顔を見た天が、クスクスと笑う。それが面白くなくて、俺は鼻息を荒くする。


 「笑わんといてくれる?」

 「無理無理。ちょー面白いし」

 「そこを何とか。お願いしますよ」

 「えー? どうしようかなー」


 そんな他愛のない会話をしながら、俺たちは参道を歩く。二の鳥居にはすぐにたどり着いたが、生憎と信号に引っかかって足止めを食らった。この信号、地味に長いんだよなぁ。……ちょうどいいや。

 コペルニクスを起動すると、問答無用でメモ帳を開く。音声入力から視線誘導入力に切り替え、完了。先ほどのやり取りを素早くメモ帳に書き込み、保存した。


 「何してんの?」

 「今のやり取り、メモに書きこんどいた。小説に使えないかなって思ってさ」

 「なあっ!?」


 天が素っ頓狂な声を上げた。頬は一瞬で朱に染まり、目は真ん丸に見開いて、小さい口をあんぐりと開けて固まっている。

 その顔を見た俺は、随分と久しぶりに声を上げて笑った。だって、可笑しいだろ?

 天のその表情は、俺が思い描いているヒロインが驚いた時の顔に、瓜二つだったんだから。

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