第48話 神に仕える烏たち

「女神という存在になって、聖なる衣の効力がなくなったのなら、別のなにかを作って封じてしまえばいい」


 トンっとかるくしのぶに肩を押され、なんの抵抗も出来ないまま床に倒れた狂気の女神と化したマーナガルムは、体を左右によじってなんとか拘束から抜け出そうとしているようだった。

 真っ赤な三日月の形をした瞳孔がぽっかりと浮かんでいる目のマーナガルムの顔の前に腰を落としてかがんだ信は、彼女を包んでいる微かに見えるほぼ透明な布をつつーっと撫でるように人差し指で撫でながら話を続ける。


「これは月を食べる獣…ハティの毛を使って編んだ布なんだ。そこに竜族を統べる母…彼女の髪の毛と、ナビネの鬣を使って炎に強くしたんだ」


 女神の体から出ているとは思えない唸り声を上げているマーナガルムを意にも介さない様子でニコニコと笑顔を作った信は、スコルから革袋を受け取ると探しものをするために袋の中に手を入れた。


「君が、月の女神の器を利用してくれて助かったよ。さて、無事に拘束出来たことだし、これを使えばいいんだよな?」


 ゴソゴソとしていた信が取り出したのはフギンとムニンから貰った真っ黒な羽根だった。

 スコルとハティが頷くのを見て、横たわって唸るだけでいたマーナガルムはたまらず声を出す。


「やめろ!姉さんたちも止めないのかよ?アイツが来たら俺だけじゃなくあんたらまでただじゃ済まないぞ」


 焦ったような怯えたようなマーナガルムの声を聞いたハティとスコルは、一瞬キョトンとした顔をしたあとに顔を見合わせてケラケラと笑って見せた後、信の隣にしゃがみこんだ。


「まぁ、そうなったときはそうなったときかしら?」


「シノブが守ってくれると言ったからな。あたしはそれを信じる」


 ハティとスコルの二人に、両側から肩を叩かれた信は、二人の顔を見てから再びマーナガルムの顔を見て深呼吸をして立ち上がると、真っ黒な一枚の羽根を右手に握って掲げる。


「狂気に飲まれた月の女神を」

「狂気を引き剥がしせといいはしましたが」


 ぐるぐると旋風が信の頭上に巻き怒ったかと思うと、その中心地に見覚えのある二人の姿が現れた。

 揃いの深い紫に染められた法衣を身にまとった二人は瓜二つの見た目をしている。

 漆黒の闇よりも黒く腰まである髪を風に靡かせながらゆっくりと下りてきた双子は、銀色の瞳で信たちを見回すとコホンと小さく咳払いをして、血のように真っ赤な色をした小さな唇の両端を持ち上げて笑う。


「クソ忌々しいぜ…」


「まさか女神の方を」

「悪しき狼の器に移すとは…」


 吐き出すようにいった悪態を聞いて、双子のフギンとムニンは鼻で笑うと、感心したかのように信に語りかける。

 自分の足元にゆっくりと歩いてきて頭を垂れたルトラーラをそっと撫でた双子は、信の手から真っ黒な羽根を取り上げて手をつないで見つめ合った。


「なんにせよ条件は整いました」

「なんにせよ勇者は役目を果たしました」


「さぁ、取引をしましょう摂理の女神」

「さぁ、呼んでもらいましょう我らが主神を」


「空高く掲げられた羽根は」

「世界を修正する力をもたらす」


「力強い我らが主神よ…今こそここに」

「裁定する者、我らが主よ…今こそここに」


 二人で手を取り合い、歌いながらマーナガルムの上をくるくると円を描くように回るフギンとムニンを、信たちは息を呑んで見守っている。

 フギンとムニンの歌が終わり、真っ黒な羽根を空に放り投げると、部屋の天井を一筋の光が貫いた。

 天井は瓦礫すら散らすことなく、光によってくり抜かれ、真っ黒な羽根は空へ舞い上がることも落ちることもなく、フギンとムニンの前方に浮かんだまま静止してる。


―第-ητϨͼエリアμ4luϣΤϹ 68999年|3a"Hg3!城 異界の神 召喚を許可します


 どこからか声が聞こえた直後、天井を覆い尽くすような大きな魔法陣が静止している真っ黒な羽根の上を中心にして突如現れた。

 青白い光を放つその巨大な魔法陣は、天井から落ちてくると、その場にいる全員を一度飲み込んで地面へと消えていく。


「ああ…我らが勝利を決める者ガグンラーズ…」

「ああ…我らが途方もなく賢いものフィヨルスヴィズ…」


 魔法陣に驚いていた信は、フギンとムニンの歓喜に満ちた声を聞いて視線を彼女たちの元に戻す。

 フギンとムニンの視線の前…先程まで真っ黒な羽根が浮いていた場所には、人にしてはやけに大きな青白い光の塊がうごめいていた。


「いよいよ…か」


 スコルの緊張した声が背後から聞こえても、信は振り向くことが出来なかった。

 まるで金縛りをされたように動けないまま、信の目はうごめいて次第に人の形になっていく青白い光の塊を見続けている。


 青白い塊が、つばの広い帽子を目深にかぶった青白い顔の大男の姿へと変わっていく。その大男は口元に豊かな灰色の髭を蓄えている。

 そして、弱まった光は、彼の青いマントの中に吸い込まれるようにして消えていった。


「ご苦労だった」


「我らが主よ…お久しぶりでございます」

「我らが主よ…我らは役目を果たしました」


 威厳に満ちた重々し良い声を出した大男に、フギンとムニンは跪いてお辞儀をすると、2羽のカラスの姿となって彼の肩に向かって飛び立つ。

 2羽のカラスを従えた大男は、カラスからなにか耳打ちをされたあと、目深にかぶった帽子のつばを少しあげて、信とマーナガルムを見る。

 大男の目は片目が大きく窪んでいて目玉がなかったが、もう一つの目は片目だというにもかかわらず、鋭く力強い光を孕んでいた。

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