第36話 晴れた狂気の雲

巨大で巨乳なとてもうつくしい巻角の君…お目覚めになりましたか」


「小さき者たち、教えてください…この惨状は…それに私の身体にまとわりついているこのころもは一体…」


 差し出した手のひらの上で片膝立ちで跪いたルリジオを見た後、魔物の女王は大きな瞳を更に大きく見開きながら呆然とした様子で辺りを見回した。

 狼の姿をしたままのハティとスコルは、急に言葉を発し始めた魔物の女王を見て信じられないと言いたげな表情でお互い目を見合わせてると、再び巨大な山のような彼女を見上げる。


「尊き龍族ドラゴンの母である巻角の君には、僕たちから銀の羊から紡ぎ出した糸で織り上げ、狂気を鎮める魔法が込められた魔石を飾ったドレスをプレゼントさせていただきました」


龍族ドラゴンの母だって?」


 声を揃えて驚きの声を上げたのはスコルとハティだけではなかった。

 ハティの首元にいたナビネが、驚きのあまり軽く飛び上がり顔をピョコッと白銀に輝く毛皮から覗かせる。


「オイラの母さん?」


「そこにいるのは…太陽の神に使わせた子ドラゴンですね」

 

 ナビネに気が付いた魔物の女王もとい龍族の母と言われた巨大な半身半蛇の女性は、ズシンと大きな音を立てて伏せるような姿勢になると、スコルたちの前に手を差し出す。

 

「ごめんなさい…あなたを成龍にする前に…私は月の狂気に囚われてしまったようで…」


 地面に降りてスコルたちの隣に立ったルリジオと入れ替わるようにして、ナビネが龍族の母の手のひらの上に羽ばたいて飛び乗ると、彼女はその巨体を再び持ち上げた。


「オイラ…大きくなれるってことかい?」


「そうです…。神殿の眷属になるのか龍の聖域で暮らすかを見極めた後、成龍になる儀式を施そうと思っていたのですが…まさかこのようなことになるとは」


 目を伏せて悲しげな顔をする龍族の母の鼻に、ナビネは頭をこすり付けると、彼女は小さなナビネの頭を人差し指で優しく触れた。


「不思議だな。あんたのことは覚えてないけど、とっても懐かしいや」


「外に出した子は、私のことも含めた龍の聖域の記憶を封じるのです…。それでも、あなたがこうして私を懐かしんでくれることはとても嬉しいです…」


「感動の再開をしているところ悪いな。俺たちには時間が限られている。どうにかそのドラゴンを成龍にしてくれないか」


 龍族の母が静止したと同時に岩山から降りてきていたらしいしのぶがスコルの頭を撫でている中、マントをはためかせながら空中に浮いたアビスモは遠くの方を見てそういった。


「もうしわけありません、そうですね。小さな体ながら太陽神の眷属を勤め上げた可愛くも勇敢な我が子にふさわしい力を授けましょう。暫くの間、私達を守っていただいてよろしいですか?」


 ナビネを両手で包み込むようにしながら胸元に手を当てて微笑む龍族の母にアビスモは口の端を持ち上げて小さく「任せろ」とだけ言って地上へ降りる。


「貴女の美しい身体を傷つけるような真似はさせません。任せてください」


「ドレスを着た感想、後で教えてください!」


 満面の笑みを浮かべてルリジオと信はそれぞれハティとスコルに跨ると、先に駆け出したアビスモの後を追った。


「まさか…魔物の女王が龍族の母だとは俺様も知らなかった…が、英雄たちはどうして気がつけたのだ…クソ…王としてかっこよく振る舞うはずが…これで挽回してみせる」


 少し遅れて鉄の馬に跨って駆け出すオノールを見送った龍族の母は、胸のあたりにいるナビネの顔を覗き込んで微笑んでから目を閉じた。

 龍族の母から放たれる太陽のような暖かくて眩い光を背中に浴びながら、信たちは月の神殿の中から出てきたらしい巨人たちや吼える獣ブルレーンを迎え撃つために武器を構える。


「シノブ、君に教えた戦い方は役にたちそうかい?」


「はい!アドバイスありがとうございます」


 剣を構えてハティに跨ったまま走り出すルリジオの後ろで、スコルに跨ったまま止まっている信は両手を広げて光の球を呼び出した。


「シノブ?なにをするつもりなんだ?」


「見てのお楽しみってところかな?」


 心配そうに自分の方を見たスコルの頭を撫でた信が、オーケストラの指揮者のように両手を優雅に大きく動かすと無数に呼び出された光の球たちがそれに呼応するかのように動き出し、光の波が駆け出したルリジオとアビスモ、そしてオノールを飲み込んだ。

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