第26話 仮初の器

「正確に言えば俺様の肉体そのものはオノールではない。錬金術で作り出した遠隔操作で動く器だ」


「どういうことだ?」


 スコルは、目の前の男装の麗人の言葉を聞いて眉を片方持ち上げて首をかしげる。しのぶたちも同じように首を傾げたのを見て、彼女は小さく肩を震わせて笑った。


「器が本体ではないと言うだけで、貴様らと話しているのは俺様本人だ。不敬はしてくれるなよ?」


「ということは、オノール王の本当の肉体は別のどこかにいるのね?また偽物なんじゃないわよねぇ?」


「体の方は別の作業中だ。常にゴーレムを生産し、かき集めた魔力を適切に管理するためには肉の体が必要なのだ。後で挨拶をする…が、まぁ待て」


 長い廊下を歩き出したオノールの後を四人はついていく。


「さぁ、これからの話しをしようではないか。付いて来るがいい」


 しばらく歩き続け、例の動く部屋に続く扉の前に着くとオノールは四人の方へ振り向いた。


「偽の王にとはいえ、上層部へと来たということは外は見た…ということだな?」


「はい」


 オノールの言葉に、信は一歩前に進み出てしっかりと頷く。


「俺は、あの光景を見ても先に進んで見せる…そう偽の王に言いました」


「クククッ面白い。偽王やつはなんと言っていたのだ?」


 信たちが、偽王に言われたことを話すと、オノールは耐えきれないという様子で肩を震わせ、ついには腹を抱えて大きな声で笑い始めたのだ。

 信たちの心配そうな顔を見て、手を前にかざし「大丈夫だ」と言ったオノールは、目の端に浮かんだ涙を指で拭いながら深呼吸をした。


「取り乱してしまってすまない。あの凄まじい争いを目の当たりにしても心が折れないお前らを見て偽王やつがどれだけ焦ったかを考えると面白くて仕方がなくてな」


 思い出したように再び小さく肩を震わせたオノールだったが、小さく咳払いをして真面目な顔をして話を続ける。


「あの戦場から少し離れたところには、太陽にも月にも属さない龍の聖域がある。そこを通れば魔物との戦を最小限に抑えられるだろう」


「龍の聖域…あのすごい滝がある岩山の上のことかしら?」


 ハティがなにやら思い出したかのようにそういうと、スコルは眉間に皺を寄せながら呻き声のようなものを漏らす。


「そうだ…狼の娘たち。貴様ら二人は元々月の女神の領域からこちらへ来たから知っているのだな」


 モノクルの位置を指で目元に押し上げて関心をしたような顔をするオノールに、難しい顔をしたスコルが口を開く。


「あたしらが狼になってシノブとナビネを乗せていけば戦場では安全だが…龍の聖域に入った途端に食い殺されそうだな…。昔、近くを通っただけでビリビリとした殺気がすごかった」


「心配するな。貴様らが人の姿で移動できるように俺様の自慢のゴーレムが護衛してやろう」


「いいのか?」


「貴様らが月の女神の暴走を止めてくれれば俺様のゴーレムたちの役割も終わる。そのくらいの支援はさせてもらおう」


 そう言ってオノールは信たちに背を向けて白い扉を開いた。

 オノールに続いて信たちも動く部屋に再び足を踏み入れる。

 ガタンと大きな音がして、壁が再び透明になると景色が動き始め部屋が上昇し始めたことがわかる。


「それにしても、シノブとやら。珍しいものを持っているな」


 オノールの言葉に信が首を傾げると、彼女は信の手首に巻かれている青い石の付いた金のバングルを指差した。


「俺様も一度した目にしたことがないが…それは召喚石だな。異世界の英雄や魔物を呼び寄せる術式が刻まれている」


「きっと危険な時に貴方達を助けてくれるはずだ…と見知らぬ女性が渡してくれたものなんだが…そんなものだったなんて…」


「は?」


「え?そんな貴重なものなんですか?」


「錬金術に通じている王でもある俺様が見たことないって言ってるんだから貴重も貴重だろうが!何も知らずに身につけていたのか?」


 驚いたオノールが顔を仰ぎ、手で目元を覆って大げさに嘆くのを見て、信も、スコルたちも目を大きくして驚きの声をあげる。

 オノールはそんな彼らを見て頭を振って大きな溜息をついた。


「まぁいい。大切にしておけよ。月の女神と相対する時にきっと使うことになる」


 部屋が止まると、オノールは二度目の小さな溜め息を吐きながら扉を開いて部屋の外へと歩いていく。

 四人は彼女の後を追って長い真っ白な壁と青い絨毯の敷かれた廊下を歩き始めた。

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