絶対着衣の幸せ領域

こむらさき

第1話 絶対着衣至上主義

「いや!そういうのはいいから!本当に!」


 力強い声に目を見張っているのは、胸元のボタンをあけようとしている豊満なバストの女性だった。

 ぽかんと口をあけている艷やかな黒髪の色っぽい女性の眼の前にいるのは、シュッとした輪郭に切れ長の目と薄い唇の、どことなく狐を思わせるような、それでいて端正な顔立ちの男だった。

 男は、女性の肩に手を当てて、女性が露出した胸元から目をそらしてもう一度口を開く。


「その谷間をしまってくれ!」


「まぁ…そういうなら…」


 あまりにも力強い男の声に、女性は慌てて外しかけていた服のボタンを止め直すと、男は眼の前の女性に優しい笑顔を向けて、手元のグラスにある氷が溶け切ったブランデーを一気に喉に流し込む。

 それから、まだ戸惑いを隠しきれない女性の手を握ると、真剣な、とても熱のこもった目で女性のことを見つめる。

 先程まで谷間を見せようとするくらい好感度が高い端正な顔立ちの男に、熱い視線を送られれば悪い気はしないだろう。

 女性は先程の戸惑いを忘れたように、うっとりとした期待をはらんだ目で男の目を見つめ返した。


「ありがとう。

 谷間を隠してくれと言ったのは、別に君のことが嫌いとかそういうわけじゃなくて…こう…わかるかな?着衣だからこそわかるこの豊満な乳房のラインのよさというか、あの布の張り具合、乳房の頂点からストンと落ちる服の布地と実際の体の間に存在する空間があるだろ?その空間に詰まった幸せの空気とか、乳房の下部からうっすら漂う汗と洗剤と香水の混ざりあった最高の気体が存在するって想像するときの胸のときめきと高鳴りは大切にしたいんだよね。

 いつか夢が叶うなら、俺は着衣のおっぱいの下の空間に住みたいんだ。

 アニメとかにあるみたく、異世界転生でもしないとそんな夢かなわないと思うんだけどさ、。それでもなんていうのかな…やっぱり男の子、いや、人間たるもの自分の好きなものに囲まれて過ごしたいという夢を持って生きるのはこのコンクリートジャングルで日々労働に心身の余裕をすり減らされながら生きていくためには必要であってね…。

 そう。世の中には色々なおっぱい好きがいると思うんだ。でも、おっぱい好きなやつが全員全裸や谷間を求めているという誤解はやめてほしい。

 そう、着衣のまま、君がお気に入りの服を着ている時の服の上からほんのり見える胸部のラインや、例えば…ジェラピケをきてなかなか体のラインがわからない…でもなんとなく鎖骨から下の部分から見えるラインと、肩の骨やちょっと覗いた手首足首からわかる骨と肉の割合から巨乳だとわかってじゃあきっとこの服の生地ならこれくらい大きさが隠れてるな?って思いを馳せることが楽しいし幸せなんだよ」


「は…はぁ…」


 男性が満足した様子で語り終わった頃には、完全についていけない…とでもいいたげに冷めきった視線で女性は男性のことを見つめていた。


「ありがとう、幸せな時間だったよ」


 一方的に捲し立てた男性が席を立ってお会計をテーブルに置いて店を出ようとした時、ガシャンガシャンというけたたましい音とともに悲鳴が各所から聞こえてくる。

 何事かと男が音の方向に目を向けた時、彼の目には大きなトラックのヘッドライトが目に入り、彼の意識はそのまま奪われた。

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