Thursday

7月12日


今日は雨がずっと降っていて、外で遊べなかった。

だから今日も家の中で遊んだ。

昨日は車だったから、今日はパズルをした。

いろんな形の動物を板にはめ込む遊び。

夢中で遊んでるうちに、目の前にケイティがいる事に気づかなかった。

ケイティは”ねぇ、私の目。キレイでしょ”って言った。

ぼくは”そうだね”って言った。

ケイティは”じゃあ私の目を食べてよ、そうやって殺してよ”って。

そして”きっと甘いわ、おいしいわ”って笑った。

どうしよう、そう思ってたらパパが言った。

”食べたかったら食べれば良いじゃないか、パパならすぐ食べちゃうよ”って、ケイティの片目を取って食べた。

パパは笑いながら”それともこっちがいいかい?”と言ってスコットを指差した。

スコットもにこにこ笑ってる。

昨日、ママから”早く殺しなさい”って言われた。

もしかしたらそれが正しいのかも。

ぼくはケイティのキレイな目を取って食べてみた。

とっても甘くて、おいしかった。



                      ―『ジャックの日記』より



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――



 暗く、澱んだ雲が空を覆う。今日は酷い大雨だ。

昨日の事もあり、父親は仕事を休んだらしい。少年の事を心配しているのだろうが、当の本人は昨夜の記憶がなく、朝から自室で日記を書いていた。

少年が朝食を食べに降りてきたのは、午前9時を過ぎた頃だ。

 それまで両親はリビングで少年を待っていた。

今までと同じように接するように、と医師に言われているからだ。

構いすぎても距離を置いてもいけない為、リビングは絶妙な緊張感に包まれていた。

手持ち無沙汰になったあまり、埃一つないカウンターを拭いたり新聞を何度も読み返したりしている。

 そろそろ同じ行動を繰り返して5度目になろうかという時、階段の方からパタパタと足音が聞こえてきた。

両親は互いに目を合わせ、少しわざとらしく姿勢を正しだす。

 リビングに来た少年は両親の顔を交互に見ると、にっこりと笑い挨拶した。

「おはよう」

「おはよう、ジャック」

両親もそれに優しく答える。

「ぼく、新聞取ってくるね!」

と言って駆け出そうとする少年を、父親は急いで引き留めた。

「ジャック!新聞はもうあるよ」

そう言いながら少年に新聞を見せる。

「あれ、パパが取りに行ったの?」

「そうだよ、今日はお仕事が休みだからね。ゆっくりできるんだよ」

「そうなんだ」

と、少し嬉しそうに少年は笑った。

「さぁジャック、椅子に座って。今日はみんなで朝ご飯を食べましょうね」

そして少年は自分の椅子に座ると、すぐに朝食が前に出された。

きつね色をしたトーストの横に、カリっと焼いたウインナーとポテトサラダが添えられている。両親の前にも同じものが置かれた。

いつもはしない食前の祈りを済ませると、家族は食事を始めた。


 特に会話のない静かな食卓では、外の雨音がやけに大きく聞こえた。

長い沈黙を破ったのは少年だった。

「今日はすごい雨だね」

そう言ってウインナーを頬張った。

「そうね、今日はお外に行かない方が良いわね」

「風邪を引いたら大変だぞ」

「うん」

そして再び沈黙が訪れる。

咀嚼音よりフォークが皿に当たる音が増え、父親はコーヒーを飲んでいる。

なるべくゆっくり食べようと心掛けていただろう母親は、いつもの癖で食べ終わった食器をまとめ、シンクに運び始めた。

一方ジャックは、トーストを少し齧ってはポテトサラダを食べたりしている。

 それが終わると、グラスに注がれたリンゴジュースを一気に飲み干した。

少年が一息つくように長く息を吐くと、母親が声を掛ける。

「食べ終わったのね、食器もらうわよ」

「うん」

そして父親も話しかける。

「ジャック、今日は何をして遊ぶんだ?」

「決めてないよ」

「そうか、じゃあパズルで遊んだらどうかな。誕生日の時に買った動物のやつがあるだろう」

「あるよ、まだ遊んでないけど」

「今日はそれで遊ぼう、パパも一緒に遊んで良いかな?」

「うん、いいよ!ぼく持ってくるね!」

と言って、少年は元気よく椅子から降りて、2階へ駆け上がった。

その姿を見送ると、母親の方を向いて声をかける。

「なぁ。ほんとに変わった事はないんだろうか」

「そうね……。大したことではないけど、お菓子を食べないわね」

その言葉に驚いたのか、父親は不思議そうな顔をする。

「お菓子を?」

「えぇ。ジャックが4歳になったから、日曜の誕生日ケーキから甘いものを出してるんだけど……一口も食べてくれないの」

「確かにケーキは食べていなかった、あの時は眠かったのだろうと思っていたけど」

「私もそう思って、あれから色んなお菓子を作ってみたんだけど……どれも食べてくれなかったの」

と、母親は伏し目がちに答えた。

「そうか。今日は僕も食べるように手伝うよ」

「えぇ、よろしく」

そういった会話が途切れた時、タイミング良くジャックがリビングにやってきた。

両手でパズルを抱え、少し呼吸が弾んでいる所を見ると、大急ぎで階段を上り下りしたのだろう。

しかし、目は楽しそうに父親を見つめていた。

「パパ、遊ぼう!」

「もちろん、あっちで遊ぼうか」

「うん!」

母親はそれを少し心配そうに見ていたが、すぐに今日のお菓子を準備し始めた。

今日のお菓子は市販のものらしく、袋に入ったマスカット味の飴玉だ。

お皿に飴玉とビスケットを乗せて、父親のところへ持っていく。

幸いにも少年はパズルに集中していて、母親が来た事に気づいていなかった。

小声でずっと思案しているからだ。


 少年がふと顔を上げると、目の前にケイティがいた。

父親の横にちょこんと座る彼女は、緑色の輝く瞳でじっと見つめている。

そして少年に語り掛けてくる。少年が耳を塞いだとしても聞こえる透き通った声で。

「ねぇ、私の目。キレイでしょ」

「……そうだね」

「じゃあ私の目を食べてよ、そうやって殺してよ」

「きっと甘いわ、おいしいわ」

「……」

無言のまま、少年は目の前の輝く瞳を見つめる。

すると、父親が少年に尋ねた。

「飴を食べたいのか?」

「ううん、でも……」

「食べたかったら食べれば良いじゃないか」

と言って、皿の上の飴玉を食べた。

そしてにっこりと笑い、言葉を続けた。

「それともこっちがいいかい?」

と言って、皿の上のビスケットを見せた。

「それは……やだ」

「じゃあこっちを食べたらいい。甘いぞ」

「……うん」

少年は恐る恐る皿に手を伸ばし、緑色に輝く飴を一つ握った。

そして、それを口に含んだ。

少年はぽつりと呟いた。

「あまい」

それを聞いた父親は少年の頭を撫で、褒めた。

嬉しくなった少年は、こう考えた。


”ぼくがもっと彼らを食べたら、パパもママも褒めてくれる。喜んでくれる”


そして少年はこの日、お菓子たちを友達だと認識したまま食べていく。

これでは何の解決にもならないとは知らずに、両親はお菓子を与える。


そして木曜日は終わった。

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