第6話

 拘束されていることを頭では理解しても。

 目覚めたばかりの意識は現実に追い付けずにいた。


 「ここは……?」


 ミライの見憶えのある場所、それもその筈。

 パークの施設なら把握してるから不思議で成らない。

 どうしてPPPのライブ等を行うステージなのか。

 監禁場所の候補は幾らでもあったにも拘らず。


 「そうだ、私は――。」

 「おはようございます、ミライ。」


 拘束、監禁の関連ワードで思い出す途端。

 見計らったかのように挨拶してくれる。


 「……マガリァン、さん。」


 そう、フルルの顔をした彼女に誘拐されたことを。

 そしてその傍らには相棒の姿をしたセルリアン。


 「っぁ、あ。ラッキー……。」

 「昨日待ち合わせた場所、実はサンドスター・ローの濃度を予め高めておいたんです。改めて近くで見てどうでしょうか、可愛いと思いません?」

 「こんなこと、どうして……。」

 「おや、変わり果てた相棒の姿がそんなにも衝撃的でしたか? えぇ、そうですもんね。今までラッキービーストがセルリアン化するケースなんて報告されてなかった以上、大発見にパークガイドとして興奮しても仕方ないですよね。」

 「違います! 私は――。」

 「彼女を救えた立場にいた貴女が、改造された機械のことで心痛めたり、改造した私のことを断じる資格があるとお思いですか?」

 「っ……。」


 自由を奪われるよりも命を握られるよりも。

 その言葉はミライの立場を思い知らされて。


 「まぁそういうことですので言い訳せず私の進行に従ってくださいね、まだまだやることがありますから。」

 「やること……?」

 「私としてはミライの善人面が崩れたのを、間近で独占出来て満足なんですけど。実際どうしてラッキービーストがセルリアン化したのか気に成ってる所でしょうし、それも含めてこれから話し合いましょうっか。――皆さんの前で。」


 ステージにも観客席にもそんな影はない筈。

 だけど彼女がフルルのスマホで何か操作すると。

 何故かミライのスマホが鳴り出す。

 目の前にいて拘束で出れないのに電話?

 そんな勘違いを微笑ましく見守るように。

 会場全体のスクリーンに皆の怪訝な顔が映る。


 「まさか……!」

 「初めまして、マガリァンと言います。以後お見知りおきを。」


 ミライの時のように今度は。

 彼女はパーク中に存在を知らしめる。


 「そしてこちらにいるのは、皆さんご存知パークガイドのミライと。その相棒の、まぁセルリアン化してますけどラッキービーストですね。」


 セルリアンの一つ目を連想する中継カメラ映えの。

 大袈裟な手振りでステージと視聴者を支配する。


 「さてこの時点で皆さんの行動は二つに分けられると思います。一つは状況が呑み込めていない方、突然スマホや各地のラッキービーストが鳴り出したと思ったら。行方不明の筈のPPPのメンバーによく似た誰かが、ミライと一緒の映像を見せられたんですから無理はありません。」


 鳴ってたミライのスマホを例に出し。

 画面越しにミライ自身の焦燥顔を見せられる。


 「もう一つはここに駆け付けている方、私がミライを誘拐したフレンズ型セルリアンだとすぐに思い至り、救出に向かうその判断力と勇気は評価に値します。」


 スクリーンがズームアップする。

 ミライには眩しいパークの危機に立ち向かう姿を。


 「ですがそれはお薦めしません、それは既にスマホやラッキービーストを通して、私に見られている理由だけではありません。パークのシステムを乗っ取ったとはいえ全部は見切れませんし、見られた程度で足を留めるならそもそも救出に向かってないでしょうからね。所でご覧の通り私にはラッキービーストをセルリアン化させることが出来ます、そして従わせた彼を通じてシステムのセキュリティに侵入した訳ですが。それには勿論パーク中のラッキービーストのコントロールも含まれます、この意味が分かりますか?」

 「み、皆さん。動かないでくださいっ。」

 「フォローありがとうございます、ミライ。もし皆さんの誰かが私の邪魔をするようでしたら、パークの何処かのラッキービーストがセルリアン化し、ヒトやフレンズに少なからず犠牲が出ると思います。それでも構わない方には、その映像をプレゼントしましょう。」


 少なくともスクリーンに映った範囲では。

 動けるヒトガタはいなかった。


 「皆さん、ご協力感謝します。それでは改めて自己紹介の続きを、マガリァンはちょっと前まで何処にでもいる普通のセルリアンでした。こうしてお喋りしたりそれを自覚することも出来なかった訳ですが、ある一人のフレンズを食べて、彼女の輝きを奪うことでこの身体を手に入れました。それこそがパークの運営も把握してなかった行方不明の真相という訳です、にも拘らずミライは私を見ても顔色一つ変えませんでしたっけ?」

 「……。」

 「まぁ長年パークガイドをしてれば、フレンズがセルリアンに食べられるのは経験済みでしょうし愚問でした。そうやって感情を殺さないとやってけなかったから、気付けなくても仕方ないですね。……セルリアンの私に自ら食べられに行く程、PPPとして彼女が追い込まれてたとしても。」

 「それは、っ……。」


 言い訳は許されない、元より。

 言い訳のしようがない罪に皆がザワ付く。


 「おやおや皆さん、パークの裏事情に興味津々みたいで。ではラッキービーストのセルリアン化にもミライが関わってる、と言ったらどうでしょう。」

 「な、何を言って。」

 「出鱈目じゃないですよ、確かにセルリアンがどうやって生まれるのかは研究者の間でも未だに謎で、パークガイドの自分に関わりようがないと思われるかもしれません。

 では逆にセルリアンと対の存在と言えるフレンズから考えてみましょうか、彼女達の生まれる要素が分かれば、セルリアンはその反対の要素による物と予想が付きます。けれど時として動物に限らず、神様をも守護けものの位(くらい)でフレンズ化する。私はそこに“個”を持つという共通点を仮定します。生き物として独自の進化を遂げ、或いは名付けられ信仰までされる想像上。そのようなステータスはアイデンティティと呼ばれる物です、だとするとラッキービーストにおける“それ”は?

 彼らのような自立した機械の社会的地位は、ロボット工学三原則によって保証された物です。ヒトを襲わず、ヒトの命令を聞き、自身の存在を保存する。それが設定されてなければ、どれだけハイスペックでも人間は受け入れないでしょう。けれどそれで自己実現が行えてるかというと、彼らに架せられたルール、喩えば生態系の維持の為にフレンズに干渉し過ぎない。といったことが人格形成の妨げと成り、結果フレンズ化もセルリアン化もしなかったとしたら?」


 ミライの知るフルルは普通のアイドルだった、のに。

 彼女の口で研究者さえ知り得ないことを語れる?


 「ここまで行けば話は簡単、セルリアン化とはそのバランスが崩れたことによる物です、私を見ただけで起きるラッキービーストのエラーを起点とした。その原因は彼らの存在意義である、動物解説の役割を果たせなかったことです。それは第三条の違反を意味し、セルリアン化によって他の三原則が反転し、彼はセルリアンである私の命令の下(もと)ミライを襲えた訳ですが。おそらく私の姿から元に成ったフレンズの解説をしようとして出来なかったのは、まさかデータの改竄でもされてたんでしょうか。……ねぇミライ、ラッキービーストの動物解説を監修した貴女なら分かりますよねぇ?」

 「それで私が関わってる、という訳ですか。」

 「えぇ、ですからここからはミライに話して貰おうと思ってます。ロボット工学三原則という、元ネタはSF作家アイザック・アシモフが考えた物語上の設定と来たんですから、お次はある動物に纏わる歴史上の人物と絡めた話を聞いてみたいものですね。」

 「! 貴女は。最初からそれを私に話させる為に、ここまでのことをどうして……!」

 「自分が生まれた経緯を知って欲しいと思うのは当然のことじゃないですか、喩えそれがパークの信頼を揺るがす罪だとしても。さぁ話してくださいよ、彼女がただのフンボルトペンギンだったらなんの問題もないじゃないですか。それとも話せない事情があるとでも? 興味を持ってくれた皆さんの期待を裏切る、そんなことを言うんでしたら……。」


 スクリーンに映る皆が揃って見詰める。

 どういうことなの、と腫れ物を触るように。


 「ぁあ……。」


 彼女が笑っていた。

 助けなかったミライを断罪しに。


 「ショックの余り誰か一人やっちゃっても、文句はないですよね!?」

 「やめてください!」


 叫ぶ、それはそれは言い訳にしか聞こえない。

 偽善者の顔を下に向けながら。


 「話し、ますから。皆に手を出さないでください、お願いします。」

 「では、皆さんご静聴願います。」

 「……私は、私達は罪を犯しました。」


 安っぽい言葉だこと、こんなことしか口に出来ない。

 ヒトに彼女の痛みは言い表せやしない。


 「私達は希望が必要だと考えてしまったんです、皆の道標と成る。パークにおいてセルリアンは年々数を増やし、一度は再開出来たものの被害は増すばかりでした。その現状を私はなんとかしたかった、皆の笑顔が翳るのを、誰かの輝きが失われるのを。その点に関してはパークを運営する立場、様々な思惑がありつつも私達は一致していたから。そうした中で伝説的人気を誇ったペンギンアイドル、PPPの再結成が提案されました。根本的打開策でなくとも、皆の不安を取り除けるのなら。――けれど今の時代に、フンボルトペンギンのフレンズは生まれていませんでした。」


 運命の悪戯だとしても。

 ミライ達がしたことは変わらなくて。


 「それなら素直に妥協すればよかったんです、フルルを除いた三人組として、または代わりに新メンバーを入れる案だって考えられた。そもそも一時凌ぎの目眩ましでしかないと本当は理解してたのに、私達が一番初代PPPの復活という幻想に囚われていました。ただ耐えられなかったから、その未来さえ目指せば報われると思い込まなければ、それから外れてはいけないと思い込んでしまった。懺悔します、告白します。だから私達にとって好都合かどうかとしか見てませんでした、彼女の凡てを。アイドルに憧れる気持ちは利用出来ると、何よりもフンボルトペンギンの近縁種であることが。」


 あの時ちゃんと反対してれば?

 その発想が何よりも彼女のことから逃げてる。


 「そうです、皆さんの知る二代目PPPのフルルは、――マゼランペンギンのフレンズさんでした。世界で初めて本に載ったペンギンさん。そう動物解説されるのも怖れて、ラッキービーストに負荷が掛かるデータの改竄をしたうえで。フンボルトペンギンだと売り出して、彼女にもそう嘘を吐かせてまで。PPPによってパークに活気が戻った裏で、彼女がどれだけ追い込まれてたか目を逸らして。そして……。」

 「そして私が生まれたという訳です。ちなみにマガリァンとは、マゼランペンギンの由来である航海者フェルディナンド・マゼラン。彼が率いた艦隊が初めて世界一周を成し遂げたことで有名ですね、まぁ彼自身は航海半ばで亡く成っていますが、兎も角マゼランをポルトガル語読みしたマガリャンイスから来てます。」


 ミライがようやく吐き出したのを余所に。

 彼女は楽しげに解説する精神で。


 「……これで、満足ですか。」

 「えぇ、私としては。ですが皆さんは今のを聞いてどう思いましたか。そんなヒトだとは思ってなかった、という失望? それとも気付いてあげられなかった、という後悔? 一緒にいて秘密にされてたPPPのメンバーさんなんかは特に思う所があるでしょうが、どちらにしたって彼女からしたら変わらない筈です。無責任で結局は助けてくれなかった自称お友達の皆さん、それは元凶であるパークのヒト達と何が違うんでしょうか?」

 「っ……。ま、待ってください。皆さんは悪くありません!」

 「もぅミライったら、この期に及んで彼女の気持ちを蔑ろにするんですかぁ? そんなことは許されません、これは等しく罪に他なりません。でも安心してください、貴女達の罪は間もなく消えることでしょう。――これから私がマゼランに代わって、貴女達を断罪しますから。ほら……、皆さんそんな顔しないで嬉しがってくださいよ。罪に嘘に塗れた貴女達が、人生の最期に彼女の想いに応えられるんですからっねぇ? 嬉しいでしょ嬉しかったら笑うものでしょ、ねぇったらねぇ!?」

 「――そんなの、無理に決まってるでしょ。マガリァン。」


 声が掛けられる、観客席から。

 誰にもどうしようも出来ない状況から打開する。

 遅れる主役が登場したように。

 期待と不安を持って振り向けばそこには。


 「ロイヤルペンギン、さん?」


 確かに口にした名前の彼女だった、のに。

 ミライが初めて見る誰かでもあって。


 「お姫、様。」


 マガリァンが口にしたそれが何故か腑に落ちた。

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