第22話 大好きだったあの人(その3)

 アサミの話を要約するとこうだった。


 四年間付き合っていた元彼からよりを戻したいと連絡があった。ミト君のことは大好きだけど私と一緒にいると駄目になってしまうんじゃないかと心配。どうしたらいいのか、今は自分の気持ちがわからない。


 この話を聞いて僕が最初に思ったこと。それは……元彼の野郎、絶対に許せねえ。


 僕はアサミがどうして元彼と別れてしまったのかを知っていた。男はアサミが高校時代にずっと好きだった先輩で、念願かなって付き合うことになったのだが、四年間の交際の末に最終的には二股をかけられてアサミが振られるかたちで関係は終わったと聞いていた。


 ……それを、それを今になってよりを戻したいとは一体どういうことなのか。


「アサミ、そいつの連絡先を教えて欲しい。直接話をさせてくれ」


 強がってはみたものの、頭の中は不安で一杯だった。相手は僕より三つ年上の大学生で四年もアサミと付き合っていたという。一方の僕はまだ高校生で、付き合ってまだ三カ月。客観的に考えても圧倒的に僕が不利だろう。


 連絡先を教えろとしつこく食い下がると、アサミは泣き出してしまった。


「ごめん、本当にごめんね、ミト君。こんなはずじゃなかったのに。連絡先は教えられないよ……」


 僕は悲しかった。大好きなアサミが悲しんでいることがなによりも悲しい。


「わかった、連絡先はもう聞かない。その代わり約束して。俺と付き合ってる間は元彼とは絶対に会わないで欲しい」


 アサミは約束すると言った。それから、考える時間が欲しいから少し距離を置きたいと。僕は最後にどれだけアサミのことを大切に思っているかを伝えて電話を切った。


 足元にぽっかりと開いた大きな暗い穴。突然そこに飲み込まれてしまったかのような気分だった。アサミのことを想っては幸せな気持ちに浸っていた日々は百八十度反転し、辛くて苦しいだけの毎日が始まった。アサミのためなら死んでもいいと本気で思っていたし、アサミのいない人生なんて考えられない。






 僕が最後にアサミと会ったのはそれから一カ月後の9月末のことだった。


 きちんと会って話がしたいとの連絡を受け、僕らは行きつけのカラオケ店で待ち合わせをした。なんとなく振られるんだろうな、とは思っていた。それでも僕は最後まで諦めるつもりなんてなかった。手紙を書くか、プレゼントを贈るか、一体どうすればこの気持ちをちゃんと伝えることができるんだろう。


 迷いに迷った挙句、僕は歌を歌うことにした。ミス〇ルのEverythingという曲。僕の全ては君のためにあるんだ、という歌詞のこの歌に想いを乗せて、僕は大真面目に、そして精一杯心を込めて歌った。最後は泣きながら歌った。


「こんなに誰かに想ってもらったのきっと初めてだよ。私、ミト君のこと一生忘れないから」


 アサミも泣いていた。


「俺だって一生忘れない。この先、他に好きな人ができたとしてもアサミ以上に好きになることは無いと思う。それくらい好きなんだ。短い間だったけど一緒にいてくれてありがとう」


 本心からの言葉だった。アサミとこれっきりになってしまうのはとても辛いけれど、何よりも彼女には幸せになって欲しかった。アサミが別れると決めたのならば従おう。そう、彼女の幸せを願って僕は身を引くのだ。


 最後に僕は言った。


「俺、アサミのこと後悔させるから。これからいい大学に入って、もっともっとかっこよくて強い男になる。もしも、どこかでもう一度会うことがあって、その時にアサミが俺と付き合いたいって言っても絶対付き合ってあげないから」

 

「うん。ミト君なら絶対なれるよ。こんな私と付き合ってくれて本当にありがとう」


 泣きながら、振り絞るように喋るアサミの姿。最後の最後までどうしてこんなにも可愛いくて愛おしいんだろう。

 

 帰りの電車の中、帰宅してからも僕はずっと泣いていた。次の日も学校を休んで、一日中泣いた。悲しくて悲しくて仕方がなかった。


 そしてその日の夜、携帯に保存してあったアサミとのメールや写真の全て、連絡先を削除した。それから、アサミと撮った写真が収めてあるアルバムを近所の公園のごみ箱に捨てに行った。そうでもしないと耐えられそうになかった。

 

 この時、僕はどん底の中で三つの誓いを立てた。


・死ぬ気で勉強していい大学に入る

・大学に入って格闘技を始める

・世界中を旅する

 

 次の日からセンター試験までの約4か月間、僕は一日18時間勉強した。勉強していない時間をストップウォッチで正確に測って6時間を超えないように徹底した。食事の時も、通学中も、勉強に集中することでアサミを想う気持ちを塗りつぶしていく。


 学校の授業には一切目もくれない。残された時間が少ないことは明らかだったし、弱い教科、分野を自分なりに分析して集中的に取り組むのだ。3~4時間しか睡眠を取れない日もざらだったけれど、8時間寝たと思い込めばなんとかなる、という謎理論で自分を胡麻化しながら乗り切った。


 受験する大学を担任に伝えた時、あなたの成績では無謀だからランクを下げた方がいいと忠告を受けた。それでも目標を変えるつもりはなかった。何があっても僕は自分が入りたい大学に入るのだ。


 今思い返してみると、この時期のことはあまり記憶に残っていない。寝ても覚めても勉強ばかりしていて、こんなにも一つのことに集中したのは僕の人生でも唯一無二のできごとだったことは間違いないだろう。


 結果的に僕は第一志望を含むほぼ全ての大学に合格した。担任や友人からは奇跡と言われたが、僕はそうは思わなかった。


 受験が終わり、一息ついて、改めてアサミのことを想う。


 忘れられるはずなんてない。


 あの夏のアサミの笑顔を思い返すたび、僕の胸はズキンと痛んだ。


 僕の全てを受け止めてくれたアサミはもういないのだ。


 




 そして、大学に入学した僕は格闘技のジムに通いはじめる。


 同時にバイトも始めた。


 そう、これから僕は一人で旅をして世界中の国を見て回るのだ。




 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 この後、僕が一人旅へ向かった先はタイで、うまのほねダイアリーの1話に繋がるようになっています。タオ島の浜辺で昔の彼女を思い出して涙をこぼすシーンがありますが、これはアサミのことを書いています。


 そして実はこの話にはまだ続きが。二年後、今度は僕が二十歳の時にアサミと再会を果たします。その時の話はまた機会があればということに。今回もそうでしたが、青春時代の恋の話を書くのは恥ずかし過ぎてこれ以上は耐えられそうにありません。


 「俺、かっこよくて強い男になるから」


 どこかのアニメの主人公かよ、と書いていて一人で突っ込みたくなりました。こんな痛いセリフ、今となってはよくもまあ言えたもんだと思います。ああ、恥ずかし過ぎる。。。

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