第15話 人食い廃墟-11 後日談
「おまえたちをここに集めたのは他でもない、先日の“肝試し”について“おはなし”するためだ」
教子は腕を組み、三バカを前にして仁王立ちになる。
「おまえらが霊の陣地に閉じ込められて、樹は潜心により昏睡してよ。未來が壁を破壊するも出られずにいたと。その認識でまちがってないな?」
「はい。その通りです」
教子の確認に樹たちは応える。
「ひそかにつけてきていた私が陣地の“抜け穴”を使って助けに入らなかったらどうするつもりだったんだ」
「……すみませんでした」
「弟子の立場でこの情けない過ち。反省いたしますわ」
「ごめんなさぁい。もうお尻叩かないでぇ」
樹、未來、ユリ。
樹と未來は正座、ユリはなぜか尻叩きというそれぞれの姿勢。
三人は三者三様に、顧問である教子を前にして謝罪している。
「たしかに私は“学生はバカやってなんぼ”だと言った。お前らに言ったがな」
教子は続ける。
「命の危険がある怪異のまっただ中にわざわざつっこむやつがあるか、このバカどもが!」
教子は三人を叱責する。
ビリビリとその言葉の強さを感じるように、樹と未來はおののいた。
三バカに説教をしながらも変わらず尻を叩く教子に対し、未來は泣きべそをかいている。
「私はお前らが憎くてこんな説教をしてるんじゃない。お前らのためを思って言ってるんだよ。わかるな?」
「はい」
「もちろんですわ」
「うぇぇん」
ユリ以外の二人は教子の真意に同意する。
ユリは泣く。
「未來にも師弟として言うべきことは山ほどあるが……とくに“樹”」
改めて樹個人に向き直る。
「樹、おまえにはしっかりと“潜心(ダイブ)は危険だ”と、前もって伝えたよな?」
「はい」
「その教えを忘れていたわけではないだろう?」
「……はい」
教子の責めに言葉を詰まらせる樹。
未來もユリもその張りつめた空気に身を強ばらせる。
「“救うべき霊を救いたい”っていう、おまえの気持ちはよくわかる。“自分にしかできないことなら、無理をしてでもやるべきだ”ってその志しは立派だ」
教子は樹のその信念を誉める。
しかしその目は厳しいままだ。
「だがな。自分をないがしろにするのは違うと思うぞ」
「自分をないがしろ……」
「おまえは立派なやつだ。これから先いくつもの魂を行くべき地へ導ける人間だと保証する。だからこそここで終えるな。生きろ」
「わかりました」
「もっと言えばおまえの“むこうみず”は……」
教子はなにかを言いかけて、その言葉を吐き出さずに飲み込む。
「……いや、よそう。自分の命を最優先することだけを、今は頭に入れておいてくれ」
教子はきびすを返し、三人――もとい“三バカ”に背を向ける。
部室の扉に手をかけた。
「今日は私は用事があるから上がらせてもらう。おまえらはき〰️っちり反省文書いてから帰るように!」
「はい……」
「声が小さい!」
「はい!」
「よし、なら良し! ちゃんと反省したなら、明日ラーメン屋でも連れてってやる!」
「まじかよ、やったぜ!」
「おまえはお子様セットな、ユリぃ!」
「なんで!!」
辛気くさくなった空気を教子の激が切り替えさせる。
本当に彼らのことを思っての説教なのだと、三バカは真意を汲み取るのだった。
◆
「こんな時間になんのご用かね」
日が落ちてしばらく経ったのち。
とあるビルの一室から、壮年男性が顔を出す。
その顔は心底気にくわないというしかめ面だ。
不服なのは遅い時間に対するものか、訪問者個人に対する嫌悪感か。
「お言葉ですがね。“こんな時間”とは、そちら側が設定してきた時間ですが?」
訪問者は女性であった。
彼女はにっこりと、相手のしかめ面を意に介さない。
気後れすることもなく笑顔で返した。
「……ちっ」
壮年男性は舌打ちとともに顎で訪問者を迎え入れた。
彼の不服は時間に対するものというよりも、相手の存在自体に対する嫌悪感である。
相手に対する憎らしい目付きがそれを如実に表していた。
「すわりたまえ」
「しつれいします」
壮年男性は訪問者を部屋の奥へと招き入れる。
「要件は? 手短に済ませよ」
「いやいやそんな急がなくても。ゆっくりお話ししましょうよ」
「ゆっくりと? なにをバカな! こっちは君らのような暇人じゃないんだ。身分が違うんだよ」
「こっちだって別に暇人じゃあありませんよ。教職もそれなりに細かい雑用多いんです」
「言いごとを……」
訪問者――“宇田川教子”はさらりと言い返す。
嫌味には嫌みで返した。
「お言葉ですが、あなたこそお暇な方だと思いますがねぇ。“オカルト好きの学生たち”を誘い込むため、ネット掲示板に書き込みをする余裕はあるわけでしょう?」
「……なにを言ってる?」
ぴくりと目元をヒクつかせる壮年男性。
「あの廃墟に――あんたの所有する洋館に“ウチのバカども”を放り込みやがっただろうがと言ってんだよ」
にこやかな愛想笑いの態度を一変させる教子。
ぎろりと目の前の壮年男性――“廃墟所有者”を睨みつけた。
「こちらの個人的な情報筋から調べはついてる。あんたが“前家主の息子”でないことも“あの家で起きた事件”のことも」
「……なんのことかね」
「とぼけても無駄だ。“前家主の実弟”さんよ」
教子は語り始めた。
まるでサスペンスドラマで探偵が真相を明かし始めるような神妙な口調で。
「調べたとはいっても、私が知った情報は片手で数えられるぐらいわずかで単純なことなんだがね」
「……ほう」
「“あそこの家主の娘が事故死し、後を追って家主自身も自殺した”ということ。“親戚身内の血縁者が他にいなかったために、疎遠にしていたあんたがあの洋館と土地、あろうことか会社まで引き継いだこと”」
教子は少し間をあけ、最後の事実を口にする。
「……そして前家主の侍女含め、あの家に住んだ人間が“残らず行方不明になっている”という事実だ」
男は黙りこくる。
教子の提示した情報に対し狼狽するでもなく、ただただ黙る。
「あんたはわかってたんだろ? あの廃墟に入れば無事では済まないと。わかってて未來からの“研究調査”の申し出に許可を出したんだ」
教子はたたみかける。
「ウチらのような稼業の人間に除霊を頼むでもなく廃墟への侵入を許可するだなんてありえないだろ。そもそも“ローカルな心霊スポット”を質問したユリに対し、霊能者の端くれである未來が全く聞いたことのない心霊スポットを、どうして“掲示板の誰か”は知っていた? 私がその筋の情報通に深く調べてもらわなければ出てこなかった情報を、どうしてその“誰か”は知っていた? 都合よすぎて不自然すぎるんだ」
教子はそこで一息つく。
そして本題を切り出した。
「あんただろ“犯人”」
「……なんのだ?」
「“家主の娘を殺した犯人”だ。あんたは侍女および前家主の家に仕えていた奴らと結託して、娘を殺害し、前家主自身をも自殺へと追いこんだんだ」
「はっ……なにを言うかと思えば……」
男は教子の突きつけた仮定を一笑に付した。
「実際の事実と樹から得た“彼”の“仮想世界(ビジョン)”。それを照らし合わせればそれは明白だ」
「ビジョン?」
「我ら霊能者の力ですよ。霊の記憶を読み取る超能力みたいなもんです」
「霊の記憶をぉ?」
男は嘲るように笑った。
「そんなものが証拠になるわけがないだろう!」
「……そうですね」
「たしかに前家主が私の兄であったことは事実だ。その点については嘘をついていたことは謝ろう。だがそれがどうした? そんな嘘をついていたら私が兄と兄の娘を殺害したことになるのか?」
今度は自分の番だとでも言いたげに息巻く男。
その顔は余裕に満ちている。
「私が廃墟への侵入を許可したからって、霊などという“空想の存在”がいる場所にあの学生らを追い込んだことで罪に問われるのか? “霊が彼らを殺しかけたんです!”とでも訴えるのか? くっ……くくく……ははははは!」
狭い一室に男の下卑た笑いが響く。
「そうですね。たしかに霊能力で得た情報なんて証拠にはならない。霊害を現実の法で罪に問うなんてのもほぼ不可能だ」
「あたりまえだろう?」
「だから……裁くのは“霊自身”なんだよ」
すると教子の言葉に呼応するように、部屋の電気が突如として消えた。
「なっ、なんだ!? おまえ、なにをしたっ!?」
「私は導いただけですよ。あの“廃墟”から“ここ”まで、道を通してあげただけ。これからどうするかは、“彼”と“彼女”の決めることです」
「“彼”と“彼女”だと……!?」
男の顔からはすでに余裕が消えていた。
“彼”と“彼女”と聞いたとたん、その顔からはみるみるうちに血の気が引いていく。
「おやおやさっきまでの堂々とした態度はどうしたんです?」
「す、全ておまえのせいだ! 訴えてやる!」
「そうしたいなら、すればいい。ただし彼らは“おかまいなし”ですけどね。なにせ“霊は空想の存在”ですから」
「そんな……」
――ぞるり。
「ひっ!?」
ゆっくりと闇が迫る。
なにかの気配が部屋の隅から音もなく男ににじりよる。
すでに暗闇に染まっているはずの空間に、“夜とは違う闇”が上塗られてゆく。
霊を信じまいとする人間であっても、その深さは吸い込まれる“なにか”を感じる。
無理矢理にでも感じさせられる。
それは根源的な恐怖。
“死”。
男は逃げようとするも、床に転げてしまう。
足元を見ると“闇”はすでにまとわりついてた。
男はもうなりふりかまわず教子へと助けを求めた。
「たすけてくれぇっ!」
「……霊能者としては最低なことかもしれないが、私はそれ以前にあいつらの“センセイ”なんだ。大事な生徒を生け贄にしようとしたあんたは許せない」
「金ならいくらでもやるから! この件も全部水に流す! だからだから……!」
「ひさしぶりの兄弟再会だ。ゆっくり噛み締めるといい」
教子はそのまま振り返らずに、部屋をあとにした。
闇に飲まれる悲鳴がこだまする。
悲鳴に紛れ親子の楽しそうな笑い声を教子は聞いた気がした。
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