第22話

 最初の競竜実況からしばらく時が過ぎ、幾つかの賭けを順調にこなした。

 今は3レース目の精算と4レース目の賭けの募集を終え、自宅に戻ったところだった。


「よし……! 今回で20万ディナの利益ですよ!」

「ええ、大変素晴らしいかと」


 山盛りの銀貨を見て、私はついはしゃいでしまった。

だがアキラさんの声も心なしか嬉しそうだ。


「これで学費の3分の1の利益は確保できましたね」

「今まで失敗も問題も無いですからねー! いやーもう、本当に大助かりです!」

「ふむ……」


 私の賞賛に、アキラさんは顎に手を当てて悩む素振りを見せた。


「あれ? アキラさん、何か心配事でも?」

「そうですね、心配事はありません。

 ……むしろ心配事が無いことが心配事でしょうか」

「うん?」


 言っている意味がよくわからない。


「問題無いなら、良いことじゃありませんか?」

「そうですね。考えすぎでした」

「もー、アキラさんってば心配性なんだからぁ。

 新聞作りで色々と忙しいんですから、ここからも頑張らないと!」


 私はそう言ってアキラさんの背中をばしばし叩いた。

 仕事も軌道に乗ってきたところなのだ、目標金額達成まで気は抜けない。


 ちなみに今はノミ屋と新聞の仕事に集中しており、飴と酒を売るのは早々に打ち切った。

 材料はアキラさんの持ち出しだったからだ。

 一応アキラさんへの報酬は払っているのだが、かなり質の良い酒や菓子を持ち出してくれたのだから足りてないような気がする。アキラさんは「十分足りていますよ」と言っているのだが、藪をつついて恐ろしい金額が出たら怖くてあまり深く突っ込めない。

 それに、立ち売りは競合相手が多いために質が良くても単価をあまり上げられないのだ。新聞売りやノミ屋といった私達独自のサービスに比重を置いた方が効率的だった。そもそも目的はあくまで競竜場でのコネ作りだったし。


「そうですね、では目標金額まで頑張りましょう、ご主人様」

「はい!」



 4レース目の結果を報告に学校に来たときのことだ。

 私達はいつも通り競竜実況するため廊下を移動してると、妙なざわつきを感じた。


「ん? 何かあったのかな……? 休業期間で普通の学生はいないのに」

「なんでしょうね」


 どうも別の教室から声が聞こえてくる。

 ちょっとうるさいくらいだ。


「ちょっと近付いてみますか」


 アキラさんに促されて、声がする方向へと向かう。

 だが、その途中で声の内容がなんなのかすぐに気付いた。


「なっ……な、これって……!?」


 なんと、そこでは既に「競竜の報告」が始められていた。

 私達以外の人間によって、だ。


「さあ!

 ここで最後のコーナーを曲がったピットブル!

 その巨体を物ともせずにエッジの効いたコース取りをしている!

 どすんどすんと地震のように会場が揺れている!

 おっとここで期待の新星、赤毛の地竜アンコチャンが背後に潜り込んだ!

 ピットブルの巨体で風圧を避けている!

 上手いぞアンコチャン!

 可愛いぞアンコチャン!

 さあ勝負はこの二頭に絞られた!」


 誰かがよく通る高らかな声で競竜を実況している。

 アキラさんほどの饒舌さは無いが、おそらく歌唱や声楽を学んでいるのだろう。

 高音の声の出し方がとても堂に入っていて聞き取りやすい。

 悔しいが上手いと言わざるをえない。


「あ、アキラさん!」

「……やはり出ましたか」


 だが、アキラさんはさほど驚いていなかった。


「やはり……?」

「私達の手口を模倣して金を稼ごうとする人がいつか現れるだろうと思っていました。思ったよりは早かったですね……」

「真似なんて……ずっるーい!」

「いえ、ずるいのは私達も同様です」

「あっ、いや、それはそうなんですけど!」


 アキラさんは何処吹く風といった様子だ。

 真似されたのだからもっと怒っても良いと思うのだけれど。


「まずはお手並み拝見と行きましょう。見てみませんか?」

「はぁ……」


 騒ぎの元となった教室に入ると、そこには私達の馴染みの客達が楽しそうに聞き入っていた。彼らは私達と目が合うとちょっと気まずそうに目をそらした。怒らないわよ。多分!


 だが、彼らの実況を見て、どうして馴染み客達が引き込まれたのかわかった。

 私達には無い「娯楽」を提供しているのだ。


「なるほど……これは凄い」


 彼らは、ミニチュアのコースに、なんとミニチュアの竜を走らせていたのだ。

 粘土でできた小さな竜が、ユーモラスな動きで競竜のレースを模倣している。

 これは……なんて……


「可愛い……!」


 認めざるを得ない実力だ。

 どういう仕掛けなのかまったくわからないが、その魅力は本物だ。


 まさに、ライバルの出現だった。

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