第20話

 再び、私の自宅へと戻った。

 今度は客のためでは無く「私達として」の精算をしなければいけない。

 年代物のテーブルに、丁寧に十枚ずつ、銀貨や銅貨を並べていく。


「さて、今回は手堅い結果に落ち着きましたね」


 アキラさんの言葉に、私はこくりと頷く。


「一口が100ディナで、100口……10000ディナ集まっていました。

 そのうち、6000ディナを竜券に変えずに懐に収めました。

 ラーディ先生の分は若干倍率が高く窓口で竜券に変えていたので、懐の現金に影響はありません」


 私は、並べた大銅貨を数えながらアキラさんに答えた。


「6000ディナの利益……銀貨6枚分ですね」

「それに加えて、飴や酒、新聞の売上が10000ディナほどになりました。でも材料代とか袖の下とかを差し引くと残ったのは4000ディナですね。

 つまり私達の取り分は、ノミ屋の利益6000ディナと新聞等の利益4000ディナ、合わせて10000ディナ」

「ええ。数日働いた報酬が、たった10000ディナです。

 文官の日給が5000ディナくらいとすると、写本などの仕事を真面目にこなした方が利益になります。今回までは」

「はい……今回までは」


 あの後ラーディ先生が他の教員や研究員に「許可」を出した瞬間、賭け金が10倍近く膨れ上がった。一口は大銅貨1枚だというのに、1000ディナ分の銀貨がポンポン飛び出る有様だ。預かった賭け金の銀貨がテーブルにうずたかく積まれているのを見ると、なかなかいやらしい笑みが浮かんでしまう。アキラさんもニッコリと悪い微笑みを浮かべている。


「今回と同じ利益率を見込めるならば、一度で60000ディナ以上の利益になります。新聞の売れ行きも恐らく増えていくでしょう。これならば二ヶ月どころか一ヶ月以内に学費を稼げるかもしれません」

「あの人達、忙しいお金持ちですから金遣い荒いんですよ……。

 でもクリエル先生は大丈夫かな。ちょっと賭け方がヤバいですよ。

 超大穴に金貨賭けてきましたし……」


 クリエル先生とは、教室で大声を上げて敗北を嘆いていた若い女性の先生だ。

 若くして上級の水魔法と上級回復魔法を使いこなす才女なのだが、こうも博打好きとは思わなかった。


「身持ちを崩さないか、我々が心配になりますね……。

 あの人には限度額を設定した方が良いかもしれないので、ラーディ先生に先生に相談しておきましょう」

「そうですね」

「クリエルさんみたいな無茶な賭けを真似する人が増えないよう、賭けるときに上手く分散させたいところですね。今後はそのあたりを踏まえて新聞を作っていきましょうか」

「そのあたりを踏まえる……? 分散させる……?」


 言っている意味がちんぷんかんぷん、という訳では無い。

 ただ何というか、思ったよりも……。


「皆が迷って買う竜がバラけるようにしたい、というわけですよ。例えば倍率の高いところに集中したら、そのまま窓口で買わざるをえません。適度に倍率の低い券を買ってもらわなければ、ご主人様の取り分が無くなってしまうでしょう?」

「……新聞で竜の情報を正直に教えるんじゃなくて、お客さんに買わせたい竜を示す、というわけですね?」

「情報においては嘘をつく必要はありません。ですが情報をどう見せるか、という点では工夫の余地があります」

「工夫……?」

「嘘を付かずとも個人の意見として疑念を呈したり、あるいは太鼓判を押したりでしょうか。あるいはもっともらしいデータを並べて関連があるかのように見せたり……という方法もありますね。たとえば「あの竜は何故か月末に勝利することが多い」……みたいなことを真剣に賭けを考えているときに言われたら、なんとなく頭に残ってしまうでしょう?」

「うわあ」

「まあ、『この券を買ってくれ』みたいな強い作為をするつもりはないんですけどね。そもそも情報量が多ければ皆勝手に迷いますから」

「わかりました。でも、その……アキラさん」

「なんでしょう、ご主人様」

「気を悪くしないで聞いて欲しいんですけど……」

「ええ、わかりました」

「アキラさんは、けっこう悪どい人ですね?」


 私の怯え混じりの言葉に、ふふっとアキラさんは微笑んだ。


「実は、まあ、そうなのです」

「ですよね」

「と言っても、小悪党です」

「そうかなぁ……?」


 小悪党と言うには手口が上手いと言うか。


「私にできるのはこの程度のノミ屋ですから。

 もっと大掛かりな詐欺をしたり、異世界……私の世界の知識を使って他人を出し抜いて億万長者になったり、一国一城の主になって女性や手下をはべらせたり、そういう大それた野望は全くないのですが」

「はぁ……」

「自分ができる範囲の、

 人から恨まれたりしない程度の悪事で、

 人よりちょっとだけ稼ぎたい、

 人よりちょっとだけ楽に生活したい……。

 そんなことを考えている小悪党です」


 ああ、その気持ちはよくわかる。

 私だってそうしたい。


「ご主人様」

「はい」

「この商売……私の国では『ノミ行為』と言うのですが、もっとずるいやり方もあるんですよ」

「た、例えば?」

「そうですね、例を挙げるとするなら……賭け金を後払いにする方法ですかね」

「へ? それってズルいんですか?」

「手元に現金が無くとも賭博ができる、これは怖いですよ?

 勝てるならともかく、負ければそのまま借金に変換されるわけですから」

「あっ……ああ」


 例えば博打に賭けて負けが込んでしまい、負けを取り戻そうと金をつぎ込む。

 博打狂いがよくやってしまうことだ。

 もしそれが、「手元にお金が無いのに」起きたらどうなることだろう。


「しゃ、借金漬けですね」

「負けが込んだ人を煽るのは容易いものですからね。

 ここまで来たからには取り戻さなければいけないとか。

 ここまで投資したのだからきっとリターンが来るはずだとか。

 そろそろ来る流れに違いないとか……。

 そういう心理からはわかっていても逃れられません。

 大の大人でも、ほんの少しくすぐるだけで……」


 と言って、アキラさんは指で硬貨の山を崩した。


「こうです」

「その仕草は滅茶苦茶怖いんでやめてください」

「すみません。ともあれ、他にも悪どいやり方というものはあります。私があえて教えずともご主人様なら気付かれるでしょう」

「まあ、聞きたいような聞きたくないような、不思議な感じです」

「どうします?」

「ど、どうしますとは?」

「そういう手法を取れば売上は間違いなく伸びるでしょう」


 アキラさんは、静かな目で私を見ている。

 そこに感情の揺らぎは無い。

 こわい人だ。

 なんでこの人は、人をこんな風に試すのだろう。

 試しておきながら、私を助けてくれるのだろう。


「や……やり方は、変えません」

「良いんですね?」

「この商売の目的は、学費を稼ぐことです! それが達成できたらすっぱり止めます!」


 アキラさんは、静かに私の言葉を聞いていた。

 私もアキラさんを見ていた。

 彼はどう思うだろうか。

 彼は自分のことを小悪党だと言った。

 それは慎重さや臆病さゆえの自嘲なのかもしれない。

 でも私は、彼が一線と言うべきものを守っているのだと感じた。

 私も、そういうものを大事にしたい。


「いや、良かった。

 愚かな民衆から絞れるだけ搾り取りましょう!

 ……などと言われたらどうしようかと思いました」

「ならこんな危なっかしい話しないでくださいよ!?」


 アキラさんは、ふうと溜息をついて胸をなでおろした。

 あーもう、この人はたまに怖がらせること言うから困る。


「すみません。まあ新聞作りとか飴売り、あと演説の仕方の工夫はしても、博打に狂う人の心理を突いて不幸を招くような工夫は止めましょう。それを超えるとどうなってしまうかわかりません」

「そうですねぇ……」

「それでは60万ディナ……金貨10枚目指して頑張りましょうか」

「10枚? 何を言ってるんですか、20枚です」

「……ふむ?」


 アキラさんが怪訝な顔をする。

 きっと、私が欲深いことを考えてると思ってるのだろう。

 そんなことは、ちょっとだけある。

 でもアキラさんは大事な事を忘れてる。


「金貨10枚は学費に使うとします。

 残った10枚の内、5枚はアキラさんの分ですよ」

「おっと、私の報酬でしたか」

「忘れちゃ駄目ですよ、お仕事なんですから!」

「……では、最後の5枚はいかがします?」

「それを、別の商売の元手にしましょう!

 ノミ屋みたいにラクで、ノミ屋よりもクリーンな仕事のために!」


 アキラさんは目を見開いて驚いていた。

 彼の取り繕わない表情を引き出したのが嬉しくて、つい微笑みが浮かぶ。

 そしてアキラさんは、私に小さく微笑み返した。


「……ご主人様も、小悪党ですね」

「ええ、内緒ですよ?」

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