第16話

「……あっという間に逃げてしまいましたね」


 アキラさんがぽかんとした顔で呟いた。

 流石にフラッドウッズモンスターさんの力には驚いているようだ。

 彼は非常に魔力が強く様々な魔法を唱えられる。

 四大属性の攻撃魔法は当然の如く使えるが、一番得意なのは、


「アキラさん、地面を見てください」

「……あれ? さきほどの燃えた後が……消えてる……?」

「燃えたんじゃないんです。炎の幻覚を見せたんです」


 他人に錯覚や幻覚を見せる、幻惑魔術だ。


「……それならばマントで防ごうとしても無駄というわけですね」

「そういう魔術の対策されたら全然効かないんですけどね。その上、初見じゃない人には効きにくいですし」

「幻惑だと知られてしまえば効果は薄い、と」

「はい。あ、ただ幻覚だと言ってもあまりにリアル過ぎて、幻覚の炎に触ると火傷します。気をつけてくださいね」


 詳しいことは知らないが、「痛いに違いない」と思ってしまうと実際に痛く感じたり、熱いと思い込んだものに触ると火傷を起こすことがあるらしい。フラッドウッズモンスターさんの幻惑はそういう人間の認識を揺れ動かすほどに強い。いわゆる初見殺しとしてぶつけるには最適の召喚獣だ。


「なるほど……。おっと、そういえば自己紹介がまだでしたね。

 はじめまして。私はテレサさんの召喚獣、梅屋敷アキラです。お見知りおきを」

「やあ……フラッドウッズモンスター、などと呼ばれている」

「……すみません、地球のアメリカにお越しになったことはありませんか?」

「そんなこともあったような気がするねぇ……」


 あら、もう仲良くなってる。

 フラッドウッズモンスターさんもアキラさんもマイペースな人だが、マイペース同士は気が合うのだろうか。


「しかし先ほどは肝が冷えました」

「いや全然焦った顔してないんですが……。アキラさん、何か考えがあったんですか?」


 アキラさんも、戦う心得は無いなどと言いながら落ち着きすぎていた。


「いえ、焦った顔をしたら余計状況が悪化するでしょう。

 がんばって無表情を作っていました」


 が、がんばってたのかな……?

 素だったようにしか見えないんだけど。


「しかしテレサさん、少々お尋ねしたいのですが」

「なんですか?」

「彼のように強力な召喚獣を召喚できるんですよね」

「ええ、まあ」

「その力を使えば学費を稼ぐのも余裕では……?

 いやそれ以前に、学校であれこれ勉強するまでもなく十分な力を持っているのでは?」

「あー……」


 まあ、確かにそう考える人も居るだろう。

 というかそう考える方が普通だ。

 だが、


「アキラさん」

「はい」

「たとえば、敵国の王様とか、人間を苦しめる魔王とか、あるいは暴れ回ってるドラゴンとか居るじゃないですか」

「はい」

「お前強いからぶっ殺してこいよ、報酬は幾らでもやる……とか言われたとして」

「はい」

「やりたいですか?」

「絶対嫌ですね」


 アキラさんは力強く頷いた。


「でしょう?」

「どれだけ強くても人殺しに近い仕事に魅力は感じませんね」

「そういうことです」

「わかりやすい」


 まあ、戦うことこそ貴族の誉れとか冒険者の浪漫とか言う人はけっこう居る。

 でも正直私としては面倒くさい。

 身に降りかかる火の粉を払うくらいはともかく、仕事として血生臭いことをやって自分のメンタルをぶっ壊すようなことはしたくないのだ。

 そもそも私は召喚術が得意なだけで、私自身は別に強くない。召喚獣を出してないときに寝首をかかれたらその瞬間にジエンドだ。だからあれこれ自慢して頼る人が続出しても困る。


 しかし、この話で納得してくれて良かった。「もったいない」とか「力があるなら使わないのは損だ」とか、そういう論調で人を使おうとする人ってけっこう居るのだ。「めんどくさい」で理解しあえる人は仲間だと思う。さっきもアキラさんは撤退しようと提案してくれたし、こういうときに無理しないでくれるのは助かる。


「あれ? そういえばアキラさん、さっき「撤退ならできる」って言ってましたよね。何か考えでもあったんですか?」

「一応、こういうときのために対策は考えていました」

「おお」

「大したものではありません。防犯用スプレーで威嚇して、その間に逃げる……という程度のものです」

「すぷれー? なんですか?」

「スプレーは、まあ……毒です」

「毒」


 アキラさんの口からぶっそうな言葉が出てきた。


「と言っても、唐辛子の成分などを抽出しただけで、一時的に目や皮膚が痛くなるだけです。後遺症が残るほどではありません」


 と言って、アキラさんがポケットから不思議な筒を取り出した。


「へぇー、これがすぷれーですか」

「筒の先端から液体と霧が混ざったものを飛ばすんです。これで五メートルくらいですかね。しかし使う機会がなくて良かったですよ」


 と言って、アキラさんはまた筒を仕舞った。

 ちょっと欲しいな、アレ……。


「私の仕事は終わりかな……?」

「あっ、ありがとうございました。問題無く完了です!」

「それじゃあ、お疲れ様……」


 杖をふるって、さんが居る世界への扉を繋ぐ。

 フラッドウッズモンスターさんは、ゆったりとした足取りで帰って行った。


「……あっ、しまった」

「どうしました?」


 さっきの強盗から、ファイアラットのマントをかっぱらえば良かった。

 アレを売れば金貨1枚くらいにはなったのに。


「い、いえ、なんでもないです! 明日は魔法学校に行って、みんなに精算しないと!」


 流石に考えがよこしま過ぎた。

 まずは私達が最初に立てた方針通り、堅実に行動しよう。


 ……いや、堅実でも無いのかな?


 ま、いっか!

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