3

「危ない!!」

ミズキ・サカサキが窓の外を見て叫んだ。


暗殺者はボイルドの放った弾丸を完璧な体術で避けながら、ハイヤーへと急接近してきた。

母娘は硬く抱き合い身を伏せた。


暗殺者は手にしていた高電磁ハチソン 剣を水平に振り抜くと、ハイヤーの後部座席のルーフが切断され音を立てて道路に落下した。


後部座席が露わになった。


ちょうどボイルドのハンドガンが弾切れになり、リロードするための一瞬の隙が出来る。

暗殺者はシートにうずくまるハツキに手を伸ばした。


ハツキの手の中にいたウフコックが"変身ターン"する。

一振りの電磁ハチソン 式ナイフ。

しかし一般的なバターナイフ形状のものとは異なっていた。

それは湾曲した刃。

切る事に関しては直刀より湾刀の方が効果的な場合がある。

より少ない力で切る事を可能とするためだ。

この刃はナイフと言うより東洋のカタナの形状に似ていた。

万能道具存在ユニバーサルアイテムのウフコックの有用性の一側面はこの可変性ヴァーサタイルであった。


カタナ(小刀)を握ったハツキの左手が刃そのものに導かれて動く。


自分に向かってくる暗殺者の腕に刃先を押し当てると切っ先へ向けて静かに引いた。


ごとり、と音を立てて吊るされた男の右腕がただの鉄の塊と化してシートの下に落ちた。


ハツキは不思議な感覚に襲われた。

まるで誕生日の時に食べたチョコレートケーキを切るような滑らかさで、この襲撃者の腕を切断したのだ。

低周波誘導の熱と、刃の形状の相乗効果。


吊るされた男はしばらく何が起きたのか飲み込めず、自分の腕の断面を眺めていた。


すると横から突然、ボイルドが巨躯に見合わない速さで突っ込んで来て至近距離で発砲した。

無防備なところに銃撃を受けた襲撃者は為すすべなく後方へと吹き飛ぶ。


その時もう片方の車線を赤いオープンカーが猛スピードで近づいてきた。

運転席には髪をまだらに染めて白衣を着た男が座っていた。

「ドクター・イースター!」

ミズキが声を上げた。

この二人は面識があった。

ミズキが法務局ブロイラーハウスを訪れた時に会ったのだ。

金のブレスレットも、委任事件担当捜査官を名乗るこの男にその時渡された。

ただのGPS機能がついた腕輪だと聞かされたが、まさか喋るネズミだとは想像もしなかった。


ボイルドに撃たれた暗殺者はよろよろしながら、なんとか立ち上がった。どうやらこのハンドガンでは倒せないらしい。

「ウフコック、奴にとどめを刺す!!」

ボイルドは暗殺者に駆け寄りながら皆が振り返るほどの大声で言った。

「すでに奴は死に体だ」

ウフコックは首を横に振った。


だが次の瞬間、信じられない事が起きた。

切り落としたはずの暗殺者の腕がもぞり、と動きハツキの足首を強引に掴んだ。


黒い暗殺者はとてつもない速さでボイルドの横をすり抜け、ハイヤーに近付くと切断された腕と再び接合した。

半狂乱で掴みかかる母親を弾き飛ばしてハツキを脇に抱えると、暗殺者はワイヤーをトラスに引っ掛け、瞬く間に逃げ去っていった。


ボイルドは小さく舌打ちした。


警察車両のサイレンがこちらに近づいてくる。

「ここは市警に任せて、我々も一度ここを離れよう」

ドクター・イースターがオープンカーに乗るように促すと気絶したミズキを抱え上げ、ボイルドが乗り込んだ。

オープンカーのエンジンは快音を立てて加速し、橋を後にした。


◇◇◇


オープンカーはマルドゥックシティのウェストサイドにあるドクターのオフィスへと辿り着いた。

途中で目を覚ました母親はソファに腰掛け、やっと人心地ついたようだった。


「あの襲撃者に心当たりは?」

ドクター・イースターがミズキに聞いた。

「たぶん、父が差し向けたエージェントです。サカサキ製薬は裏ではそういった人間を抱えていました」

ちょうどその時、オフィスに置かれていたテレビにサカサキ製薬本社ビルのサカサキ・タワーが映し出されたので、皆の視線がそちらに向いた。


ビルのエントランスには報道陣が押しかけていて、サカサキ製薬の顧問弁護士を取り囲んでいた。


先ほどのハイヤー襲撃やハツキの失踪は早くもトップニュースになっている。

ハツキが受ける手術はサカサキ製薬の開発した新技術を用いて執行される予定で人々の注目を集めていたためだ。


顧問弁護士はハツキの失踪は母親のミズキの誘拐だったと主張すると同時に、今回予定されている手術がいかに革新的で意義のあることかを言葉巧みに説いていた。


「あの子に施されようとしてる手術はそんな綺麗事じゃない!」

画面越しに笑顔すら見せながら弁舌を振るう弁護士を睨みつけてミズキが言った。


「あんたの娘さんに一体どんな手術が施されるんだ?」

ボイルドが聞くとミズキは険しい表情で答える。

「サカサキ製薬が新たに開発した精神転送マインドアップローディング手術。あの子の精神をコンピュータ上に転送しようとする手術よ」

「そんな事が本当に可能なのか?」

ドクター・イースターが補足した。

「現在の技術だとナノマシンで脳の構造や神経回路についてはかなり詳細に分かるようになってる。だから実現は近いと思われてるけど、実はこれには超難問ハードプロブレムが横たわっているんだ」

難問ハードプロブレム?」

「そう。脳の構造がいくら分かったとしても、そこから"意識"がどう生起しているかは全く分からないんだ。だからこの手術の最終工程は厄介だ」

「どうなるんだ?」

「脳を切片化スライスするんだよ」

「なんだと・・・?」

「文字通り脳を輪切りにする。意識、自我を解明するには非破壊検査では限界があるからだ」


「そう、それは脳の物理的な破壊。つまりは死を意味する!それなのに父は・・・」

ミズキはテレビを睨みながら怒りを露わにした。


「サカサキ製薬のゲンドウ・サカサキはコンピュータ上での彼女の復活を信じている。ちょうど明日、ハツキ・サカサキの手術の同意書に彼女自身の手によって署名が行われる事になっていた」

「それはあの子の実質の安楽死ユーサネイジアの署名よ・・・!」

母は凄惨な表情を浮かべていた。


「これが今回、法務局ブロイラーハウスに受理されたハツキ・サカサキの生命保全プログラムの理由さ」

ドクター・イースターがため息まじりにそう言った。

「一体これからどうすれば・・・?」

ミズキは顔を両手で覆いながら嘆いた。

「安心しろ。あんたの娘は相棒ウフコックと一緒だ」

壁に寄りかかっていたボイルドが言った。

その言葉には確信が込められていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る