第30話 焔の村に着きました

 少女が脱衣所の扉を開けると、扉が多数並ぶ廊下に出た。

 少女は周囲を見渡しながら幼い頃に祖母から聞いた話を思い出していた。


 そこは火山の麓にある名もなき村であった。

 火山と言っても激しく噴火することはなく、多少の火山灰が降る程度で平和に過ごしていた。

 だがある日、火山の活動が活発化して降り注ぐ火山灰の量が劇的に増え、火砕流の恐れも出始めた。

 そんな時現れたのが神の御使いであった。

 巨大な白い獣の姿に人々は怯えたが、優しく微笑むその表情と穏やかな佇まいで次第に人々に安心を与える存在へと変わっていった。

 神の御使いは人々を避難させた後、一人の村娘と共に紅蓮の洞窟の奥へと消えていった。

 神の御使いと村娘が紅蓮の洞窟に入ってしばらくすると火山の活動は穏やかになって村は救われた。

 神の御使いと共に帰還した村娘の話では洞窟の奥で火の神と対話し、火山の活動を治めてもらったと言う。

 それ以来村娘の一家は神官の一族となり、村の人々と共に定期的に紅蓮の洞窟に入って火の神に感謝の祈りを捧げるようになった。


 だが、今は異常気象で村は雪に閉ざされ紅蓮の洞窟への祈りもお座成りになってしまっているという噂を聞いて帰郷しようとしたらこの有様である。

 浴槽の傍らで見守っていた超巨大な白い犬、あれはまさしく祖母から聞いた神の御使いであり、命を救ってくれた恩人(恩犬?)である。

 入浴中は混乱して何も言えなかったが、会って礼を言わなければという思いが彼女を動かしていた。


 がちゃり


 不意に廊下の扉の一つが開かれる。

「あ、上がってたんだ」

 開いた扉から現れたのは彼女と同年代と思われる長い黒髪の女性だった。

「わうぅ?」

 探していた相手が女性の頭越しに顔を見せた。

「御使い様!!」

「は?」

「わうぅ?」


「わたしはヒカル、この子はユキ」

「あ、イコといいます」

 とりあえずお互いに自己紹介を済ませる。

「呼び鈴が・・・・あ、岩戸の光に触ると呼び鈴が鳴るようになってて、その時はわたしは出られない状態だったからユキに見て来てもらったんだけど・・・・

 イコさんを背負って戻って時はびっくりしたよ、一瞬死んでるのかと思ったもの」

「はあ・・・、まあ、その件は本当にありがとうございます。

 助けていただいた上にお風呂まで頂いてしまって・・・・」

「あ、うん、それは温めないといけないと思ったからそうしただけだよ。

 ご飯できてるから食べよう」

「そんな、お風呂だけでなく食事まで頂くなんて・・・・」

「気にしないで、外は吹雪いててまだしばらくは出られないんだし」

「・・・・・。はい」


 食事とともにイコの身の上や村に伝わる神の御使いの話、ヒカルやユキの事などお互いのことを色々話して情報を共有する。

 イコは米という見慣れない食品に戸惑ったが食事は温かくて美味しくとても印象に残るものであった。

 食事が終わった後は床が編んだ干し草と布で作られた奇妙な部屋に案内された。

「ゴメンね、寝室にベッドは一つしか無いから・・・・」

 そう言いながらヒカルは何処からともなく大きな布袋を取り出した。

 布袋に触れてみると藁や干し草とは違う柔らかく沈み込む。

 さらにもう一つ同じような四角い布袋と枕が用意された。

 どうやらこれが寝具らしい。

 実際に寝てみて、あまりの心地よさに『やはりここは死後の天国なのでは』という不安にかられながらイコは眠りについた。


            ◇ ◇ ◇ ◇


「とりあえず昨日よりはマシになったかな?」

 一夜を過ごして岩戸から出た一行を豪雪が出迎えた。

 昨日のように吹き付けることはないが降り注ぐ雪は辺りを真っ白に埋め尽くそうとしている。

「でも何も見えませんよ、どうするんですか」

 イコが不安そうに問いかける。

「二人共、わたしから離れないでね」

 ヒカルはマジカルステッキを頭上に掲げると風のイメージと共に力を送り込む。


 ぶびゅわぁぁぁぁぁぁぁっ!


 ヒカル達を中心の突風が渦巻き、辺り一帯の積雪と降り注ぐ雪を吹き飛ばす。

 以前ならばそよ風程度の風しか起こせなかったが、風の島で力を開放したことによって変身なしで起こせる風も強力なものとなっていた。

「す、すごい・・・・」

 眼の前で起きた奇跡にイコは感嘆の言葉をもらす。

「イコさん、村の方角はわかる?」

「え? あ、えっと・・・・あっちです」

 積雪が取り払われた事で隠れていた道や景色が明らかになり、イコは村への帰り道を見つけることができた。

「じゃ、ユキ、お願いね」

「わうっ!」

 ユキが姿勢を低くし、いつものようにヒカルが跨る。

「ほら、イコさんも」

「えっ! ええぇぇぇぇ! ユキ様に跨るなんて恐れ多くて・・・・」

 ユキと村に伝わる神の御使いは別個体という話には納得したが、イコにとってはユキは新しい神の御使いという感覚であった。

「ほら、イコさんが乗ってくれないとユキが動けないから」

「わうっ!」

 ユキも乗れとばかりに催促の仕草を見せる。

「御二方がそう言うのならば・・・・」

 イコは恐る恐るユキの背中に跨る。

「しっかり捕まっててね」

 そう言いながらヒカルは腕を伸ばし、マジカルステッキをユキの顔よりも前に突き出す」。


 ぶわあぁぁぁぁぁぁぁっ!


 ユキの前方で風が左右に広がるように吹き、積雪が割れて道が作られていく。

「行こう、紅蓮の洞窟の村へ!」

「わうっ!」

 二人を乗せてユキは走り出す。そしてユキの進行に合わせて風が前方の積雪を取り除いていく。


            ◇ ◇ ◇ ◇


「ここが紅蓮の洞窟に近い焔の村・・・・」

 村の建物が見えた辺りで風を止めたために村に被害を出すようなことはなかったが、風で舞い上がる雪は遠くからでも目立っていたらしく村の入り口には人々が集まっていた。

「おおぉ、神の御使い様が再びこの村に・・・・ありがたや、ありがたや」

「御使い様の背に乗るとは・・・・」

「いや、御使い様が背を許すほどの相手だからどこかの巫女様では?」

 疾走する謎の雪煙に続いて現れたのが村の伝承の神の御使いなのだから当然人々の視線を集めることとなった。

 イコはフードをしっかりと被り、ヒカルにしがみついて顔を見られないようにしていた。

「うーん、どうしよう・・・・」

 すっかり村人に囲まれてしまい、ヒカルは困惑していた。

 特にお年寄りが濡れるのも構わずに跪いて拝んでいる状況が一行を困らせた。

(神官の家に)

 周りに聞こえないような小さな声でイコがヒカルに囁く。

「えーと、とりあえず神官さんの家に行きたいんだけど・・・・

 あと、そこのおばあちゃん達は身体が冷えちゃうから一旦帰ろうね」

 ヒカルの言葉に人集りが割れ、お年寄り達は家族に連れられて帰っていった。

(道開けてもらったけど、神官の家がどこかなんて・・・・)

(ここを真っ直ぐ・・・・)

 イコの囁く案内を受け、一行は神官の家へと向かった。

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