第22話 お米を見つけました

 風の島を開放した翌日、ヒカルは出立のために郷の出口へと向かう。

 だが、郷が動き始める時間よりも遅い出立だったために少し歩くたびに郷の人々に捕まってしまう。

「おや、聖女様じゃないか。よかったらうちの干物を持っていっておくれよ」

「風見の郷の隠れ名物『郷の塩』、持っていきなよ」

「今朝採ったばかりのミカンだ、受けとてくれよ」

「うちのおばあちゃんが秘伝の魚醤を聖女様にって」

「ねー、ワンちゃん触っていい?」

 郷の人々が次々といろんな物を渡してくるため異次元ポケットがなかったら大荷物で大変なことになってただろう。

 郷の出口に着くと郷長が待っていた。

「もう、行かれるのですな」

「はい」

「お気をつけて」

「郷長さんもお元気で」

 別れを告げてヒカルは郷を離れた。


            ◇ ◇ ◇ ◇


 郷を出たヒカルはユキの背に跨がり、ユキは風を切って野を駆ける。

 街道沿いにはたまに小さな村があるがそれらには立ち寄らずに横を素通りし、日が傾けば街道から外れた平野に『太陽神たいようしん岩戸いわど』を設置して夜をやり過ごす。そんな道程を繰り返しながら進んだある日のことだった。

 いつものように道を無視した最短距離の進行の最中でユキが突如減速を始めて、そのまま立ち止まる。

「どうしたの? ユキ」

 ユキはキョロキョロと左右を見回しながら鼻をヒクヒクさせる。そして、一方向で止まったあとに背中に乗ったヒカルを振り返る。

「なにか気になるものでもあったの?」

「わうっ!」

「そう、とりあえずそっちに行ってみようか」

「わうっ!」

 返事の一吠えと共にユキは本来のルートから東へ外れた方向に走り出した。


「ん? あれは・・・・」

 少し走ると前方に柵が見えてくる。そして、柵の向こうには畑が広がっている。

 畑と言っても生えているのは一般的な野菜ではなくイネ科の植物。

「え、まさか・・・・」

 近づくに連れてそれがこの世界で一般的な麦とは違う物だと言うことがはっきりと分かる。

 麦にしては穂先が倒れ過ぎている。

 そして、そのイネ科の植物が何かをはっきりと認識して思わず声を上げた。

「お米だ!」

「わうっ!」

 この世界にもお米はある、その事実にヒカルは歓喜した。

 お米は日本人の心という望郷の味だけではなく、主食の種類が増えることによる食生活の拡大への期待もあった。

「とりあえず村に入ろうか」

「わうっ!」

 ヒカルとユキは柵に沿って歩を進め、村の入口を探すことにした。


            ◇ ◇ ◇ ◇


 しばらく進むと前方に荷馬車が見えた。商隊が村に入っていく所のようだ。

 商隊が入っていった後に続いて村に入ろうとしたら呼び止められた。

「止まれ! ここは一般人の入場を許可していない!」

 呼び止めたのは鎧を纏った衛兵。

 ただの農村かと思ったがどうも違うらしい。

 ヒカルは少し悩む。

 国王からもらった紋章を見せれば入場は可能だろう。だが、お米のために一般人の入場を禁じた場所に足を踏み入れて良いものなのだろうかと。

 だが、ヒカルが決断するよりも早くユキが動いた。

「わうっ!」

 衛兵に向かって一歩踏み出ししゃがみ込むと顎を上げて首輪に付いた紋章を見せつける。

「!!」

 紋章を見た衛兵が動揺する。

 仕方なしにヒカルも紋章を見せる。

「し、失礼いたしました!」

 衛兵はズザッっと下がって直立不動で敬礼の姿勢を取った。

「あ、いえ、そんなに畏まらないでください。わたしもここがどういう所なのかよく分からずに入ろうとしていたので」

「はぁ?」

 ヒカルの言葉に衛兵も思わず姿勢を崩した。


 その後、故郷で主食になっている穀物が作られているのを見て興味を持って立ち寄ろうとしたという旨を正直に話した結果、村?の責任者の元へ案内されることとなった。

 そして、倉庫のような大きな木造建築物へと辿り着く。

「ようこそ、異国よりお越しの客人殿。

 私はここの管理を任されているトリスタン・アミエバ・ウガルテと申します、以後お見知りおきを」

 簡素だが上等な衣装を身に着けた初老の紳士がヒカル達を出迎えた。

 鎧こそ身につけてないが、鍛え上げられた体と襟元や顔に刻まれた古傷から軍人だと思われる。

「ヒカル・アオゾラです。そしてこの子はユキ」

「ヒカル殿にユキ殿ですな。

 さて、ここで育てている作物があなた達の故郷では主食となっているとのことですが・・・・」

「はい」

「この作物、米は収穫量の多さや保存性の良さ、そして腹持ちの良さで兵糧として注目しているのですが兵士達にはいまいち不評でして・・・」

「はあ・・・・」

「そこでこの米を主食とする本場の知恵をお貸しいただきたいのです」

「うーん、どこまで力になれるかは分かりませんが・・・・それでもよければ・・・・」

「ご協力感謝致します」

「で、普段はどのような調理を?」

「殻をむいたものをとにかく煮込みます」

「え?」

「表面が柔らかくなる程度だと硬く芯が残ってしまうので、とにかくしっかり煮込みます」

「うーん・・・・」

「ヒカル殿の故郷ではどの様に食してるのでしょうか?」

「・・・・」

 ヒカルは少し考え込む。

「ある意味、煮込むというのは合ってますが、わたし達は『炊く』と言う調理法ですね」

「炊く、ですか?」

「最初はしっかりと水に浸かってるから煮るとも言えますが、そのお米が水分を吸って膨らんで鍋の中の水が水蒸気、湯気ばっかりな状態で加熱します。

 で、その後火を止めてからもすぐに蓋を開けずにしばらく蒸らし・・・・予熱で水分とお米をなじませます」

「ほう、そのような調理法が・・・・」

「わうっ!」

「ん? ユキ?」

 ユキの方を見ると地面に何かを書くように前足を動かしている。

 よく見ると、何か字を書こうとしているように見える。

「なにか伝えたい言葉があるの?」

「わうっ!」

 返答と共にまっすぐな線を引くように前足を動かし、その後十字を切るような動作から地面を二回叩く。

「げ?」

「わうっ!」

 次は一筆書きで真っ直ぐな斜め線を引き、そのまま返してぐにぐにと曲がった線をえがく。

「ん? ん? もしかして玄米って言いたいの?」

「わうっ!」

「あ、そうか、籾殻を取っただけじゃ玄米だね」

「いかがなされましたか?」

「あ、大事なことを忘れてました。

 わたし達の故郷ではお米の表面を削って白くした『白米』が一般的で殻を取っただけの『玄米』とは調理法が少し違うんです」

「表面を・・・・削るのですか?

 米を一粒一粒削るなんてしたらとんでもない手間ですし、なにか良い方法や道具でもあるのですか?」

「えーと・・・・それ用の機械はありましたけど、白米の状態のものをお店で買うのが一般的だったのでわたしも詳しくは・・・・」

「ほう、それを請け負う業者が居るのですか?」

「はい。あ、ただ栄養的には白米より玄米のほうが良いので兵糧向けですけどね」

「そうなのですか?」

「はい、白米は美味しいけど、体に良いのは玄米の方です」

「で、玄米の場合はどの様に食すのでしょうか?」

「えーと、ちょっと失礼しますね」

 ヒカルはそう言って『叡知のインテリジェンス水晶板タブレット』を取り出し、玄米の炊き方について調べた。


「なかなか手間のかかる食品なのですね」

 玄米の炊き方を聞いてトリスタンはため息を付いた。

「そうですね。でも麦より栄養面で優れてるなどメリットも多いですよ」

「まあ、食味の改善だけでも幾分か評価はマシになるでしょうし、今までを無駄にしないためにもそう簡単には放棄したりしませんよ」

「そうですか」

 簡単に稲作が無くなることはないと聞いてヒカルは安堵した。

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