第8話 洞窟の中で敵に遭遇しました

 松明を持った男二人が前を歩き、その後ろをヒカルが歩き、首からランタンを下げたユキが殿しんがりを務めていた。

 前の二人が差し支えなく長剣を振るうことができるほど洞窟内は広く、明かりが無くても薄暗いで済む程度に明るかった。


「そういえば、ムーンライトハウンドに付けた『ユキ』という名前はどういう意味なのですか?」

 ヘクターが背を向けたままヒカルに話しかける。

「わたしの故郷の言葉で『雪』を意味する言葉だよ」

「なるほど、確かに降り積もった雪のような白さですね」

「うん、それとわたしの故郷では一文字で意味と複数の読みを持つ『漢字』っていう文字があるんだけど、『幸せ』を意味する漢字の読み方の一つも『ユキ』」

「『雪』と『幸せ』ですか、良い名前なのですね」


 何事もなく雑談を交えたりしながら進むと一行の前に幅の広い川が現れる。

 水深は極めて浅く、深いところでも膝下ぐらいしかない。しかし川幅は向こう岸が洞窟の闇に消えて見えないぐらい広い。

 一行が川にたどり着くと、その前方には薄く平らな石が幾つも水面から顔を出して川を渡る道を形成していた。

「足元に気を付けてくださいね」

 ヘクターがヒカルに注意を促す。

 一行は足元に注意しながら川を渡り始めた。


 川の中ほどまで来て、向こう岸に松明の光が届き始めた辺りでは姿を見せた。

「ひぃっ!」

「きゃうん!」

 ヒカルはその姿に驚いてユキに抱き着き、ユキは抱き着かれたその力の強さに悲鳴をあげる。

「あ、ごめん・・・」

 ユキの悲鳴にヒカルは慌てて手を放すが、力を抜いて再びしがみつく。

「いくら強いと言ってもやはり女性ですな」

「まあ、たしかにあれはキモいな」

 ヘクターとオライオンが二人を守るように前に立ち、剣を構える。

 赤と黒の毒々しい縞模様の人が乗れそうなほど巨大な蜘蛛が水面を歩くように近づいてくる。


─── ウォーターデススパイダー? ♀ 

─── ちから:20 ─── はやさ:5 ───

─── 毒液 ─ 粘着糸 ─ 卵胎生 ───


 苦手ではあるが、場合によっては自らが戦わなければいけないので『解析調査アナライズスキャン』を実行する。

 力が多少強い程度で二人に任せても大丈夫そうだ・・・その時点ではそう思っていた。


 川に足を踏み入れ、ゆっくりとウォーターデススパイダーに近づいていく二人。

 突然なにかにつまずいたようによろけ、そのままその場で立ち止まってしまう。

 なにかから逃れようとするかのように足元に向かって剣を振るい始めた。


 離れて見ているヒカルたちには分からなかったが、水中に蜘蛛の巣が張られていたのだ。

 二人は絡みついた糸を切ろうとするが糸は暗い足元でしかも水中だから正確な場所が分かり辛く、切って離れようとしてもまた新たな糸に引っかかる始末。

 ウォーターデススパイダーは剣の間合いから遠く離れた場所で立ち止まると体を震わせ始めた。


 ぶしっ!


 ウォーターデススパイダーの背中からなにかの塊が無数打ち出された。

 それを体のひねりで躱すヘクターと剣で弾くオライオン。

「ぐうぁ!」

 オライオンが苦痛の声をあげる。

 塊の正体は毒液であり、剣で弾けば当然飛び散る。

 毒液が目に入ったらしく、左目を押さえながら肩で息をする。

「いけない!」


 ぴかっ!ぱあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 ヒカルが水面に向かって浄化の力を発動し、それは水を伝播してオライオンの目を癒した。

「助かったぜ」


 ぶるるっ!ぶしっ!ぶしっ!


 体を震わせ、毒液を撒き散らすウォーターデススパイダー。

 だがそれらは全てヒカルの浄化の力で無毒化され、無害な水塊でしかなかった。

 毒の心配がなくなった二人は足元の糸をを切り払い、徐々に間合いを詰めて行く。


 ぶびゅぅ!


 ウォーターデススパイダーは尻を持ち上げ、粘着糸を撒き散らした。

「しまった!」

「くっ!」

 粘着糸に絡まり、身動きができなくなる二人。

 だがウォーターデススパイダーはそんな二人には近づかず、溜めるように体を沈み込ませると反動を付けて大跳躍した。

「!!」

 ウォーターデススパイダーはヒカルの方を優先したのだ。

 だが、水面に浄化の力を使うために屈み込んでたヒカルは反応が遅れる。

「わうっ!」

「え!ちょっと!」

 ユキがとっさにヒカルの襟首を咥える。

 上着とブラウスが引っ張られ、おへそが顔を出す。


 たーんっ! べしゃ!


 ユキはヒカルを咥えたまま跳躍し、入れ違いで二人の居た場所にウォーターデススパイダーが着地する。

 ユキとヒカルはそのまま向こう岸に着地した。

 岸は2メートルほどしかなく、川の反対側は切り立った崖になっている。

「うう、やるしかないのか・・・」

 覚悟を決めてウォーターデススパイダーと向き合う。


 たーんっ! べしゃ!


 石を投げつけようと構えた瞬間、ウォーターデススパイダーは飛び上がりそのまま二人を飛び越えて壁に張り付く。

 そして尻を持ち上げ・・・

「させるかぁ!」

 ヒカルはとっさに石を投げつける。


 ひゅっ! ぐじゅっ!


 コントロールは良くないが的がデカいだけに石は容易く当たり、蜘蛛の腹を抉る。

 肉を抉られた事で蜘蛛は姿勢を崩し、糸は見当違いの方向に飛んでいく。

 あとは一方的だった。

 デカい的に石を当てるという簡単な作業。

 しかも常人の投石ならともかく、神の手で強化改造されたヒカルの投石は弾丸の如き威力で肉を抉り、足を折り取っていく。

 蜘蛛糸を振り払ったヘクターとオライオンの二人が追いつく頃には壁にへばり付く事もできず、地面に転落して藻掻いていた。

 トドメとばかりに漬物石大の石を拾い上げた時、それは起こった。


 ぶばっ!わらわらわら・・・


 ウォーターデススパイダーの腹部が弾け、中から大量の子蜘蛛が・・・

「ひいっきゃあぁぁぁぁぁ!」

 しっかりと石を投げつけながらも悲鳴を上げてパニックを起こすヒカル。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 足元の小石や砂をまとめて掴むと叩きつけるように投げつける。

 ショットガンで撃たれたかの様に子蜘蛛がまとめて潰れる。

 半狂乱になりながらヒカルはそれを繰り返し、ヘクターとオライオンは巻き込まれないように少し離れた所で逃げてきた子蜘蛛を潰していく。


「落ち着きましたか?」

 子蜘蛛をあらかた全滅させ、肩で息をするヒカルにヘクターは声をかけた。

 オライオンは子蜘蛛の死体を集め、親蜘蛛の死体と一緒にすると油を振り撒く。

「これで毒の元は断ったな」

 死体に火を付けながらオライオンが宣言する。

「あとは水神の神殿だね」

 落ち着きを取り戻したヒカル。

 一行は洞窟の最深部に向けて歩を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る