第6話

祥子を残し、ふらふらと廊下を歩いていく。もう祥子に確認したいことは聞けた。全く満足感は得られなかったが、祥子が俺のことを好きでいてくれているだけで充分だった。もうたくさんだ。これ以上聞きたくはない。

様々な楽器の音色が飛び交う廊下で悠人と目を合わせる者は誰もいない。祥子は呆然としているようで追ってはこなかった。頭の奥でじーんと耳鳴りがする。チューニング中のギターのような音は、まるでずっと思考を邪魔し続けるぞというように途切れずに鳴り響いていた。



それから森岡に呼び出されるまでずっとベンチでほうけていた。何時間経ったか覚えていない。俺を見つけた森岡はふぅとため息をついたあと、心配したんだぞと続けた。森岡の眉が下がる。少し怒ったような悲しそうな顔をする森岡はなんとなく実家で飼っている犬を思い出させた。


悠人と森岡は食堂で話をすることにした。ちょうど良い喧騒が言いづらい話をやりやすくしてくれる魔法の場だった。

「聞いてもいいか?」

森岡がそっと切り出す。その声に責める色はなく、優しく問うようだった。

「急に教室を飛び出したり、かと思ったら急に祥子ちゃんを無理やり連れ出して問いただしたり、どうしたんだお前?ちょっと変だぞ」

悠人はなんと答えればいいのか考えあぐねて俯いた。手元にあるアイスコーヒーの中に自分の顔が写り込んだのが見える。アイスコーヒーは苦くて好きじゃない。けれど何故かいつも頼んでしまう癖がある。仕方なくガムシロップを大量に入れて甘くするのだ。

「祥子の気持ちがどうしても知りたかったんだ」

ぽつり、と呟くように発した言葉は思ったよりも弱々しい色をしていた。所在なさげに視線が彷徨う。

「その気持ちはわかる。けど強引に引っ張ってたそうじゃないか、それは良くないと思う」

「たしかに、あれは良くなかったと思うよ」


祥子を連れ出して問いただしていた事実はすでに広まっているらしい。現場にいなかった森岡でさえ知っているのだ、ちょっとした事件になっているに違いない。


食堂の白い蛍光灯はちかちか頭上で明滅する。がやがやとした空気とは反対に俺と森岡の間にはとても静かな空気が流れていた。

「お前らしくないぞ、そんなにしょんぼりするならやらなきゃよかったのに」

ごもっともだと思う。やらなきゃよかった。こんな思いをするなら、胸の内なんて暴かなきゃ良かった。祥子の気持ちを知れればそれで満足できると思っていた。だがどうだ、実際には余計に悲しくなっただけだ。俺の好きよりも先輩への好きが上回っていることを思い知らされることのどんなに辛いことか。俺のことが好きじゃなくなったのなら納得出来た。仕方ないと諦めようと思っていた。しかし俺のことが好きだという祥子の気持ちは本物なら、何故俺と別れてまで先輩のところに行ってしまうのか。それが理解できなかった。とても悲しかった。

目の前のコーヒーをぐるぐるとかき混ぜながら次の言葉を紡ごうとする。混ぜると苦味が増していくような感じがした。

力を手にして思わず突っ走ってしまった。それが良くない結果を生み出してしまった。一体どう使えば良かったのだろうか。

「なぁ、もしだよ、もし、人の心を知られる能力を手にしたらお前ならどうする?」

「はぁ?今度はまた随分突拍子もないことを聞くんだな」

森岡は犬のように眉を動かしてみせた。戸惑いながらも、そうだなぁ、と答えを紡ぎ出す。

「トランプとかゲームしてる時に強そうだな」

森岡は少し笑顔を交えながらそう言った。彼らしい答えだと思う。邪気のない笑顔でそう答えられると、たしかにそういう使い方が一番楽しそうだ、と思えた。


「じゃあ今からゲームしてみないか?」

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