第十五話 スクラップ・ストラグル



 そこは錆の街だった。


 倒壊した高層ビルや建築途中で放棄された未完成の建物などが並ぶ、崩壊都市。

 目に映る建物は全て酸化しているのか錆色で、今にも崩れそうだ。

 そんな終末を想起させるフィールドが、西郷たちの一回戦の舞台だった。


「対戦相手はルーベル……聞いたことない名前だ」


 開始早々西郷はビルに穿たれた大穴の中に身を隠し、高所から様子見に徹していた。

 敵の機体特性が掴めないうちは慎重に行動し、情報収集に努める。

 これは序盤の立ち回りの基本である。


「索敵レーダーにも反応ないみたい」

「これは相手もこもってる感じか」


 膠着状態が続く。

 かといって焦って飛び出せば墓穴を掘る可能性がある。

 敵は、焦れた西郷が罠にかかる瞬間を虎視眈々と狙っているかもしれないのだ。


「格闘機はこういう時辛いな……」

「あっ、なにか光って――」


 遥音が言い終えるのを待たずして、赤い燐光が空を裂く。

 それは西郷らのビルを直撃、瞬く間に溶解、貫通する。


「仕掛けてきた!」


 遠方から荷電粒子砲によるビーム攻撃を受けたのだ。

 その威力は驚異的だ。

 半壊しているとはいえたった一発でビル全体が軋み、西郷らの足場がぐらつく。


「まずい、ここはもうダメだ……!」


 各フィールドにはギミックが存在する。

 たとえばここ錆の街の場合は「崩壊」がそれにあたる。


 随所に設置されたビルや建物にそれぞれ耐久値が設定されており、これがゼロになると倒壊し、その際に出るがれきなどで周囲のプレイヤーにダメージを与えるのだ。


 敵はどうやら、このまま西郷らをビルで押し潰すつもりらしい。

 たまったもんじゃないと、西郷は大穴から跳躍し脱出する。


 その直後二発目のビームがビルを貫く。

 ビルの耐久値が底をつき、がれきをばら撒きながら崩れ始める。


 西郷は上空から落下する建材に当たらないようブーストを吹かして機動を制御する。

 次に腰部ワイヤーアンカーを射出、適当な建物に食い込ませたアンカーを支点にして立体機動をとる。

 そのまま安全圏まで移動し、着地する。


 潜伏地点をあぶりだされたことで、西郷と遥音の機体ブルーズ・グレッグが日に晒される。


 その造形はまさに「闘士」と形容するに相応しかった。


 白く堅牢な装甲で覆われた躯体の隙間から、はち切れんばかりの人工筋肉が覗く。

 腕部に装着された三本爪のクローがその凶暴性を体現する。

 展開された腰部スラスターは剣闘士のスカートを連想させ、爪先にクローを、足刀部にブレードを配した脚部はそれ自体が一本のハルバードのようだ。

 頭部には厳めしい角が二本威風堂々と屹立し、鋭い眼光きらめくツインアイ、一文字に結ばれた顎部は修験者のごとき威圧感を放っていた。


「敵の位置は?」

「さっきの射撃から推定して、現在地点から五時方向、およそ二キロ!」

「了解!」


 離脱から一転、今度は西郷が敵をあぶりだす番だ。

 先刻の攻撃から、敵機が狙撃機または重装機であると西郷は推定する。

 スロットリソース配分の観点から、あれほど高出力のビーム砲を装備する相手が強襲機や格闘機とは考えにくかった。


「敵が射撃に特化してるなら、一度射線に捕まると蜂の巣にされる。ダメージレースで大きな後れを取る」


 そうなったら逆転は困難だ。


「接近するなら今だ!」


 ゆえに、倒壊時に発生したがれきと砂埃に身を隠せる今が接近のチャンスだと西郷は判断した。

 彼は建物の隙間を縫うようにして迅速に予測地点を目指す。


 しかし、西郷が大通りに出た瞬間、予想外の方向から攻撃を受ける。

 彼らから見て九時の方向から、狙いすました一撃が飛んできたのだ。

 迫る荷電粒子、視界覆う紅。


「な――」


 回避は間に合わず、咄嗟に左腕で防ぐ。

 本体の耐久値と共に、左腕の部位耐久値が大きく削られる。

 欠損まではいたらずとも、装甲が焼かれ溶解し、人工筋肉越しにフレームが露出する。

 完全な不意打ちに西郷は面食らう。


「いつの間に位置取りを……?」


 敵の予測地点は正面遠方にあるはずだった。

 最初の攻撃が二キロ先からの狙撃だったことを考えると、たった今食らった攻撃はあまりに早く、そして近すぎた。


「レーダー、九時方向に敵性反応!」

「……なんにせよ、向こうから寄ってきたなら好都合だ」


 レーダーが捕捉した敵機めがけてグレッグが駆動する。

 地雷などの罠を警戒して、ブーストとワイヤーアンカーを活かした立体機動で距離を詰めていく。

 敵との速力の差は歴然で、瞬く間に射程圏内に捉える。


 しかし、西郷は再度の不意打ちを受ける。

 次の角を曲がればついに接触できるという、その瞬間である。


「また……!?」


 その攻撃はさっきとは真逆、たった今西郷が走ってきた方角から襲来した。

 ビームは肩部に被弾、空中で撃ち抜かれたため衝撃で姿勢を崩し、そのまま地面へ叩きつけられる。


「なにか変だぞ……」


 追撃を避けるためビルの隙間へ身を隠し、西郷は状況を整理する。

 敵の攻撃は不可解であった。

 あまりに早すぎる射点位置の移動。

 そしてなにより、目前に迫った敵機とはまったく別の方角からの狙撃。

 敵が複数存在するとしか思えない挙動であった。


「ドローンを、使ってるとか……?」


 首を傾げながら遥音がひかえめに意見する。


「俺もそう思った、けどローコスト帯であんな火力出せるのか……?」


 対戦開始から今まで受けた計四発のビーム攻撃は、どれも同じ出力を有していた。


「私が知る限り、まず無理だと思う……」


 ローコスト帯のドローンに積める火器はたかが知れている。

 ビルを二発で破壊するほどの高出力荷電粒子砲をドローンが撃てる道理はなかった。


「チート、はありえないしな」


 インターステラに限らずこの時代のゲームは万全なチート対策が施されているため、敵が不正を行っているとは考えにくい。


「なにかタネがあるはずなんだ」


 これはゲームだ。

 手品はあっても、魔法は存在しない。


「あの……」


口元に手を置き、思案しながら遥音が提案する。


「アットくん、さっきの敵影をもう一度追えないかな……?」


 西郷には、彼女がなにかを掴みかけているように見えた。


「なにか分かった?」

「確かなことはまだ……でも、あの敵影に鍵がある……そんな気がするんだ」

「わかった、やってみよう」


 幸い先刻の敵影はまだレーダー圏内にいた。

 囮のつもりなのか、西郷らと一定距離を保ったままそれ以上離れようとしない。


「罠なら食い破るまで……っと、その前に」


 ある予感がした西郷は、通りに出る前にサブマシンガンの予備弾倉をグレッグに握らせる。

 そしてそれを目の前の道路へ放り投げる。

 暗がりを抜けて表通りへ出たその瞬間、間髪入れずにビームがほとばしり、弾倉は蒸発させられる。


 敵は西郷が飛び出す瞬間を狙い撃つ算段だったようだ。


「だと思ったよ!」


 ビームが通過した直後、西郷はグレッグを疾走させる。


「敵の主武装はビームスナイパーライフルと断定!」


 威力・射程・弾速に優れる分、速射性で劣る武器だ。

 そのため、次弾発射までわずかばかりの猶予が生まれる。


「クールタイム計測して!」

「はい!」


 遥音に指示を出しながら縦横無尽に廃墟群を飛び回る。

 目標敵機との距離はみるみる縮まっていく。


 だが敵も黙ってはいない。

 グレッグの着地やアンカー射出の瞬間など、絶妙なタイミングで狙い撃ってくる。

 それも当たり前のように一射ごとに射点を変え、多方向から追い込んでくる。


 だが西郷も無策ではない。

 進行方向の廃墟に向けて、サブマシンガンとその下部に接続されたグレネードランチャーを発射する。


 弱点扱いの基部や支柱を集中攻撃することで意図的に倒壊ギミックを引き起こす。

 それによって発生した落下建材や砂煙を目くらましに利用しているのだ。

 巻き込まれたらひとたまりもないが、グレッグの運動性能ならば苦もなく乗り切れる。


「いい機体だ――!」

「クールタイム、最短で二秒……!」

「ナイス!」

「それと、各狙撃の射点位置も記録したよ……!」

「グッジョブ!」


 遥音も自分なりに、勝つための最善を尽くしていた。

 自分一人では無理でも、二人ならば補い合える。


 隣に誰かがいてくれる。


 その心強さを西郷は実感していた。

 そしてようやく目標敵機に追いつく。


「捉えた――!」


 地走する敵機に対して、西郷は廃墟を伝って真上から躍りかかる。

 右腕部クローを敵機頭上から叩きつける。

 高硬度クローの一撃で敵機の装甲がしたたかに抉られる。

 さらに西郷は立て続けに刺突攻撃を敢行、敵を串刺しにする。

 敵機の耐久はその二連撃で尽きたらしく、完全に動きを停止した。


 クローに貫かれたその正体は――。


「やっぱり、ドローンか」


 西郷が追っていた敵影の正体は、トラバースよりも小型の遠隔自走兵器だった。


「なんか、トラバースの装甲に足が生えてるみたいなデザインだな」


 それはトラバースの装甲を一部はぎ取ったような外観をしており、そこから四本の脚が生え、先端にローラーがついている。

 上部にはカメラが設置されているあたり、索敵用のドローンにも見える。

 クローに突き刺したまま、二人はドローンの残骸を観察する。


「ドローン、装甲…………あっ」


 遥音が両手で口を覆う。

 かと思いきや、今度は興奮した様子で小さくガッツポーズをとり始める。


「すごい、すごい! こんな使い方があるなんて!」

「お、おおどうした、なにか分かった?」

「はい!」


 そして遥音は解き明かす。


 不可解な狙撃を可能とする敵の手品、そのタネを。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る