第十三話 ロールアウト



「――とんでもない機体ができてしまった」


 蹂躙惨禍の限りが尽くされたトレーニングエリアを見下ろし、西郷はうめく。


 公式大会前日、トレーニングエリア。


 遥音が設計した試作トラバースがロールアウトした。

 ゲーム内外を問わず二人で頭を突き合わせて調整を重ね、ついにここまでたどり着いたのだ。


 設計構築のノウハウに富んだ遥音と、全般的な知識と経験を積んできた西郷。

 二人が互いを補い合って組み上げたこの機体の完成度は極めて高い。


 ……最後には自爆するという重大な欠陥に目をつむる限りは、だが。


 西郷が相変わらずパラシュートに揺られている姿を見れば、この機体がその欠点を克服していないのは明らかだ。

 高性能でも、自爆するという欠陥機。


 だが、それでいい。


 それがこの機体のなのだ。


「こんな仕様を見出したのは、きっと世界でもハルさんだけだろう」


 非効率で非合理的、歪で過剰な設計コンセプト。

 条理・定石に忠実であるかぎり決して見出すことのできない盲点に、遥音はただ一人いたったのだ。


「最終稼働試験完了。これでロールアウト、だね」

「ありがとう、調整お疲れ様」

「この子なら、勝てるよ」


 そう断言する遥音。

 彼女の言葉からは強い確信を感じさせる。

 それだけこのトラバースに自信があるのだろう。


 遥音は務めを十全に果たした。


 あとは、西郷が戦うだけだ。


「そういえばさ、名前なんていうのこの機体」


 トラバースには機体名をつけられる。

 彼らの機体にはまだ名前らしい名前が存在しなかった。


「グレッグ――ブルーズ・グレッグが、この子の名前」


 西郷と遥音。

 アットとハル。

 二人を繋いだ映画への想いが、その機体には込められていた。


「ブルーズ・グレッグ……いいね、最高の名前だ」


 挫折からの再起を決意した西郷が駆るのに、これほど相応しい名前はなかった。



 インターステラ第一回公式世界大会。


 サービス開始二周年を記念して開催されたこの大会には複数のスポンサー企業が協賛出資しており、優勝者には多額の賞金が贈られ、さらにネットで全世界に生中継される。


 本選出場選手には、日本サーバー最強と名高い「雷帝」を始めとし、世界各国からアマチュア猛者やプロゲーマーなど一騎当千の強豪が揃う。


 それはまさにインターステラ世界最強、初代王者を決定するに相応しい舞台であり、インステユーザーは誰もが固唾をのんで中継映像を見守る。

 一秒、いや一フレームだって見落とせない。それだけの価値がそこにはある。


 そんなインターステラに新たな歴史を刻む一大イベントに背を向け、西郷と遥音は自らの戦場へ赴く。


 二人が出場するのは、毎週開催されている定期大会だ。


 こんなもの、世界大会に比べれば路傍の鉄くずに等しいかもしれない。

 はたから見ると、彼らの戦いは矮小で滑稽かもしれない。


 だが、それでもいいのだ。


 再起を決意して踏み出した、小さな一歩。

 夢の続きを求めるその一歩には、必ず価値がある。


 西郷隆則と水紀遥音、二人にとってこの戦いは世界大会よりなお重い。


 定期大会が開催される惑星ベルのアリーナエリア、そここそが彼らの世界の中心だった。


 定期大会には三つのレギュレーションが存在する。

 すなわち、ハイコスト、ミドルコスト、ローコストである。


 インターステラの機体にはコストごとにパーツスロットの上限が定められている。

 パーツスロットの容量が大きいほどより多くのパーツを組めるため、必然ハイコスト帯のトラバースは下のコスト帯に比べて高い性能を誇る。


 なぜこのようなレギュレーションが設定されているかというと、それは運営曰く「より多彩で豊かなゲームシーンを成立させるため」とのことらしい。


 環境が洗練され研究が進むほどハイエンドな機体ばかりがもてはやされ、それ以外は見向きもされなくなってしまう。

 それでは将来インターステラの設計構築は閉塞的かつ硬直化の一途を辿るばかりだ。

やがて初心者や中級者が離れていき、一部の上級者以外楽しめないゲームと化してしまう。


 そこでパーツスロット上限と三つのコスト帯を設定することでユーザーの住み分けを図り、特色豊かなトラバースの設計と、幅広い対戦環境を実現させたのだ。


 二人が戦うのは、ローコスト帯。

 使用できるパーツが限られている分構築には厳密な取捨選択が要求され、そのうえ搭乗者の技量が大きく反映されるレギュレーションだ。


 渋くストイックな戦闘を味わえるため、プレイヤーからは「いぶし銀のローコスト」と呼ばれている。

 ちなみにミドルコスト帯は王道、ハイコスト帯は人外魔境とあだ名されている。


 アリーナに併設された格納庫内部、機体コックピットで二人は対戦開始の時を待つ。


 ブルーズ・グレッグのコックピットは複座式となっている。

 これは「自分も一緒に戦いたい」という遥音の要望によるものだった。


 彼女は戦闘に関しては悲惨だが、設計民のノウハウを活かして敵の機体構築を分析し、その特性や弱点を見出すことはできる。

 ゆえに戦闘全般を西郷が、敵機の性能考察を遥音が請け負うという形で役割分担がされている。


 待機時間中、西郷は繰り返しローコスト帯のテンプレ構築や定石を復習し、遥音はグレッグの設計レシピを眺めている。


 西郷に緊張がないといえば嘘になる。

 だが、彼の心境は穏やかだった。

 それはきっと、自分の隣で戦ってくれる相方がいてくれるからなのだろう。


 自分の認識以上に、西郷は遥音という少女に精神的に支えられているのだった。


「……一つ、聞いていい?」


 ふと、西郷は遥音に尋ねる。

 レシピから目を離した遥音が、桜色の髪を揺らして彼を見る。


「俺とハルさんが出会った時って、なにかあったっけ?」


 西郷はそこがずっと気になっていた。

 ハルこと水紀遥音がこれだけ自分に恩義を感じ、健気に支えてくれる……その理由を。

 なんど思い返しても、西郷は自分が何か特別なことをしたとは思えなかった。


「ハルさんの設計レシピにコメントしたのが、最初だったよね?」


 インターステラでは自分が考案した設計構築をレシピとして公開することができる。

 公開レシピに評価がついたり、その構築を自分の機体に反映するユーザーが現れると元の作成者はいくつかの恩恵を得られるという仕組みだ。


「うん、そうだよ」

「それから仲良くなったけど、俺大したことしてなかったような……?」

「あの時、書いてくれたコメント……覚えてる?」

「あーっと、たしか『意欲に富んだいい設計』とか、なんとか」

「うん……私はね、あなたのその一言で……救われたんだ」


 遥音は自分の膝を抱えて、そう呟く。

 思い出を慈しむように、優しく。


 それから遥音は滔々とうとうと語りだす。


 彼女のささやかな物語を。



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