第十話 スクラップ・スタンディング


「コア稼働率、七十到達!」


 西郷が駆る試作トラバースがトレーニングエリアを飛び回る。

 建物や坂、崖などを模した地形オブジェクトを飛び越え、駆けていく。


「稼働率七十五――七十六――七十七――」


 随所に設置された訓練用の標的に突撃銃を連射し、ビームエッジを叩きこむ。

 破壊したら次の的へ移動し、再び攻撃する。

 トラバースが駆動するほど、エネルギー供給を行うコアドライブの稼働率が上昇していく。


「七十八――七十九――!」

「三度目の正直、頼むぞ……!」

「八十、臨界点ボーダー到達!」


 稼働率が八十パーセントに到達すると同時、トラバースに異変が生じる。

 機体各所のラジエーター及び排熱機構が作動、膨大な量の熱風と蒸気を放出する。


 しかしそれでは足りない。


 コアドライブ周辺部位が赤く変色していく。

 内側から迫る熱量と圧力に機体が屈する。


「あ、まず――」


 巻き起こる爆炎。

 圧力限界を超え、赤光を発しながら弾け飛ぶトラバース。

 コアドライブの暴走により発生した余剰エネルギーがあふれだし、爆散したのだ。


「アットさーん!」

 脱出装置により上空へ射出されパラシュートで揺れる西郷の耳に、モニタールームの遥音から明るい声が届く。


「何秒だったー?」

「臨界点到達から三・四八秒もちました! 新記録です!」

「そっかー」

「次は五秒目指しましょう! 順調ですよ、順調!」

「そだねー」


 機体完成までに自分はあと何回自爆するのだろうかと、西郷は心で苦笑した。




 オフ会の翌日、二人は公式大会に向けて新型トラバースの試験運用に取り組んでいた。


 一面がほの白く発光する現実感に乏しいトレーニングエリア、そのわきに併設された格納庫に遥音設計の試作機が佇んでいる。

 遥音は直前の検証データを元に機体構築の調整を行っており、時折彼女の口から思考がこぼれる。


「――ラジエーターを増設……ダメ――なら今度はコンデンサーを――」


 実験、分析、修正、そしてまた実験……という具合に、あるかも定かでない正解を求めて彼女は試行錯誤を繰り返す。

 今回の機体はインターステラ史上異例のコンセプトで設計されているため、その構築と調整は容易ではなかった。


 トラバースの機体性能を決定するビルドシステムは一見シンプルに見えて、その実態は複雑だ。


 まずトラバースは大きく四つのファクターで構成されている。

 すなわちコアドライブ、メインフレーム、内装、外装である。


 コアドライブ――機体の出力や根本的な性能を決定する部位である。

 コアドライブの性能次第で装備できる武装の種類が決定されるため、機体を構成するうえでもっとも重要なファクターといえる。

 設定上機体を動かすエネルギー供給源でもあるため、これを破壊されると機能停止・戦闘不能になる。


 メインフレーム――機体を支える骨格部位。

 ゲーム的には機体耐久値や運動性能、重量限界を決定する役割を担う。


 内装――機体に内蔵される各種装置を指す。

 コンデンサーやラジエーター、火器管制システムFCS電子対抗手段ECMなど、機体運用において必要不可欠なものが多い。


 外装――装甲・推進装置・各種武装などを一括りにして「外装」と呼称する。

 これの取捨選択が機体特性や戦術方針を左右する。


 個々のパーツはなにがしかの機能(スキル)を有しており、作り手次第で性能は千差万別だ。

 さらには特定のパーツ同士には相性が存在し、シナジーにより相乗効果を発揮するものもあれば、その逆のアナジーが発生することもある。

 

 加えて、公式でアナウンスされていないパーツや、隠し機能・隠しシナジーまで存在する始末。


 このように複雑化したシステムが一部のプレイヤーの探求心をくすぐり、結果「ビルドシステムの研究と解明」それ自体が一個のプレイスタイルとして定着した。


 機体の設計方針を定め、膨大な種類のパーツの中から最適なものを選別し、それらをもっとも効果的に組み合わせ、トラバースを完成させる民種――。

 それがハルたち、設計民だ。


 難問を前に集中しきっている遥音を、西郷は傍で見守る。

 彼の設計構築の腕は専門家である遥音には及ばないため、横から口を出したりはしない。

 西郷の役目は、彼女を信じて機体に乗り、データを提供することだ。


「それと、自爆すること」


 西郷は苦笑気味にこぼす。

 普段おとなしい気質の遥音が、まさか自爆機体を寄こすとは思いもよらなかったのだ。


 先刻彼女が語ってみせた機体コンセプトは西郷から見ても「イカれてる」代物で、「ぜひ乗ってください!」と屈託なく笑う彼女に西郷は戦慄を覚えたほどだ。


「アットさん」

「お、組めた?」

「いえ、その前に確認したいことがあって……万能機でいいんですか?」

「まあ、一番使ってるしね」


 インターステラでは戦法に合わせてパーツや武装を組み合わせることで、十人十色の機体運用が可能だ。


 長距離狙撃に特化した、狙撃機。

 一撃離脱戦法に長けた、強襲機。

 重武装が放つ圧倒的火力と弾幕で敵を制圧する、重装機。

 索敵能力や味方の補助に優れる支援機。


 遥音が言った万能機とは汎用性・応用力に優れ、接近戦から射撃戦まで広く対応できるタイプだ。

万能機はその扱いやすさゆえに初心者~上級者まで幅広く採用されており、いわばインターステラの鉄板にあたる。


格納庫の試作機を見上げながら、遥音は西郷に提案する。


「格闘機、とかどうでしょう?」

「格闘機かぁ……」


 格闘機。

 名前通り近接戦闘に特化したタイプで、運動性能に優れる。

 人によって武装や戦法は様々だが、懐に入ってから発揮する爆発力は頭一つ抜けており、猛者が駆る格闘機は鬼人のそれだ。


「でもさ、格闘機は今の環境だと厳しくない?」


 西郷の言う通り、格闘機は逆風の状態にある。


 まず大前提として、格闘機が本領を発揮できるのは拳や剣が届く超近接距離のみであり、接近するまでに敵の弾幕をかいくぐる必要があるのだ。

 格闘能力に多くのリソースを費やしている以上射撃武装に乏しく、中~遠距離では劣勢を強いられる。


当然敵は全力で迎撃・回避に専念してくるため、指一本触れないまま撃墜されることも珍しくない。


対応レンジの狭さ、アップデートによる射撃武装の種類追加・性能向上。

そしてなにより運用難易度の高さゆえに格闘機は敬遠されるタイプであった。


「格闘機の難しさは理解してるつもりです……でも、アットさんには向いてると思うんです」

「俺に使いこなせるかな?」

「自信持ってください、だってアットさん近接戦上手ですもん」

「そうかな……」

「そうですよ! 近距離における駆け引きや、土壇場の集中力にこそ、アットさんの強みがあると思うんです!」


 私、ずっと後ろで見てたから分かるんです。

 遥音はそう言って西郷を後押しする。


(相方が自分を信頼してくれている)

(なら自分も一つ、腹を割って話すべきかもしれない)


 西郷はそう判断した。


「……ハルさんなら、話していいかな」


 あんまりいい思い出じゃないんだけどさ。

 そうこぼしながら、西郷は語り始めた。


 それは、今よりずっと幼い西郷隆則の話。




 ――問題は、生まれた息子を誰がどこで育てるかだった。


 十六年前、西郷家の長男として彼は誕生した。

 妊娠から出産まで特に異常もなく、無事に事は進んでいた。


 しかし、問題はそのあとにあった。


 両親である西郷夫妻はともに海外を中心に活動していたのだ。

 父親は国連の関係機関に務め、母親は紛争地帯で慈善活動を行うNPO法人に属している。


 当時の国際社会は混乱の中にあり、解決しなければならない課題が山積みだった。

 自らの仕事の重要性をよく理解してるゆえに、両者とも「日本でゆっくり育児休暇をとる」というわけにもいかなかったのだ。


 そして夫婦話し合いのもと、母親の方が活動現地付近の安全な地域で育てることに決まった。


 しかし、それに異議を唱える者がいた。

 隆則の祖父が、夫婦の結論を認めなかったのだ。


 祖父は高潔かつ厳格な人物だった。

 だがそれ以上に壮烈であった。

 彼は二人を正座させて、こう説教したという。


 ――我が子の誕生と育みという人生の一大事に、なにを呆けているか!

 ――親になったからには、他の誰を見捨てでも子供をとれ! 赤の他人と迷うな!

 ――紛争地帯のすぐそばで赤ん坊を育てるなど言語道断! 子供を殺す気か!


 激昂した祖父は夫婦の釈明も謝罪も許さず、「子を持つ資格なし!」として隆則を抱え、自分が育てると宣言したという。


 こうして彼は祖父のもとで育てられることになった。

 祖父は孫を優しく、そして正しく導いた。

 孫も祖父を愛し、誰よりもなついていた。


 しかし、ある時転機が訪れる。


 隆則が五歳になった年より、空手・柔道の稽古が始まったのだ。

 祖父の実家には敷地内に道場が建っており、そこが稽古場として使われていた。


 だが、その稽古はあまりに苛烈だった。

 幼い隆則が泣きだそうが逃げ出そうが祖父は鍛錬を止めず、無理やりにでも隆則に拳を握らせた。


 隆則にとってそれまでの祖父とは厳しくても好々爺そのものだった。

 だがひとたび空手の修練を開始すると人が変わったように恐ろしかった。


 ――痛いか隆則。辛いか、恐いか。

 ――人は痛みを知らなければならない、傷つかなければならない。

 ――でなければ、人は……――。


 毎回、隆則が泣くたびに祖父は、同じ言葉を言っていた。

 しわがれ、けれど張りのある、悲しそうな声で。


 そして、西郷隆則が生涯忘れられないであろう、その日がくる。


 ――隆則、私はお前を傷つけてきた。

 ――深く、多くの傷をお前に刻んできた。

 ――だから、報いを受けなければならない。


 どこから持ってきたのか、短刀を懐から取り出す祖父。

 鞘から抜かれた刀身が放つ、鈍い輝き。


 ――忘れてはならないぞ。

 ――お前は……――。


 やがて祖父は短刀を突き立てる。自らの身体に。

 道場の床に滴り落ちる鮮血。

 苦悶の表情を浮かべる、祖父の顔。


 その光景を彼は為すすべなく、立ち尽くして眺めていた。


 


「――そんなことがあってね。少しばかり武道の経験はあるんだけど、同時にそれがトラウマになってたり……」


 少年時代の西郷が受けた爪痕は、いまだに癒えていない。


 彼自身は自覚していないが、祖父との過去が原因で「真剣勝負」というものを恐れている節があった。

 相手を叩きのめす行為に対する罪悪感と、自分が傷つく恐怖に身がすくんでしまい、戦闘に没入しきれない。


 あらゆる機体に乗ってきた彼が唯一格闘機だけは触れなかったのも、それがかつての稽古を想起させるからだった。


「……ごめんなさい、私事情も知らず」


 西郷の過去を聞いた遥音が、口をおさえて声をもらす。


「ううん、ハルさんは正しいよ。強みや経験は活かすべきだ」

「でも西郷くんに、そんな辛いことがあったなんて……それで、お祖父さんは?」

「そのあと、頑張って救急車呼んで」

「はい」

「駆け付けた救急隊員が応急処置して」


 緊張した様子で、二回素早くうなずく遥音。

 まるで今まさに起こっているかのように、彼女は真剣だ。


「なんとか一命はとりとめたよ。今でも存命だし」

「よかったです、本当に……」

「ただ、それ以来会ってないんだけどね」


 その一件以来、両親は自分の子供に祖父を近寄らせず、そのまま約十年の時が過ぎていた。


「どうしてお祖父さんは、そんなことをしたんでしょう?」

「きっと、なにかを伝えたかったんだと思う。お祖父さんは筋の通った方だったから……」


 しかし当時の西郷は幼く、祖父の命がけの教えを受け止めきれなかった。

 短刀を自分に刺す祖父の姿はあまりに強烈で、少年の記憶の多くを塗りつぶしてしまったのだ。

 だが成長した彼は、過去から背を背けてばかりもいられないと理解していた。


「格闘機……挑戦してみるか」

「あの、もしほんとに辛かったら万能機のままでも……」

「いいんだ、万能機にも限界感じてたし」


 万能機は全体的なバランスに優れる反面、どれをとっても凡庸という短所がある。

 構築の完成度やプレイヤーの技術次第では化けるが、器用貧乏になりがちなのは否めない。


「それに……俺も勇気出さなきゃ」


 気弱で臆病な遥音がオフ会を提案し、西郷をバディに誘うのには相当な勇気が必要だったはずだ。

 相方が自分の殻を破ろうと挑戦しているのに、自分だけ現状維持に甘んじるのは筋が通らないと、西郷は考える。


 かつての祖父の面影を思い浮かべながら、西郷は過去へ想いを馳せる。



「いつか、ちゃんと向き合いたいな」




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