第9話  Sour Diesel

 山の家へ戻り、二人はワッカに洗濯してもらった自分の服に着替えて、貰った木片はザックの中へしまった。ユタは約束どおり例の場所へ案内すると言う。その前に朝食を食って行けと平屋へ呼ばれた。

 家の中ではきのう巴がカワイイと言っていた子が朝食を用意してくれている。巴は真っ先に挨拶をして朝食の礼を言うと、その子は「ユズです」と、自分の名を告げた。そして明日には山を降りてしまうから、今晩一緒に食事をしましょうと言ってきた。願ってもない誘いに巴は二つ返事で、「ОKです! 」と答え、卍は微妙な笑みを浮かべて上目遣いに頷いた。


 朝食を済ませると、巴はユズとの食事の約束をしっかり再確認して、ユズに手を振りながらユタの軽トラの荷台へ飛び乗った。卍も後に続き、荷台で J Tジョイント のケムリを立ち昇らせる。二人がサバイバルナイフを足に装着すると、ユタはカーステで Rod Stewart を大音量で流し軽トラを発進させる。


 山道を滑走して揺れる軽トラの荷台で、卍と巴は I`m Sexy をユタと一緒に連呼した。


 遂にあの巨大な B Dバッズ を実らせる G J ガンジャが生える場所へ向かえる事に、二人のテンションは跳ね上がる。なんちゅう選曲だと思いながら音に合わせて歌い、J Tジョイント のケムリを大量に吹かす。色付く山の景色が音とグルーヴしながら真紅に染まった眼に映り込むと、また二人とも止めど無くデジャヴを見ているようで、紅い眼を細めて失笑する。


 「さっきの子、今夜あんたと寝る気ね、賭けてもいいわ! 」


 唐突に卍は巴に言う。


 「そう、何か良からぬ作為を感じるか? それとも単なる女の勘か? まぁ俺もそう思うけどね、ハハハッ。で、お前はどうする? 」

 「私はマナに聞きたい事もあるし、ワッカと平屋で話でもしてるわ、勝手にして……」

 「そう、じゃー俺はユズちゃんとしっぽりさせてもらうぜ! 言っとくが、変な邪魔すんなよ! 」

 「うっさいわ! 邪魔なんかするか色キチガイ! 」  


 薄暗く細い山の林道へ軽トラが入って行くと、突然前方に人影が現れ、ユタが軽トラを止めた。

 人影は車の方へ真っ直ぐに歩いて来る。

 卍と巴は荷台で立ち上がり、何でこんな立入禁止区域の山中に人が一人で歩いているのかと思う。その人影は蓑笠みのかさを被り、全身蓑で覆われた、マジで蓑虫のような男……。そして背中に背負った鈍く黒色に光るライフルが見える。


 ユタは窓から顔を出して蓑笠の男と話をした。


 「オゥ! シロ見付けたか? 」

 「△~*+$$#&:+……! 」

 「△△△~*#$……++;**%$! 」

 「△&△::……**%###*;$! 」

 「△%++~##$‘‘@@:*::***:&…… ?E ?E ?E !」 


 蓑笠の男とユタの会話は荷台にいる卍と巴にもハッキリと聞こえていたが、初めに声をかけたユタの言葉以外、何を言っているのか全く分らない。

 男は一瞬蓑笠から大きな黒目を覗かせて卍と巴を見据えた。

 大きく吸い込まれるような男の黒目は、一瞬で卍と巴に強い印象を与える。すると背丈を超えるヤブを軽く手で掻き分け、そのまま道など無い急な山の斜面を躊躇ちゅうちょなく登って行く。全身蓑虫の迷彩効果であっという間に、一瞬にして山と同化し姿を消した。

 ユタは何事もなかったように軽トラを発進させたが、卍と巴は蓑笠男のプレデターのような想定外の動きと迷彩効果にマジでブッ飛ばされていて、荷台から軽トラを運転するユタに巴が聞く。


 「シロ見付けたかって、何のことですか? 」

 「シロってーのは白いシカ、白鹿のことだよ! 」


 巴は息を飲む、そして胸騒ぎを抑えてユタに言う。


 「白いシカ、俺見ましたよ」

 「いつ? どこで? 」

 「3日前、山を下った川の林道で」

 「そうか、やっぱりな、川の方に居たのか……」

 「何なんすかあのシカ? マジでいるんすか? 顔が人間の女の顔にハッキリ見えたし、あれ以来幻覚みたく何度も現れるし、頭の中にチラ付いちゃってしょうがないんですけど……! 」 

 「あぁ、あれはそうゆうモノさ……!」

 「そうゆうモノ……? 」

 「そう、化物だよ! 」


 ユタは高笑いをすると、軽トラは道なきヤブへ入って行く。背丈をゆうに越す草むらをなぎ倒して前進したが、もうこれ以上は限界という所で軽トラを止めた。


 車から降りると二人を連れて、歩きでさらにヤブの先へと草を掻き分け進んで行く。すると急に視界が開け、なだらかな山間の斜面に突き当たる。


 ユタは足を止めて山の斜面を指差した。


 二人は見るまでもなくとうに気付いている。それは軽トラの荷台から降りた時点から、鼻を突く 踊るシヴァ神 な香りに包まれていたから。


 ユタが指差すなだらかな山の斜面には、見渡す限り隙間なく、途方も無い数の巨大な G J ガンジャが生い茂っている。


 山間を吹き抜ける澄んで乾いた風に波のように G J ガンジャが一斉にうねって揺れた。日の光に照らされた濃い緑で成熟した巨大な B D バッズが、鮮やかな緑の宝石のようにキラキラと輝く。


 この世のものとは思えない、想像を遥かに超えた光景に、卍と巴は眼を見張り、圧倒されて息を飲む。


 「人生でこれほど衝撃的なインパクトのある光景を、これから先目の当たりする事などあるだろうか? まさかリンボではあるまいなー、ヘェッヘッヘッヘッ、ホッホッホッホッ、ハァッハァハァハァッー……」


 山間を埋め尽くす G J ガンジャにヤラレて巴がおかしくなると、卍は満面の笑みを浮かべていきなり巴の頬っぺたを指でつねった。


 「痛い? 」


 抓られた顔を引きつらせて笑いながら、巴も卍の頬っぺたを抓り返す。


 「ちゃんと、いらいな……、いらい! 」


 笑いながら小突き合って二人は奇声を上げる。ユタはじゃれ合う二人を尻目に、「好きなだけ取れよ、車で待ってる」と、草を掻き分け軽トラへ戻って行く。


 草むらの中を戻って行くユタの後ろ姿に二人は礼を言うと、山間の斜面に生い茂る噎せ返らんばかりの G J ガンジャジャングルへ降りて行った。


 丸々と太った B D バッズたわわに実らせた G J ガンジャは、ゆうに二人の背丈を超えて、大きいモノは3メートルを超えている。


 この巨大な G J ガンジャがいったいこの山に何万本、いや何千万本生えているのか見当も付かない。

 何よりも感心されたのが、♂株が全て根元から切られていて、ちゃんと手入れがされている事だった。

 それでもトウモロコシのように巨大で成熟した B D バッズを良く見ると、黒々と僅かに身籠る大きな種がたまに有る。これは G I D 性同一性障害の卍も驚きの、G J ガンジャが自然界でとにかく種子(子孫)を残すために性転換し、♀株が♂化して作った♀花、花粉嚢かふんのうで自ら受粉している。


 これが原種のフェミナイズド女性化の種ならば、種子の染色体は(XX)の染色体を持ち、全て♀の種となる。まさに神秘の超自然体でレインボーな覚醒!  


 だがそれも数える程しかなく、これだけ途方も無い量が全て♀なだけでも神の成せる技。アウトドアにおいて十分過ぎるほどに S M シンセミアとしてのハイクオリティーを誇っていた。


 世界各地で入手したオリジナルで選りすぐりの種を、ユタはネフィリムの親たちから譲り受けていて、それもここに生えていると言っていた。

 それは当然ここに生えている G J ガンジャが単純な F 1雑種一代とは違い、優秀なハイブリッドで有る事を秘める。また、世界に知られていないローカルなインディカやサティバのオリジナルも潜み、放射能とケミカルが撒き散らされる立入禁止区域の土壌を浄化し、現実に有毒物質を除去している。


 ここへ来てからの体調の変化には二人も気付いていた。特に巴は△印のカプセルに頼らなくても、アレルギー反応が抑えられている。卍がガイガーカウンターで汚染を調べても、放射性物質は全く検知されない。

 あとは宇宙の曼荼羅から降り注がれる真理と、過去に何度か降り注いだであろう放射能の雨が、どうこの G J ガンジャたちに変化を及ぼしたか。

 それはいずれ解るとして、この途方も無い量の G J ガンジャを金に換算すれば、自ずと途轍とてつもない金額になることは容易に理解でき、卍と巴はアドレナリンが噴出す。

 だが二人はバイクで来ている限り持って帰れる量は限られていて、どう頑張ってもこの巨大な B Dバッズ を実らせた G J ガンジャを持って帰るには、一人5・6本が限度だった。


 深い緑に光り輝く黄金の山に生える G J ガンジャの、耳掻き一杯分も持って帰れないのはかなり切ない。どうせ持って帰れる量は僅かなので、せめて選りすぐりのハイグレードな品質を求め、G J ガンジャ で埋め尽くされたジャングルを二人は奥へと分け行くが……。結局量が多すぎる為、全てを吟味する事など出来る訳もなく、二人は完全に熟し切った B D バッズを撓わに実らせた近場の G J ガンジャに目星を付ける。そして光り輝く S M シンセミア の根元にナイフを振り下ろし、七夕の笹を担ぐように一つの場所へ集めていった。


 太陽が頭上へ登り、卍と巴の額からは大粒の汗が滴り落ちる。持って帰れる分の G J ガンジャを刈り終えると、噎せ返る H H ハシシの香りが充満して、緑の覚醒が黄金に光り輝く G J ガンジャの山を眺める。ゆっくりと二人は J T ジョイントのケムリを立ち昇らせては、暫く幻のような G J ガンジャジャングルに名残を惜しむように、眼下に無限に広がる緑の曼荼羅を、紅く染まった眼に焼き付ける。



 荷台で昼寝をしていたユタが、 G Jガンジャ を担いで戻って来た二人に気付いて起き上がる。


 「そんなもんでいいのか……? 」


 そんなもんでと言われても、2メートルを超える G J ガンジャを15本も軽トラの荷台に積み込めば、半分は外に飛び出した。それにもっと欲しいは欲しいけど、バイクで来ている限りこれ以上は無理だと二人は説明する。


 ユタは頷き、「分かった、コンテナへ行こう」と言って運転席へ乗り込む。 G J ガンジャがはみ出す荷台へ二人が飛び乗ると、軽トラはゆっくりと発進した。


 国道へ出ると、ダッシュボードに(パトロール)と書かれたプレートを置くミニバンとすれ違い、卍と巴は凍り付くが、それもユタの知り合いなのか? はみ出す程の G J ガンジャを満載させた軽トラを運転しながら満面の笑みで、パトロールカーの運転手に手を振って挨拶している。二人は冷や汗ものだったが無事にコンテナへ辿り着くと、ユタは大きな南京錠を外して卍に聞いた。


 「コレ全部干し終えるのにどれぐらい時間かかる? 」

 「早ければ2・3時間ぐらいですね」

 「ОK! じゃー俺はちょっとヤボ用が有るから行くけど、日暮れ前には迎えに来るから。あとコレおやつ……」


 荷台から G J ガンジャを降ろし終えた二人に、ユタは缶コーヒーとバナナを渡すと、軽トラに乗り込んで山を降りて行く。


 静寂の森の中で巴がナイフを使って G J ガンジャの枝を落として行くと、卍は J T ジョイントに火をつけケムリを吸い込み巴に回す。ユタから貰ったコーヒーを飲んでバナナを口に銜え、卍はコンテナの中へ入って新たに B D バッズを干すポジションを決める。


 工具やら何やらが散乱した薄暗いコンテナの奥に、何か隠されるように置かれたボストンバッグが有り、卍は好奇心からボストンバッグのファスナーを開けた。

 中を覗くと沢山のビデオテープと雑誌が入っていたので、卍はすぐに、「何だ、Hビデオか」と、小声で言ってファスナーを閉めようとした。しかし妙な違和感を感じて、バッグの中の雑誌を一冊手に取って見ると、口に銜えていたバナナを卍はコンテナの床に落とす。


 僅かに差し込む陽の光が、雑誌の表紙を飾るショッキングピンクのTバックを履いた色黒マッチョの角刈り男を、鮮やかに浮かび上がらせた。


 「マジか……」と、卍は声を漏らし。雑誌のページを捲っていくと、「マジだ……」と、声を上げた。


 見るとバッグの中の雑誌は全てゲイ雑誌で、ビデオテープに書かれたタイトルもそのスジの代物だ。


 「えぇーーーっ……! 」


 卍は声を漏らすと、怖いもの見たさからバッグの奥を探って見る。するとバッグの底に何やらゴロっとした硬くて重い卵型の塊が幾つか有る。卍は眉をひそめて、怖々とその塊の一つを手で握り、バッグの中から取り出して見た。


 自分の眼を疑うように、卍は何度か瞬きをする。


 手に握っていた卵型の塊は、 R G D - 5 紛れも無いロシア製の手榴弾で、卍はコレのコピーを前にアジアのゲリラ戦で使った事がある。

 手に握られた R G D - 5 にはちゃんとロシア語が刻印されているので、どうやらコレはオリジナルらしい。

 しばらくその場で困惑したが、卍は手榴弾とゲイ雑誌を両手に持ってコンテナを出る。


 外で大きな巨木の切り株に座って、巨大な B D バッズを枝からハサミで切り落としていた巴が、真顔な顔した卍を見て言った。


 「なに中でさっきっからえーだあーだって! 独り言いってんだお前? 」


 無言で手に持つ手榴弾を、卍は巴に見せた。


 「なにコレ? 何? アブねーなオイ! 中にあったのか? 」


 いつになく神妙に卍が頷く。巴は B D バッズを切り取る手を止め、卍が手に持つ手榴弾を受け取る。


 「ヤベーなコレ、ロスケのオリジナルじゃん! オリジナルって、始めて見た……」


 手榴弾に見入る巴に、卍はもう一方の手に持つゲイ雑誌を、巴の顔に超ギリギリに近づけて差し出した。


 「何! なんだよコレ! えぇぇーー、どうゆうセットなんだよコレ……? 」


 手榴弾とゲイ雑誌を交互に、巴は何度も見返した。


 ユタに悪いと思ったが、卍と巴はコンテナの中に有るバッグの中身を確認した。するとゲイ雑誌やビデオが詰まったバッグの底に、手榴弾が全部で6発入っている。

 二人は真顔で顔を見合わせ、「この事は忘れよう、バックの中身は見なかったことにしよう」と、決めた。


 コンテナの外に出て J Tジョイント のケムリを立ち昇らせると、刈り取って来た G J ガンジャの形成を黙々と始める。


 静寂に包まれた山中での作業にひたすら無言で集中する二人は、驚異的な速さで B D バッズの形成を終わらせると、コンテナの中へ綺麗に B Dバッズ を干し終えて外に出た。

 巨木の切り株に腰を下ろし、青く透き通った透明な空へ、卍と巴の鼻と口から白い大量のケムリが舞い上がって行く。


 「そういえばさー、きのうの宴会の時! うちら先生と新宿の話散々してたじゃない。そん時ユタさんが新宿の二色ソバよく食ったって言ってきて、そん時はそーなんですかってスルーしちゃったんだけど。それって多分2丁目のソバ屋のことよね、二色ソバって、2丁目の仲通りの入口にある」

 「そーだ、二色ソバって言ってた! どん底やストーンズにも新宿の友達とよく行くって! それって彼氏か? 」


 「まぁ~、 I`m Sexy だし!」

 「 Bad Boys だし……」


 「でも2丁目は彼氏たちの出会いの場であるわけだから……」

 「ハッテン場かよ、ガチでゲイだな! Marvin Gaye だ! なんちって……」


 「分からないわよ、バイかもしんないし。でも初めから女に興味が無いのは解ってたけど」


 「そんな事よりあの パイナップル手榴弾は何だよ? 」

 「分からない、マナが二十の時役所を爆破したって言ってたけど……? 」

 「それって何年も前の話しだろ、どう見たってあのパイナップルは新しいぜ! 」


 「分からないわ、私たちにはまだ……」


 そう言って卍はケムリを吐き出すと、J T ジョイントを持った手で森を差した。


 「鳥……? 」


 巴が振り返ると、確かに卍が差した森の巨木の暗影に、紅い2つの目が二人を伺うように光って見える。巴はその大きさと巨木に同化したフォルムに一瞬たじろぐも、真紅に染まった眼を見開く。


 「ふくろうか? 」

 「ふくろうは夜行性よ、こんな明るいうちに出てきはしないわ! 」


 巨木の暗影に鮮やかに紅く光る目を、卍も紅く染まった眼で見詰める。


 「だけどもう夕方じゃん、それにどう見たってあれはふくろうだよ」


 「けどね、ミネルバのふくろうは夕暮れになってようやく飛び始めるって言うじゃない」


 「だからほら、まだ飛び立つ前の……」


 山の頂きから澄んで乾いた風が吹き抜ける。草葉に隠れていた虫たちが一斉に泣き始めた。空もいっきに夕日で紅く染まり、闇が迫り始めた森のしじまに紅く輝く目を見詰めていた二人の脳裏に、まるで紅い目を光らせたふくろうが話しかけてきたかのように、「卍、巴……」と、また父親の声が聞こえた。


 巨木の暗影に紅く輝く目に引き込まれると、確かに父親の声と、幾つかの鮮明なビジョンがハッキリと見える。そしてふくろうの影が霧のように消えていくと、卍と巴は紅く染まった互の眼を見合わせた。


 「父さんの声、聞こえなかった? 」

 「聞こえた。朝も聞こえたぜ、姿も見えたし、また会えるって父さんがハッキリ言ってた。マナの声もテレパシーみたく聞こえたけどな」

 「そう、私も同じ。ケムリの中の幻と、真実の先に……って」

 「ケムリと真実の先って、こりゃー E S P 超感覚的知覚の一種だぜ。ヤベーなこの G J ガンジャ! 」


 山を登ってくる軽トラのエンジン音が聞こえると、二人は目配せをして立ち上がり。コンテナに入って吸える程度に乾いた小振りの B D バッズをパケ詰めすると、すみに潜む黒いボストンバッグの事は忘れるように記憶から追い出した。そして迎えに来てくれたユタの軽トラの荷台へ飛び乗る。


 山の家に着く頃には、辺りはすっかり闇に包まれていた。

 平屋へ二人が入ると、今朝食事の約束をしたユズが髪を束ねた浴衣姿で、「お帰りなさい、お風呂が沸いてるわ」と、まるで新妻のように巴に言う。「ユズも一緒にどうですか? 」と、巴が気取って尋ねると、「もう先に済ませました」と、照れ笑いを浮かべる。


 艶っぽいユズの浴衣姿に色香を感じて完全にのぼせ上がった巴に、「見てらんないわ」と、卍は小声で呟く。上目使いに極太の J T ジョイントを巴に渡すと、「私はお呼びじゃないから、先にお風呂は入らせて頂きます」と言って、とっとと風呂へ入って行った。巴は鼻の下を伸ばした満面の変顔で、卍に親指を立てる。


 風呂を出た巴がユズの居る古民家へ入ると、甲斐甲斐しくユズが晩酌の用意をして待っていた。巴は居間にすでに布団が引いてある事に驚いて、更にのぼせ上がる。


 「ここは極東アジアの桃源郷か、シャンバラか……? 」


 巴は呟きながら美味しそうな料理が並び、炭火が赤く揺らぐ囲炉裏の前に笑みをもらして座った。


 ユズは顔を赤らめ、巴に持たせた湯呑に一升瓶から酒を注ぐ。巴は酒を一気にあおり、お返しにユズの湯呑に酒を注いだ。

 ユズも酒に口をつけ、鮮やかに赤く染まった巴の眼をのぞき込み、「何が悲しいの? 紅い眼をして、白ウサギじゃないんだから……」と、クスクス笑う。


 ユズが作った料理はどれも絶品で、特に炭火で炊かれたシンプルなキノコ汁の魔性の味覚には、すっかりとりこになってしまう。


 「私、飲み始めると止まらないから……」


 湯呑で酒を呷るユズを横目に、巴は卍姉さんに貰った極太 J Tジョイント に赤く揺らぐ炭火で火をつけた。

 ドライアイスでも食っちまったかのように鼻から大量のケムリを吹き出すと、ケムリの糸を引く極太 J Tジョイント をユズに回す。


 ユズは普通に J T ジョイントを受け取り、何の違和感もなくケムリを吸い込む。


  Dab Mix のカセットを巴がラジカセに入れて音を流し、ユズはケムリに噎せて咳き込む喉を湯呑の酒で潤した。

 真紅に染まり始めた瞳でケムリを吹き出し酒を呷るユズから、巴は J Tジョイント を受け取ると、「乙だね~ 」と、ふざけて言う。


 エフェクトとディレイの効いたドライなカッティングと、背後から波のように包み込む重低音に、火の灯ったロウソクみたく体が溶けていくように、粘り気のある液体と化して究極的に二人の隙間が埋められていく。敏感に冴え渡る意識の中で、互いに真紅に染まった眼を見詰め合う。ユズと巴は音に浮かんで波動が共鳴し合い、白いケムリに包まれて引き寄せられる。


 

 卍は平屋のマナの部屋に居た。薄明るいランプに照らされて、ワッカを従えたマナに紅く眼を染めた卍が言う。


 「あの時、蒸発した父親の姿がハッキリと見えました。父は私と巴の名を呼び、いつかまた、必ず会える。ケムリの中の幻と、真実の先にと、言っていました」


 「お前が見たものは光りじゃ。それはお前に洞察力を与える眼のこと。その眼が開いていれば光が見えるが、その眼が濁って閉じていれば、お前の身体は全身暗い。己の中の眼を開くのじゃ、父親はその時お前たちの前に現れるだろう。今はまだこの世にあって、この世におらん」


 「それって、父は何処にいるんでしょうか……? 」

 「それはワシには分からん、だが死んではおらん。声も聞こえ姿がハッキリと見えたのだから生きている事は確かだ。成すべき事を成し時が来れば、必ず会える。それにおぬしら姉弟はその名が現す通り、この世の全てに卍巴まんじどもえで入り乱れる定めじゃ。流れの中で闇黒に呑まれても、己を決して見失うでないぞ……」


 「闇黒……。そうですね、気お付けます……。それと、今巴があっちの家でしてる事も成すべき事ならば、私も自分の成すべき事をさせていただきます」


 

 部屋の灯りを巴が消すと、鮮やかな幻影のように赤く揺らめきながら広がる炭の火がおぼろに浮き上がり、G J ガンジャのケムリに霞んで二人を包み込んでいく。

 暖かく打ち寄せる紅く細かい泡の波に引き込まれるように、ユズは巴に身を委ねた。巴はユズに口移しでケムリを吸わせ、はだけた浴衣から波打つ白い肌が炭火に赤く浮かび上がり、巴はユズの浴衣を脱がせて自分の服を脱ぎ捨てる。


 「なぜ俺と寝る気になった」と、耳元で巴が小声で聞くと。ユズは、「運命よ……」と、小さく言って畳の上に仰向けになる。敏感に反り返る体を巴は優しく抱き寄せ愛撫する。ユズは声を漏らすと、G J ガンジャで弾けんばかりの巴のモノを口へと頬張る。


 恍惚に溶け合うように溢れ出す互の汗と粘液が絡み合うと、ユズは馬乗りになり自分の中に巴を招き入れる。そしてゆっくりと腰を動かし声を震わせる。

 海の上に浮かんだまま打ち寄せてゆく波のように、止めど無く続く快感と絶頂。そして脱力とけいれんを繰り返し、ユズは大きく声を漏らしては体位を変えて狂ったように激しく腰を振った。


 巴は耐え切れず絶頂を迎えそうになると。炭火に赤く浮かび上がるユズは、巴に渾身の力を込めて強くしがみつき、震える声を搾り出して巴の耳元で言う。


「いいの……。このまま、このままで……」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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