act.48 再び王城へ。リラ・シュヴァルベとの対峙

 濃い朝靄は次第に晴れてくる。ララ達一行は王城へと向かい、それを待ち構える出城に出会う。

 そう。出城とも言える動く城塞オラケルである。


 ヒナ子の背から降りたララが前に進み大声で話しかける。


「リラ・シュヴァルベ。今すぐオラケルから降りて来い。こちらには戦う意思はない」

「そのような世迷い言を信じる馬鹿者はいません。さあララ姫。ここで決着をつけましょう」

「今度闘えばどちらかが必ず死ぬぞ」

「もちろん理解しています。前回の決着が生ぬるかっただけでしょうからね」


 前回の敗戦が身に染みているのか、オラケルの全身には小規模ではあるが改装されていた。まず顔面には格子状の防護柵が装備されている。ララに直接“目”を叩かれた教訓であろう。また、全身には数十センチ程度の棘がくまなく装備されている。これもララの接近戦を封じる策であろうと思われる。


「待って、師匠」

「お待ちください。リラ師匠」


 グスタフとフィーレ姫がララの前に出て来た。二人とも機械兵士にんぎょうを降り生身である。フィーレ姫は浮遊魔術結界を使用していた。


「貴方たち、そこをお退きなさい。ビンイン様の邪魔をするなら貴方達でも排除します。命の保証は致しませんよ」

「師匠。師匠はそんな人ではなかったはずです」

「そうです。何があったのですか。なぜビンインの様な魔物にかしずいているのですか」

「ビンイン様に無礼な口を利くとは許しませんよ」

「あれは魔物の王だ。人とは敵対するしかない」

「ララ姫、貴方まで何を」

「そうだろう。人の王とは国民を守り育て慈しむものだ。所詮、吸血鬼とは人界から生命を簒奪するものでしかない。リラ・シュヴァルベ。貴様はその尖兵にすぎん」

「私が簒奪者だと、その尖兵だと」

「そうです、師匠。昔の師匠はどこへ行ったのですか? あの優しい、慈愛に満ちた師匠は死んでしまったのですか?」

「いや違う。私はビンイン様に全てを捧げたのです。あのお方こそこの世界に降臨されるべきお方。神になり替わり世界を支配されるに値する方です」

「師匠。ビンイン候補は神の摂理を捻じ曲げこの世に魔界を現出させようとしているだけだと聞いております」

「吸血鬼が増えてしまっては、この世界が成り立ちません。ビンインの狙いは、多次元にわたる膨大な世界の生命資源を独占する事なのです。あのような魔物が支配する世界では人はすべて家畜となるのです」

「人が家畜に……。そんな馬鹿な!」

「あの魔物とカンパニーの次元転移技術が一体化すればその可能性はある。目を覚ませ! リラ・シュヴァルベ!!」


 三人の説得にリラ・シュヴァルベは苦悩していた。最愛の弟子達が自分を責めているのだ。自分はビンイン・ジ・エンペラーに何を見たのか。それは……自らの魔力を超える巨大な頂を垣間見たからか……。確かに、その時は危機感を抱いたはずだ。それが何故、敬愛の念に変化しているのか。


「あああああ。私は、私はどうしてこうなっている。何故だ、何故なんだ」


 リラ・シュヴァルベの苦悶の声が響く。


「マユ姉さま。今です」

『わかったわ』


 その時、ララ達の眼前に眩い光球が出現した。その光球は次第に光度を落とし人の形になっていく。そこにはリラ・シュヴァルベがいた。ネーゼの霊力によりオラケルの操縦席よりテレポートで強制的に移動させられたのだ。


「師匠!」


 グスタフがリラ・シュヴァルベに抱きつくが、彼の全身は段々と黒く変色していく。それを見たフィーレ姫がグスタフに抱きつく。二人の全身が黒く変色していく様をリラは驚愕しながら眺めていた。リラ・シュヴァルベ自身の魔術結界、強力なエナジードレインのなせる業である。


「グスタフ、フィーレ姫、すぐに離れなさい。あなた達死ぬ気ですか?」

「師匠の為なら命は惜しくない。元に戻って!」

「私もです。グスタフの為なら命は惜しくないわ」


 全身が黒く変色し、もう体に力が入らないであろうグスタフは必死にしがみついている。ララは地面に置いていた日本刀を鞘から引き抜き構える。


「そこの双頭の蛇と暗黒の騎士を引っ込めろ。さもないとお前を斬る」


 自分の身長とは釣り合わない大振りの日本刀を構えるララ。しかし、グスタフとフィーレ姫の皮膚は真っ黒に変色し、二人は力なく倒れてしまった。そして、リラ・シュヴァルベはその場で膝をつき涙を流し始めた。


「ごめんなさい。グスタフ、そしてフィーレ。私が間違っていました。ごめんなさい。ごめんなさい」


 地面に倒れた二人を抱きかかえ涙を流すリラ・シュヴァルベ。彼女の体は淡い光に包まれ、その光はグスタフとフィーレも包んでいく。


「ララ姫。もう結構です、剣を収めてください。この二人の命は私が救います」


 しばし瞑目していたリラ・シュヴァルベは目を見開き両手を空へとかざした。


「光あれ。全能の天、その御使いたる精霊たちよ。命の御光をここに、グスタフとフィーレにお与えください。そして全ての生命に癒しと安らぎがありますことを」


 闇の魔術から光の魔術へと切り替えたリラ・シュヴァルベの祈りに従い彼女のまとう光は強くなっていく。そしてそれはグスタフをフィーレを持つ包み込み二人を癒していく。

 真っ黒に変色していたグスタフとフィーレの肌は次第に元の色へと戻っていった。


「姉さま、無事収まったようです」

『こちらでも確認しています。私まで駆り出されるところだったわね』

「とりあえず必要ないと思います。申し訳ありません。リラ・シュヴァルベは必ず無傷で救出すると約束したものですから」

『分かっていますよ。では撤収の準備を始めておいてくださいね。正午まで約90分です』

「わかりました」


 日本刀を収めたララはソフィアと共に昼食の準備を始めた。

 遠くから微かな爆音や衝撃波が伝わってくるものの、この近辺には敵はいないようだった。

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