16-2

 食事が終わり、私はミレイのバイクに乗ってひとまず彼女の住んでいるアパートに行くことになった。ルイが見つかり次第、連絡を入れるとナオミさん達も言ってくれた。


「彼氏とは別れたんだ。いい人だったんだけどね、いい人過ぎた」

「うわ、ミレイ最低だね。振るにしても理由がもう少しあるじゃん」

「だって、あの人には私よりもいい人がいるだろうからさ。一緒にいてつらかったのよ」


 ミレイの住んでいた場所は変わりなかった。まぁ、一年くらいしかたってないし、そこまで部屋の中に変化はない。未だに、格好つけた趣味や服で満たされている。ルイの部屋とはえらい違いだ。


「今から、やることはたくさんあるだろうしね。ていうか、リオは今行方不明ってことになっているのかな? まずは警察? 服も買わないとだし、食べなきゃだからお金がたくさんいる」

「そうだね、バイト先があそこでよかった。ナオミさんがいるから説明が楽。もっと、ちゃんと働かないとね」

「なんか、うれしそうだね」

「まぁ、普通って感じじゃん。後々面倒くさくなってはきそうだけど。今は、楽しい。私は生きているから」

「そうだね」


 一年前のように同じベッドミレイと寝た。あの時、二人で一つのベッドを使うことに怖さがあったのは父親のことがあったからだろう。帰りたいと言おうとした瞬間気持ち悪くなったのも。私は、記憶はなかったけど、何処かで分かっていたんだろう。


 これからは、死ぬことじゃなくて自分自身がどう生きていくかをしっかり考えていかなければいけない。あのころと変わらず、まだ手際は悪いままだろうし、人と関わるのが苦手なままかもしれない。でも、今の私なら成長していけるはずだ。


 私のことを考えながら、やっぱりルイのことも気になってしまう。私のこれからを考えると、彼のことも無意識に考えてしまう。ルイは、まだ呪いを抱えている。最悪、あの時のように自殺しようとするかもしれない。


 私がバイトから帰ってきた時に、部屋の中でルイが私のナイフで自分を刺そうとしていた。体は震えて目の焦点はあってなかった。恐ろしかった。私は、ルイに飛びかかって、ナイフを取り上げようとして、抵抗するルイから何度も刺された。


 何とか取り上げて、部屋の隅に逃げる。ルイは私を追うことはせずに、その場で額を地面につけて「死にたい、死にたい」と小声で何度もつぶやいた。彼の呪いを初めて見た瞬間がそれだ。それ以降、見てはいないからいつもあんな風になるかはわからない。


 このままほっておいていいのだろうか。ルイはどこかで死のうとしているんじゃないか。


 でも、今の私は非力だ。何もできない。だから、今は自分のことを考えるべきなんだ。彼が呪いから解放されて、普通になってしまったときに力になれるように。まずは自分から変わっていかないといけない。


 なんだか、悩み事が多い。良いことなんだけど、一気に押し寄せてきたせいで少し興奮しているのかもしれない。なかなか寝付けず、なんども寝返りを打っていると流石にミレイも察してきて、「寝れないの?」と訊いてきた。


「うん」と、私が頷くと彼女は布団をはいで外に出る。防寒着を着こんでヘルメットをとった。


「私も、眠れなかったの。どう、久しぶりに」


 彼女から渡された防寒着に手を伸ばす。ゆっくりと着替えて、外に。出る彼女に続いた。「どこか行きたい場所はある?」と訊かれたとき、何気なしに空に浮かぶ月を見た。そして、ある場所が思い浮かんだ。


「ある、また向こうの街の方に行くことになるけど」

「あの行方不明の子の行きそうな場所でもあるの?」

「……そう」


 面白くなさそうな顔を隠すようにミレイはヘルメットをかぶる。私も、ヘルメットをかぶって後ろにのる。


「彼の家の方にまず行って。そこから細かく教えていくから。あそこ、目印少ないの」


 肯定するようにエンジンをふかせてバイクは走り出した。ミレイの背中にぬくもりを感じる。外の寒さに震えてしまう。ここから落ちれば本当に死んじゃうんだ。そう思うと、自然にミレイにしがみつく強さが高まる。


 時間はかかったけど、ようやくその場所に着いた。この時期になると夜は寒い。もしルイがこの場所にいるならかなりつらいだろう。この場所を知っているのは今はルイと私だけ。そして、聞こえてきた。誰かの口笛を吹く音がうっすらと聞こえてくる。私は走って音の主のもとに向かう。


 林の中にポツリと佇む一台の自動車。錆びだらけで、簡単に言えばただの邪魔なゴミだ。でもこの場所は子供の秘密基地であり、青年の思い出の場所であり、ちょっとした月見スポットでもある。


「ルイ……!」


 彼はあの時のように車の上に乗って空を見ていた。私の知っている彼だ。何の変りもない。なのに、私は彼に近づけなかった。彼に声は届いていたはずだ、口笛はやんでいる。でも、こっちを振り向かない。


 後に続いていたミレイが林から出てきた。

 ルイはゆっくりと車から降りて、外周を回って私たちに向き直った。


「来てくれたんだ、リオ。どうやら、ちゃんと解放されたみたいだね」

「わかる?」

「わかるよ。目が変わったし、すごく寒そうだ。前よりも人間らしくなっている。でも、大丈夫。リオは変わってないから。リオはリオのままだ」


 ルイはそういって近づいてくる。手には私のナイフが握られていた。三日前、バイトに行く時ゴミ箱の下に隠していたもの。どうやら、見つかってしまったようだ。


「だからさ、リオはこんな僕は受け止めてくれる?」

「うん、私は変わらないよ。お腹は減るし、風邪も引くだろうし、そのナイフで刺されたら死んじゃう。でも、何も変わっていない」

「リオ……危ないよ。あの子、なんか変だし」


 ミレイが、ルイと私の間に入ってきた。庇うような態勢に入ったけどルイはゆっくりと近づくのを辞めない。その足取りはどこか葛藤しているようで痛々しい。分かっている。私は、あの花火の下での出来事を覚えている。私に告白した彼が何をしたのか。


「リオ……僕は、まだ君のことが好きなんだ。蛇から解放された君に、この思いを抱いて良いのか不安だった。でも、今君に会っても変わらなかった。僕は、本当に君に恋をしていたんだ」


 言ってくれた。彼が不安だったように私も不安だった。


「やっぱり、私たちは似ているね」


 ミレイを横に避けさせて、ルイに近づいていく。決めていたんだ。彼からこの言葉を貰ったら、次こそはちゃんと返すんだって。


「あの時も本当は聞こえていたの。今聞いても、やっぱり変わらなかった。嬉しいの。『愛』とか『恋』とか私は知らないし、わからない。だけど、私は嬉しい。それって、そういうことなんでしょ?」


 私の言葉を聞いて、彼の足が止まった。なんでだろう、分かっていたとは思うのに、決して予想外の発言じゃなかったはずなのに。彼はどこか混乱しているようだった。


 私は、彼の前までたどり着く。そして何か言いたげな、その口をそっと自分の口で塞いだ。私は『好き』とか『恋』とか、わからない。だから、それを伝えたかった。彼にどうしてもわかって欲しかった。


 自分でも、自分の行動に驚いてしまう。そっと口を話して、彼と見つめあう。すぐに彼は目線を話して、震えながらその手に持った私のナイフを渡してきた。


「僕は、何もわからないんだ……。ごめん」

「大丈夫、私はちゃんとわかってあげるから」

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