chapter9「変化の先はまだ闇」

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 誰かから揺さぶられて起きたのは、もしかしたら初めてかもしれない。小さい頃はあったかもしれないが、記憶に残っている頃には、もう目覚ましで起きていた。


「あっ、起きた?てか、急いで支度してよ。映画館調べたら、電車で40分もかかる小さな所しかないじゃん。しかも、観たい奴一日、一回しか上映してないし。あと少しで駅に来る快速かいそくに乗らなきゃ、間に合わないの」


 早口で、そう言ったリオに驚きながら、僕は起き上がり身支度を始める。


 今日は二人で映画を見に行くことにしていた。特に理由があるわけでもなく、何となくで昨日決まった。よく調べてなかったせいでこんなに慌てることになってしまったけど、それも楽しさの一つだろう。


 クローゼットの中は、不審者をやっていたこともあって清潔感のある、なかなか洒落しゃれた服がそろえてある。どれを着ていこうか鼻歌まじじりに悩んでいると、リオが割って入ってパパっと決めてきた。不服ながらも、時間がないこともありそれに従う。


 変わってきている。僕も彼女も。


 彼女との出会い、というかこの非日常の始まり。そう考えればアズサとの出会いからの気がするが、僕は変わってきているのだ。梶田かじたはあの時、変わったといった後に訂正を入れてきたが、今らな胸を張って『変わった』と言ってくれるはずだ。


 そして彼女も、僕に対して遠慮がなくなった。結局、僕の告白を聞いていたのかどうかはわからない。あの時の「ありがとう」にそれが含まれていたのだろうか。そうじゃなくても、彼女はしっかりと笑い、ハッキリと物事を言ってくれるようになった。まだ、自殺の日々は続いているが。


 支度を終えて、気づけば時間は押している。すぐに家を出た。


 折角いい気分の中で、向き合う現実はかなり厄介だ。


 ……電車に乗り、ため息をはいたのは金のことだ。リオが来てから、生活費が二倍とまではいかないが増えたことに変わりはない。リオは金を持っていないのだ。食事を摂らないが、飲み物は飲むし、口が寂しくなるとガムを噛んだりもする。まぁ、それは大した出費にならないからいい。


 でも、こういう電車に乗ったりすれば普通に二倍の金がかかる。電車の切符、映画のチケット。バイトでも始めようかという考えは、想像しただけで消え失せて行く。いくら変わったといっても、僕なんかにはまだ無理だ。


 彼女が傍にいてくれている。それだけで心持は大きく変わる。たいていのことに動じなくなったし、外出も増えた。大学でも、他の生徒と同様に過ごせている。でも、根本的な部分は変わりない。無理をすればのろいに苦しむだろうし、他人と話すときは心をけずっている。


 まだ僕は社会の歯車にはなれない。助け合いながら、歩幅を合わせることができない。


 ふと隣を見ると、楽しそうな表情で景色を眺めるリオがいる。そうだ、今は楽しむ時だ。金のことは終わってから、悩めばいい。


 映画館は意外と人が多く、取れた席も人数がギリギリだった。場所もそれ程いいものではなかった。更に穴あきで二つ並んで座れるところはなかったため、僕とリオの席はそれぞれ離れた別々の場所だ。


 普段は、自由席らしいがこの作品は人気で急遽席指定制にしていたという。ご理解のほどと言われたが、普段来てないから別にといった感じだ。


 それでも、リオは少しがっかりしていた。

 せっかくだからポップコーンでも買おうと思ったが、値段をみて飲み物だけにする。楽しむといっても、こういう細かいとこれで気を使っていかなければ持たない。


 リオはそんなケチな僕に文句も言わずに、飲み物を受け取ると、何かを考えるようにうなりながら席の方に行った。


 僕らが見る作品は小説が原作の実写映画だ。青春のキラキラした部分と暗い部分をうまく描いていた作品だった。


 アズサが見ていた小説。内容は鬱々しいものだったけど、映画はどちらかというと青春の方がメインで。長ったらしい葛藤のシーンがかなり短めにされていたりした。


 見た感想を言えば、面白い。でも、物足りないといった感じだ。役者のファンでその人を見に来たなら、それだけの付加価値で満足が行くかもしれない。しかし、作品として見に来た人は同じ感想を抱いているようだった。


 上映後、「よかったねー」と騒ぐ学生達と微妙な顔で携帯をいじりながら歩く者達で大きく別れた。僕は後者に近いが、リオがいることだし、そこまで表情に出さないように気をつけた。


「あっ、ルイ。どうだった? 私はつまらなかったなー」


 流石にこの言葉には、足を止めて顔をしかめてしまった。彼女を含めて『つまらなかった』と思う人間は少数だと思う。皆そこそこ高めの金を出しているのだ。つまらないとは思いたくない。現に、そこそこの面白さはあったわけだから折り合いはつけれるものだ。しかし、リオみたいに自分の金じゃなくただ見に来たものは、こう堂々と自分の意見を言えるわけなのだろう。


 しかし、そういうわけではなかった。

 彼女は、本当につまらないと感じていた。というか、彼女自身もあの小説を読んでおり、省かれていた葛藤のシーンに期待してこの映画を選んだという。


 フードコーナーで軽く食事をとりながら映画について話したが、リオはあまり要領よくは語らなかった。なにか他の考えにとりつかれているようで、こっちの話が半分入ってきていないようだった。


 先ほど、ポップコーンを買わなかったり食事も極力安く抑えたのも、この後何かしら遊び為に金を使うだろうと思ったからだ。でも、リオは別にもう映画見たから大丈夫と言って、近くの公園で散歩することになった。


 ウチの近所の公園とは違い、そこには子供の王国は作られていなかった。子供達は無邪気に遊んでいるのだが、大人がそれを常に見張っていた。危ないことをし出したら介入する。なんとも、面白くない世界だ。


「私さ……ルイに迷惑をかけているなって思うんだよね」


 急にリオは横でそう呟いた。休日の昼間だけあって、子供達の笑い声など人々のけんそうがひしめき合うなかでも、その声は僕の耳にハッキリと届いてくる。


「少し図々しかったり、殺そうとしているのは、まぁいいんだよ。なんたって、私は被害者なんだしさ。でも、私がアレしたい、アレ欲しいっていったらルイは買ってくれる。ついつい甘えちゃうんだよね。それは、違うじゃん? それが、なんか嫌でさ、色々考えているの」


『そんなことない』と、ハッキリいうことはできなかった。でも、『確かにそうだ』とは言いたくない。彼女へのろうが負担になっていることは事実だ。現に、前にどうしても見たかった映画をここに見に来た時はポップコーンを買ったし、フードコーナーでは少しで高めだが食いたいものを食べた。


 でも、それは僕がそうしたかったからであり、今回もそうなのだ。結局は、そうしたいかしたのだ。でも、それを伝えたところで、リオは納得しないだろう。


「ごめん。別にお金に困っていたりはしないから。むしろ、自分のために使っていた時よも、充実した使い方ができてる気がするよ」


 そうは言ってみたものの。これも彼女にはそこまで響かなかった。


 リオの考えていることは、なんとなくわかる。彼女は来る時の僕みたいに、バイトを始めようかなんて悩んでいるのかもしれない。最近は履歴書なしでも始められるものなんかもあるし、問題はないのだろうけど。


 このまま、彼女がやりたいといえばやらせるべきなのだろうか。


 そして、その時は意外と早かった。帰りの駅で彼女は無料の求人雑誌を取り、家に帰ってそれを見ながらものの数分で電話をかけたのだ。僕の携帯で。


 給料は手渡しアリ、履歴書いらない。なんて条件で探すと、すぐにしぼられたようだった。


「私バイト始めます! 明日すぐに面接行くからね。大学一人で頑張って!」

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