The Detachment 分遣隊、インドネシアへ急行せよ

小早川

第1話 序章「インドネシアに上がった炎」

日本国沖縄県名護市 自衛隊名護官舎A棟



 陸上自衛官である野中綾乃のなかあやのは、陸上自衛隊名護駐屯地から歩いて五分ほどのところに位置する即動参集要員用官舎の自室で、手早く荷造りをしながらプラズマテレビから目を離せずにいた。沖縄に転属してきてからリサイクルショップで買ったテレビでは現地の緊迫した状況をCNNが伝えている。


『ジャマ・イスラミアの攻撃は、激しさを増しています。今入った連絡によると、オーストラリア大使館が、車輛を使った自爆攻撃を受けた模様です。現地のネルソン特派員のリポートです』


 キャスターの映していた画面が切り替わり、ジャカルタの高級ホテルに陣取り、緊迫した表情の特派員のバストショットに変わった。野中はボストンバッグに荷物を詰める手を休めずに見ていた。

 手元には戦闘服の他、私物の戦闘用坑弾ヘルメットに、小銃の弾倉や無線機を収めるポーチ等を適切な位置に配置して取り付けたプレートキャリアと呼ばれる坑弾プレートを入れて体幹部を守る防護装備等が揃っていた。野中は洗って干していたヘルメットのインナーパッドが揃っていることを手で確認しながら、リュックの外付けポーチに入れる。


『このホテルからも、自爆攻撃の黒煙が見えます。今から十分ほど前に行われた自爆攻撃で、オーストラリア大使館に相当な被害が出た模様です。攻撃があった時に私はこの屋上に居ましたが、およそ二キロ離れたこの場所でも、大きな爆発音とともに地響きを感じたほどです。どのくらいの量の爆薬が使用されたのかは不明ですが、大使館近くの飲食店のオーナーに電話で聞いた限りでは、大使館の建物が半壊しているとのことです。死傷者の詳細は不明ですが、オーナーによると、周囲は警戒に当たっていた兵士の死体が相当数あるとのことです』


 テレビには放送できる内容では最悪レベルの悲壮な光景が広がっていた。これよりもっと悲惨な状況であることは分かる。街からいくつも煙が伸びていて、半壊した建物もある。


『ジャマ・イスラミアは外国人を標的としており、首都ジャカルタにも迫っています。インドネシア政府は滞在する外国人に対し、国外退去勧告を発令。ジョグジャカルタでは暴動により略奪や虐殺が続いています』


 ――大変なことになっている……

 すでに野中には登庁の命令が下っている。家にある仕事用の下着をボストンバッグに詰め込み終え、私物の装具をロッカーから引っ張り出してそれも収めると出勤のために着替え始めた。陸上自衛隊は有事の際に迅速に対応するため、制服ではなく戦闘服での通勤を原則としていた。しかしここ沖縄では自衛隊への反感は根強く、通常戦闘服通勤は実施されていない。

 野中は迷彩2型の水陸一般用戦闘服に着替え、顎紐を付けた迷彩の作業帽を被った。


『インドネシア情勢が悪化する中、現地に残る日本人に加え、大使館のスタッフなどを退避させるため、武石防衛大臣は自衛隊による輸送を検討していると説明しました──』


 テレビの電源を切った野中は腐りそうなものは全て冷凍庫に叩き込み、家の中を最後に片づけた。玄関でハイカットのトレッキングシューズを履き、靴紐を締めてダッフルバックとバックパックを背負う。玄関の鍵置きに乗ったロードバイクの鍵を持つとブレーカーを落とし、官舎を後にする。

 振り返った無骨な官舎は、やけに静かで寂しげに見え、これが見納めになるかもしれないという気持ちを一瞬抱いたが、野中はロードバイクに股がった。

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