第七話 MPG模擬戦(2)

 午後3時56分。


 イーロン専用のロッカールームでパイロットスーツに着替え格納庫に入ると、30機ほどの訓練用シェムカが祥吾の目に入った。


 MPG20式シェムカ―――――――現在日本国内の基地に標準配備されている第一世代MPGである。(以前より、第二世代機のロールアウトが近いとの噂がある為、現行のシェムカは第一世代機と呼ばれ始めていた。)


 動力は電気モーター式。稼働限界時間は補助バッテリーパック無しで約90分。電力を機体内部に巡らされているフレーム一体型のイミテーションマッスルに送り、各関節可動を構成しているアクチュエータモーターを駆動。一部油圧駆動も併用したハイブリッド方式である。整地での最高速度は95km/hを誇り、戦車のそれを大きく上回る。


 装甲はコンポジット素材をベースにした多重空間方式となっており、通常の弾頭はもちろん、HEAT弾なども防御が可能。


 外観デザインは、シェムカ開発において最も議論された部分のひとつだったが、最終的に抗弾性能を重視し、傾斜された装甲をベースに、オリジナルモデルだった汎用作業ロボットのコンセプトを踏襲した結果となった。


 頭部は、新開発されたカーボンスチール製の半透明強化バイザーで覆われた複数のカメラを中心に設置。加えて通信やレーダーセンサー用のアンテナ、ブレード類が、火器管制システムを内包した後頭部から幾つも立ち上がっている。


 大型のショルダー装甲、各関節部の保護装甲など、全体的に厳つく高圧的なイメージの造形となっていた。全高は8.6m余り。


 外装は基本OD(オリーブドラブ)色となっているが、所属により異なる場合もある。(例/濃紺ー特殊部隊 灰ー訓練機など)


 コックピットは機体の中心に位置し、胸部から腹部にかけて、三重のハッチで保護されており、パイロットは機体前面より搭乗する。操縦は関連する全てのシステムにAIアシストが入り、音声とマニュアル操作を組み合わせ、人間並みの複雑な動きも可能となっている。


 基本武装は、JM33携行型50㎜アンチマテリアルライフルと、機体に組み込まれたM155型8㎜ミニガン、エアバーストグレネードランチャー、プログレッシブナイフ、腕部、脚部など複数装備されているバンカーブレイカーとなり、作戦行動や役割によって様々なオプション兵装への換装が可能となっている。


 イーロン用の訓練機については、被弾してもダメージの無いペイント弾、スモークグレネード、ナイフも模擬刃へ変更されていた。


「ひゅう~……凄ぇ。基地よりも多いじゃんか……」


 多少緊張した面持ちで、初めて足を踏み入れたイーロン用MPG格納庫内に収められている機体の数に魅入っていた祥吾だったが、正面の(04)とナンバリングが入ったシェムカの脚部整備パネルの陰から、つなぎを着た知った顔が現れ「よお祥吾。待ってたぜ」と声が掛かると、緊張も多少は和らいだ。


「あ、保っちゃん。保っちゃんの班、今月はこっちなんだ」


 祥吾から(保っちゃん)と呼ばれた大柄な男は、整備用の特殊レンチで自分の肩を叩きながら、祥吾の傍らへ近寄る。


「ああ。ここのパイロット達は注文が多いから、結構面倒なんだけどな。ま、手当も付くし仕事だからしゃーない」「ところでよ、お前が乗るって事は学校のルール変わったのか?」


「いや、まぁ、成り行きっていうか、無理矢理っていうか……」


「ふーん。まっいいか。面白くなりそうだしよ」


「気楽に言うなよ……」


「がはははっ!」


 この大柄な男は、MPG整備士である佐久間一等陸曹の部下で、名前は服部保。階級は陸士長で、まだ若い整備士なのだが、メカニックとしてのセンスは佐久間も認めており、パイロットが抽象的なリクエストをしても、真意を汲み取る事が出来る数少ない整備士である。

 また年齢が22歳という事で、年の近い祥吾からも慕われており、祥吾にとっては兄貴分的な存在だった。


「ところでさ、保っちゃん。何でこんなにシェムカがあんの?」


 格納庫内の約半数ものシェムカに整備士が取り付きメンテしている様を見ながら、半ばあきれたように祥吾が尋ねる。


「なんだ、祥吾みたいなペーペーはなんも知らねえんだな?」


「うるさいなぁ。決まりで俺らは関われないんだよ……」


「じゃ特別に保様が教えてやる。何とイーロン一人に専用のシェムカ一機が与えられてるんだよ。あと人数分の予備機もある。すげえだろ?」


「マジで?すげぇ。あいつら贅沢だなぁ……」


「で、今日祥吾に貸し出しされる哀れなシェムカがこれ。担当のイーロンは運が無いね」


 保は整備用パネルを閉じながら、装甲をポンポンと叩く。


「ちえっ。なんだよ哀れって……」

 

「いやぁ、どう考えても無事には帰って来ないだろ? 勝っても負けても。ああ、修理が憂鬱だなぁ」

 

「わかったよ、もう……出来るだけ壊さないようにするよ」


「頼むぜ祥吾。あと1週間で次の班と交替なんだからよ」


「へいへい……」


 ”ブンッ……”


 保が更に祥吾へ口を開きかけた時、二人の軽口を制するかのように、幾分離れた機体ナンバリング(01)のシェムカから、電気式モーターの低い起動音が聞こえ始めた。


 その機体のコックピットパネルはまだ閉じられておらず、シートに座っているパイロットの様子を窺う事が出来た。


 自分専用機の為か、細かなセットアップはほぼ必要ないらしく、側面のパネルへ手を伸ばし幾つかのスイッチに触れ、整備士と一言二言言葉を交わした後、パイロットはコックピットパネルを閉じ始めた。


 祥吾はパネルが閉じきる間際、パイロットのIDSヘルメットと連動して可動するM155型8mmミニガンの銃口がこちらへ向き、バイザーの奥に無感情な目でこちらを見据えている杏と目が合った。


「おっと。ほら、お相手さん、準備が出来たらしいぜ。早く行けよ、祥吾」


「ったく、みんな急かし過ぎだよ……」


 祥吾はスーツと一緒に里香が持参した祥吾専用のIDSヘルメットを被りながら、約5m頭上のコックピットへ乗り込む為、メンテ用クレーンの階段を小走りに駆け上がる。


 保も祥吾の後から続き、コックピットシートに座った祥吾にセーフティハーネスを掛け、合計六本のハーネスを臍のすぐ下あたりで連結する。連結された部分の小さな突起を叩くと、パイロットの体格に合わせ、オートでハーネスの長さが調整された。


 次に保はコックピット背部に露出しているIDSコネクターの先端を引き出し、コントロールワイヤーを祥吾のヘルメットに接続する。


 数秒間バイナリデータが表示され、バイザーの内側に起動インフォメーションが浮かび上がる。祥吾はインフォメーションの各数値を眼球の動きだけで素早く確認した後「ファーストアクティベイトシークエンス確認」と発し、続けて「セカンドからフィフスアクティベイトシークエンスを省略」と間髪入れずにAIへ指示。


 機体のAIが機械的な発音で祥吾の指示を復唱している間に、祥吾は(名嘉真、聞こえるか?)と固定周波数で音声を入れた。一拍おいて(なに?)と抑揚の無い杏の返答。(俺のラーンドAIデータを使っても良いか?)と祥吾が尋ねる。杏は(お好きに)と引き続き感情の無い返答を寄越す。


 祥吾は(サンキュー)と軽く返してから、ラーンドAIのコピーデータスティックを保へ渡し、「保っちゃん、これ、セットしてくれる?」と背部のAIメインサーバを指した。

 「お、二尉からか?」と保からの質問に頷く祥吾。

 「やっぱ流石だよなぁ、二尉は」と保は感心しきりの表情で、予備のスロットにスティックを差し込む。即座に機体のAIが「新しいデータのインストールが準備されました。継続しますか?」と尋ねて来る。「継続してくれ」と祥吾が答えると、5秒と経過せず「インストール、及びアップデートが完了しました」とAIから返答が入る。

 続いて「不適切なプログラムが見つかりました。修正しますか?」と警告が入ったが、祥吾はそれを無視してコクピット側面のディスプレイにキーボードを呼び出し、デフォルトで設定されている機体の各種セッティングを、特殊コマンドを使って変更していく。


 保は唇だけ動かし(頑張れよ)と祥吾に告げ、その肩をポンと叩いてコックピットから離れる。祥吾は目だけで頷き、セッティング作業に集中していった……


          ※ ※ ※


「やっぱり素人じゃないようだね」


 コントロールルームのモニター正面に陣取る杏のクラスメイトの一人、峰一真みね かずまがやや蔑んだ口調でモニターに映っている祥吾に向かって呟く。


 コントロールルームでは、模擬戦の状況をグラウンド各所に設置されたカメラと、ドローンからの映像で逐次確認する事が出来る。また互いの練度を高める目的で、双方の機体のセッティングが全て開示され、両パイロット、及びコントロールルームのモニターに投影される仕組みになっていた。


「ああ、何で僕の機体なんだよ……やっぱり貸すの嫌だなぁ」


 大きな体に似合わず、情けない声で抗議しているのは、祥吾が乗り込んだ機体を担当している柿崎勇人かきざき ゆうとだ。


「きゃはははっ! 嫌なら嫌って言えば良かったじゃん? 柿崎、バッカみたい!」


 粗暴な言葉で勇人を責めているのは、銀髪をライオンの鬣の様に伸ばしている織田玲奈おだ れいなだった。玲奈は椅子に座らず、机の上で胡坐をかいている。


「ねぇ、もう少し静かに出来ないかしら? あと織田さん、はしたない恰好はやめていただけない……?」


 姿勢正しく椅子に座ってモニターを見つめている神崎めぐみ《かんざき めぐみ》が、物を見るような目つきで玲奈に注意する。


 「あ、見えちゃってるぅ? あははは、ねぇねぇ柿崎ィ。見えちゃってるぅ?!」


 「やめてよぉ、織田さん……そうやっていつも僕をからかうんだから……」


 里香は、イーロン達の無軌道で無遠慮な態度に、苦虫を噛み潰したような表情を隠さず、コントロールルームの壁に寄り掛かり、彼らの言動を眺めていた。

 里香も職業柄、成人のイーロンとは度々一緒に訓練を行った経験があり、その聡明さ、謙虚さに感銘を受け、結花を受け入れるきっかけになった。故に目の前のイーロン達の態度は理解し難く、顔に出た感情を隠そうともしなかった。(こいつらがイーロンだと?結花とはえらい違いだ)

 しかし「なにやってんの?これ……」と、眼の前のイーロンから発せられた、今までとは明らかに声色の異なる呟きに、里香も正面のモニターへと向き直った。


 そこには、祥吾が乗機しているシェムカのセッティング画面が映し出されていたのだが、その内容を見て里香は思わず苦笑した。(始まったな祥吾のアホセッティング……まぁ、この連中が驚くのも無理ないか……こんなクソピーキーなセットアップはあたしでもやらないし)


 モニターには、MPGを構成するプログラムでは最も重要とされる、姿勢制御系プロブラムが、祥吾のセットアップと音声によって次々とオフにされていく様が克明に映し出されていた。


「ZMP(ゼロモーメントポイント)ディテクター、オフ」

「オートバランサーモード、オフ」

「スウェイバランサー、オフ」

「ディスコネクト、レーザーディスタンストレーサー」

「ディスコネクト、ステレオセンサー……」

 


「こんなのあり得ない……」


「こ、こんなんじゃ、歩く事もできないよね……?」


「きゃははは! 結花の兄貴ィ、狂っちゃったんじゃないのぉ!?」


 イーロン達が驚愕している間にも、祥吾のセッティング変更は続いている。


「アクティブダンパーバウンドレート、60%プラス」

「アクティブダンパーリバウンドレート、マキシマム」

「バリアブルコイルコンプレッションレート、80%プラス」

「イミテーションマッスルオイルプレッシャー、マキシマム」

「バンカーブレイカープレッシャー、マキシマム……」

 

 淀みなく次々と変更されていく箇所は、通常、完全にAI制御任せにしているシステムであり、パイロットが手を付けて良い部分ではなかった。


 (これじゃ柿崎が言うように、歩く事すらままならない筈……何を考えている弓野祥吾? 模擬戦を始める前にリタイヤするつもりなのか……?)


 モニターに映る設定と変更している祥吾の姿を見つめ、峰一真は自分より劣る筈の一般生徒の考えを読むことが出来ない自分自身に苛ついていた。


「ただの足掻きだろう。」


 今の一真には、祥吾の行動に対して、この程度の侮蔑を込めたコメントを発するのが精一杯であった。

 

 また、同席している元MPGパイロットの顧問訓練教官も、祥吾の真意が判らず、思わず以前隊の上官であった里香に助言を求める目を向け、里香も一瞬視線を交わしたものの、ニヤッと微笑むだけで再びモニターへ視線を戻した。


          ※ ※ ※


 杏が乗機しているシェムカは、先んじて模擬戦エリアへの移動を開始していた。オートモードによって安定した姿勢で歩行している機体内部、若干上下に揺れるコクピット内では、杏が側面モニターに映し出されている祥吾の設定内容をじっと見ていた。


(何を狙っている? ここまで機体姿勢の自動制御をオフにする事に何のメリットがある?)


(それと……脚部衝撃吸収のセットアップは常軌を逸している……としか私には見えない……)


(バンカーブレイカーの出力を上げるのはわかる、けど……。でもそれは実戦での事で、模擬戦においては打撃武装として使う事は禁止されているのに……)


 機体設定の内容から、相手が取り得る様々な戦術のシュミレートを自身の脳内で予測してみたが、現時点では全く読めずにいた。

 決して祥吾を侮ってる訳ではない。しかし一方で自身が負ける筈が無いと確信していた杏であったが、凝視するモニターに並ぶ未知のセットアップに、無意識にスティックレバーを握り直していた。

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