第三話 登校

 21世紀も半分を過ぎようとしていたが、世界情勢が不安定さを増し始めてから数十年、国策として政府や民間企業は国の防備の再構築、及び特殊な人材の育成に多くの予算と時間を注いだ結果、市民生活の利便性向上おざなりになり、無人での完全自動運転可能な車輌や、3次元ディスプレイ等が一般生活に普及したが、贔屓目にも21世紀初頭から大きく発展したとは言い難かった。


 名寄駐屯地は市の中央やや北寄りに位置しており、祥吾と結花が通う名寄第一高校からは直線で約6㎞の距離がある。駐屯地に隣接する区画に住んでいる生徒は、この時代に最も一般に普及した自立型AI搭載のコミュータを通学に使用していた。


「行ってきまーす!」


 足早に玄関からコミュータに向かう結花と、その結花にワンテンポ遅れるように祥吾がその後を追う。各戸に設置されている機器により、昔のように人の手を煩わせる事無く雪かきは完了しているが、凍結を防ぐ装置の敷設は、未だ官製の一部施設に限られていた為、個人宅は勿論、一般道も氷点下においては以前と同様凍結は避けらない状態であった。


 転倒しないよう慎重な足取りで、市道沿いに横付けされているコミュータへ向かう二人だったが、JR宗谷本線に沿って走る大型車輌専用路から左折してきた、電気モーターとは明らかに異なる武骨なエンジン音に気付きその足を止めた。

 エンジン音の主はMPGの陸送を目的とした25式特大型セミトレーラだった。積載されているのは、兵装を外されてはいるが小奇麗な外装をした濃紺色のシェムカで、通常機体側のアタッチメントをトレーラの専用固定具に装着するだけだが、このシェムカはご丁寧に保護ワイヤーも掛けられていた。


「ねぇお兄ちゃん、運転してる人って、佐久間さんじゃない?」


「ん? あぁ、確かに」


 二人が気が付くよりも早く、トレーラの運転手が市道沿いに立っている二人に手を振っていた。


「よー、ゆーちゃんに祥吾。おはようさん。」


 ゆっくり停車したトレーラから、佐久間と呼ばれた自衛隊隊員が、見るからに人の良さそうな笑顔で二人へ親し気な挨拶を送る。


「おはようございます。佐久間さん」


「おはよ。おっちゃん」


「いやぁ、朝からゆーちゃんに会えるなんて、おじさんラッキーだなぁ。目の保養にもなったし」


 佐久間はニコニコしながら、いつもの軽い口調で結花をからかう。結花は真っ赤になってスカートの裾を押さえながら、「佐久間さん、その発言おじさん過ぎます……」と軽く睨むと、祥吾が「お袋、家に居るけど、呼んでこようか?」とニヤニヤしながら被せる。


「い、いやいや、二尉は勘弁して……じゃ、おじさんこれ整備しなきゃいけないから!」


 佐久間はあたふたしながら、トレーラを発進させようとしたが、祥吾が「ちょっと待った!」と強引に引き止めた。


「な、なんだよ祥吾……」


 今にも家から二人の母親が出てくるのではないかと、佐久間の視線は祥吾と玄関の間を往復していたが、「元、二尉だろ。呼ぶわけないじゃん。俺もめんどくさいし」と祥吾が言いながら、積まれているシェムカに近づく。


「これさ、細かいとこ色々変わってるよね?どっから?」


 祥吾は濃紺のシェムカの外装を眺めながら、佐久間の方を見ずに尋ねた。

 佐久間はややホッとしながら、「夜ずっぱりで、旭川から持って来たんだよ。至急で修理用のパーツを頼んだら、訓練で使い込んだこっちの1機を、データ取りしたいから譲って欲しいってんで、駄目もとで新しいの寄越せば譲ってやる、って条件出したら、何とこれをくれたって訳」「拠点強襲用の特殊部隊仕様だ。スペックは基地に戻ってから、もっかい確認だけどな」と、自分のお手柄の様に答えた。


「ふーん。で、こっちから譲った機体って誰の?」


「二尉の」

 

 そこまで聞いて、祥吾は機体を眺めていた顔を素早く佐久間へ向け、「って事は、これがお袋の次の機体に?」と、やや驚きながら尋ねると、「ま、そうなるわな」と、佐久間は軽く返す。


「マジか……どこまで負けず嫌いなんだよ……」


 機体へ視線を戻した祥吾は、苦笑いをひきつらせながらうめいた。佐久間は祥吾との一連のやり取りで何かを察したらしく、「色々いじってあるみたいだぜ、これ。見ての通りあんまり使い込んでねえし、うちにある標準仕様の機体じゃ歯が立たねえだろうなぁ」と、さっきのお返しとばかりに祥吾に聞こえるように独り言を呟く。


 祥吾が横目で睨むと、佐久間はくっくっくっと笑いながら、「どっちが負けず嫌いなんだか……じゃあ、ゆーちゃん。またね」と結花へ極上の笑顔で笑いかけ、トレーラを基地方面へ向けて発進させていった。


 手を振って佐久間を見送った結花は、トレーラが見えなくなると、くるっと祥吾へ振り向き、「ほらっ遅刻しちゃうよ!」と急いでコミュータに乗り込んだ。

 やや肩を落としながら、結花に続いてコミュータに乗り込もうとした祥吾だったが、トレーラの去った方角を見たまま何かを確認するように目を細め立ち止まった。


「もう!お兄ちゃん、ほんとに遅れちゃうってば!」


「なぁ、ゆう。あれさっき言ってた野良犬だよな?」


 コミュータに中々乗り込まない祥吾に抗議した結花だったが、祥吾に言われるまま視線の先、トレーラの去った方角に眼をやると、ここから約50mほど先の道路に、こちらをじっと見ている黒い犬が目に入った。


 その犬は首をこちら側へ90度巡らせ、身じろぎもせず、まるで雪に覆われた路上に置かれた剥製のように見え、結花は少し薄気味悪さを憶えた。

 祥吾はその犬へ一歩足を踏み出し脅す振りをしてみたが、犬は全く動じず目も体も動かさない。しかし数秒後には興味を失ったように向きを変え、市道の向こう側の畑へ歩きはじめ、やがて雑木林の中に消えていった。


「ちょっと怖い感じだね。やだなぁ……あっ!もう行かなくちゃまずいよっ!!」


 祥吾もその犬の姿が何かとても不自然に感じ、それが何だったのか今の光景を頭の中でプレイバックしてみたが、結花の催促に頭の中で引っ掛かった違和感も流れてしまい、結局結論が出ないままとなった。


 コミュータに乗り込むと、搭載されたAIから、今後はもう少し早めに出発した方が良いのでは?と、幾度となく聞かされたアドバイスが流れる。それに返答するとAI相手に会話が出来るのだが、優等生的な返答に終始する為、最初の頃は面白がって相手をしていた二人も、今では無視する事が殆どだった。

 なので、AIがまだ何か喋ってはいたが、結花は早速父親に電話をしていた。

 結花から会話の中に《MPG》が出てきたので、祥吾はさっきの特殊部隊仕様という濃紺のシェムカを思い出した。そして同時に母親の自慢げな顔が頭に浮かんだので、コミュータが動き出した直後にチラッと家の方を見遣ると、リビングの窓から勝ち誇った顔でサムズアップをしている里香と目が合った。祥吾は今日の放課後の結果を想像し、盛大にため息を漏らした。


 学校に近づくと、他の生徒が乗車しているコミュータや、徒歩で通学している生徒の姿もポツポツと見かけるようになる。だがその数は少ない。

 名寄第一高校も数十年前から社会問題となっている《少子化》の波に飲まれ、生徒数は減少する一方だった。現在は各学年2クラス、全校生徒は100名を少し超える程度の規模しかない。


 各学年の2クラスは、一般生徒が1クラス、そして残りの1クラスが国を挙げたプロジェクトによって生み出された《イーロン》の子供達専用となっていた。

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