天界最高戦力、熾天使

 蝶天使ちょうてんしが死んだ。

 まったくもって、あっけない死にざま。

 蝶のように舞い、蝶のように華麗に、勝利という甘い蜜を吸う妙技は、彼を天界でも屈指の実力者に仕立て上げた。

 だが彼の最期はあまりにもあっけなかった。

 彼自身、自分がここまで一方的に殺されるなどとは思っていなかっただろう。

 彼は最後に称賛の言葉を送り、死んだ。

 しかし相手はと言えば、称賛に対して一切の興味を示さず、さも当然の結果が訪れ当然の言葉が送られただけであると、彼の言葉を聞き流した。

 敵に対する態度を改めろなどと意見する能力は、天使達には許されていない。

 施されている脳の拘束が、逆らうことを許さない。

 しかし脳の拘束が施されていなかったとしても、誰も彼女に対して敬意を払えなどと、進言することはできなかっただろう。

 地上を統べる天界の九割を占める天使族の中でも、最強とされる三体の天界最高戦力。

 彼ら意外に例のない翼を持たない天使、通称、例外ミ・ティピキィの一体。

熾天使してんし、こんなところで何をしているんだい?」

 熾天使。

 七つ存在する天使族戦士の階級の最高階級位をそのままに冠した、事実上、天界最強の天使。

 天界で測れば平凡な天使同士の間に、生まれた災害。

 地上すべての生物を俗物と吐き捨て、彼女が降りた戦場は、今まで一つの例外なく、塵芥残さず消失した。

 地上すべての種族を嫌い、汚らわしい俗物と嫌っている彼女は、好戦的な性格ではないのだが、俗物相手だと歯止めが効かない。

 天界を統べる五つの玉座に座る者が地上での戦いを制した者達だと知ると、真っ先に当時の最高権力者を殺害し、二番目、四番目をも瀕死の重体に追い込み、天界で初めて五十年周期の戦いの期間を早める事件に発展した。

 事件によって三十年もの間、無間地獄と呼ばれる監獄に投獄されていた彼女だが、釈放されても改心するどころかまるで変わっておらず、地上の種族すべてを俗物と吐き捨てる態度に変化は見られなかった。

 蝶天使を殺したのも、彼が地上のとある種族を擁護するように思われる発言をしていたところに彼女が通りかかり、果てしない嫌悪感を感じたが故であった。

 つまり蝶天使には何の咎もなく、地上の種族を擁護したというだけで、彼女の殺害対象となってしまったのである。

 そんな騒ぎを聞きつけてやってきた天使もまた、彼女と同じ例外ミ・ティピキィに数えられる天使の一体であった。

 名を召喚士しょうかんしといい、明晰な頭脳と卓越した召喚魔術によって、天界における影のトップと噂される天使である。

 状況次第では、玉座に座る五人の魔術師よりも、ずっと強い発言権を持つとか。

 玉座の魔術師の一人から報告を受け、熾天使が蝶天使を殺すよりまえに戦いを止めろと言われていたが、結局間に合わず、遅れて現れた召喚士。

 しかし彼に焦っている様子もなく、また熾天使を咎める様子もない。

 実際には彼女が何をしていての結末なのかを知っていたが、完全にとぼけていた。

 今更状況を悟ったかのように、話を進める。

「これは困ったなぁ。よりにもよって蝶天使くんとは。君の潔癖症にも、困ったものだ」

「たかが智天使ケルビム階級の天使一体殺した程度、何が問題になる。この程度の天使など、いくらでもいるぞ」

「ところがねぇ、今回はそうはいかないんだなぁ」

「何?」

「今度の第八次玉座いす取り戦争ゲーム。例の銃天使じゅうてんしくんを討伐するために天界から送り込む予定だったのが、そこで転がっている蝶天使くんだったわけだよ」

「この程度の天使で、奴が討ち取れると?」

 熾天使の評価は辛辣だった。

 彼女と比べてしまえば、ほぼすべての天使が取るに足らない実力だと言うのに。

 召喚士はその部分を否定せずに続ける。

「彼で討ち取れれば重畳、ということだろうね。戦いの中での成長速度も見込んでのことだったんだろう。それに安易に君を投入して、戦場を悉く消滅だなんて事態は、避けたいだろうし」

「くだらん。地上の種族は殲滅し、天使が世界を統べればいいのだ。奴らの根城を消し去ったとて、その後我々が育めばいいことだろう」

「殺した土地は、そう易々と蘇らないものさ。このまえ君が消滅させた山も、再生する頃には君はお婆さんになっていることだろうね」

 天使は他の種族と比べて年齢による肉体の衰えが遅く、十年で一歳、歳をとる計算となる。

 このとき肉体年齢二三の彼女が老婆になるくらいだとすれば、かなり長い時間が必要であることを示していた。

「君もわかっているだろう。天界は地上を統べる王であって、地上を破壊する支配者じゃあないんだよ。戦争に介入するのも、国の均衡を護るためだ。君を投入するときは、双方消滅させるしかないとした、特例中の特例なんだよ」

「それが私は気に食わぬ。何故天界は支配しながら、蹂躙しない。玉座に座すのが地上の俗物だからか。神の意向が、私には理解できぬ」

 神。

 天界を創造し、天使族の始祖とも呼ばれる存在。

 天界最初の玉座に座った者で、死ぬ前にさらに四つの玉座を作り上げ、地上の魔術師から選別し、座らせよという遺言を残してこの世を去ったと言われている。

 その言葉を後世が当時の理解で解釈し、生まれたのが現在の玉座いす取り戦争ゲームだと言われている。

 もっとも第六回戦争より、天界は神の遺言から生まれた戦いを天界にとっての障害を一挙に潰すための儀式として利用しており、今回も銃天使及び世界において災害と呼ばれる者や、世界にとって災厄でしかない者などが参加者に選ばれ、蝶天使はそれらの殲滅を命じられていた。

 無論、それが彼に重すぎる荷であることは承知している。

 故に天界は九人がそれぞれの思惑で潰し合い、一人でも多くの災害がいなくなる結末を望んでいた。

 そのために参加者の中には、それぞれ天敵となる相手が存在する。

 天界が今回用意した蝶天使は、銃天使を打倒しうる存在として用意された天敵であったのだが、熾天使によって、その計画は破綻となってしまった。

 だが熾天使に、反省の色はない。

「玉座に座るのならば純潔でなければならぬ。玉座に座るのならば、さも白銀の如き美しさをまとわねばならぬ。だというのに、地上の俗物にその美しさの一片もない。我慢ならん。そのような俗物に、この国が穢されているというのが」

 熾天使がここまで地上の種族を忌み嫌うのに、理由はない。

 彼女を育てた天使の影響でもなければ、彼女が今まで見て来た光景。得てきた経験のためでもない。

 地上の俗物に虐げられたなどという過去は、最強の彼女にはありはしない。

 ただ彼女は初めから、生まれたときから地上の種族を俗物と呼んだ。

 彼女なりに考えて得た結果なのだろうが、その経緯は誰も知ることができなかった。

 俗にいう、生理的に受け付けない人間というのが、彼女は地上の全種族だった――と解釈せざるを得なかった。

「なら……」

 召喚士は一拍考えて。

「見に行ってみるかい? 地上の戦士を」

「今更、何を見る必要がある」

「君が天界に閉じ込められる形で出撃させてもらえず、かれこれ五十年。ストレス溜まっているでしょ? 外の空気でも吸って来ればいいじゃないか。ついでに銃天使くんを討ってくれれば天界としても良好だし、ね」

「だが、今回の戦場は確か、人工島だと聞いたぞ」

「おや、君はそういう話には興味ないと思ってたけれど」

「偶然耳に入っただけだ」

「そうかい。そして確かに、その情報は正確だ。海上都市国家・三神王都さがみおうと。人口四万の人工島。三柱の神を祀る、三種の宗教が生きる国。第七次までの戦争でもなかった、初の人の生きる国が、今回の戦場だ」

「戦場となるのなら、避難勧告はしているのではないのか。有象無象を戦場に蔓延らせると?」

「殲滅もルール違反じゃあないけれど……ここは利用するのが最善だと思うな。俗物と言っても脳のある生物なんだ、利用してから殺した方が、理に適っているとは思わないかい?」

 熾天使は黙り、召喚士もまた黙る。

 熾天使は数秒考えこむと、舌打ちしそうな勢いでそっぽを向いた。

「要はそこの雑魚を殺した不始末を、私が付けろということだろう。玉座の俗物らは、認めると思うのか?」

「僕が言えば、なんの問題もないさ。刻印も開催日までに、君に刻んでおこう」

「……わかった。暇潰しにはならんだろうが、時間つぶしにはなるだろう」

「っと。武装は極力小型なものを使ってね? 誰も玉座を見つけられない状態で、戦場が沈むだなんて。例え君でも、戦争の根底を覆されては困る」

「注文の多い奴だ」

 と、熾天使は去っていった。

 後日彼女に刻印が刻まれ、蝶天使の代わりに戦場に赴くこととなる。

 それが彼女と、この戦いでできる唯一の地上の友との出会いの、きっかけであった。

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