”起”の譚 【冒険編】

第0部 { 序章へ旅立ち〖LIFE GOES ON〗 }

開幕 『アナザー・スカイ』


 ----夏場。それも夏休みのど真ん中で畳みかける仕事。

 休憩する間もない地獄のような日々を送っていると休暇が恋しくなってくる。


 冷房の行き渡っていない猛暑の仕事場は地獄以外他ならない。サウナに放り込まれたようで息苦しいったらありゃしないんだ。ペットボトルの水もすぐ温くなる。


 ……別に自動車が嫌いというわけではない。


 ただ、この場所は猛暑になると文句も吐きたくなるほどクソ暑い。

 汗のせいで長い後ろ髪が首に絡みつく。作業着の中に来ているTシャツと下着も位置がズレてしまって気味が悪い。


 自動車の修理場は暑さと熱さで頭がおかしくなりそうになる。

 

 アイスノンや氷嚢ひょうのうも数分経たずに使い物にならなくなった。生暖かい上に妙な柔らかさのあるアイスノンなんて触れてて気持ちが悪くなるだけ。

 オイルの匂いも熱を妄想させるために体が火照ってしまう。熱を帯びた自動車の真下に回れば、機械臭い盤面と数分の睨めっこ。


 ----『きっつい。』

 夏場はいつもそう思うんだヨ。


 冷房の効いた休憩所でバカンスが収録されたカタログや雑誌が目に入る。

 ピックアップされているのは大抵南国か海の景色……ちょっとした妄想は火照った体を絶妙に冷やしてくれる。錯覚とはいえ嬉しいことだ。


 安月給で過ごしているため叶う夢ではないが、やはり一度は行ってみたいと思いたくなるものではないだろうか? そういった楽園とやらに-----


『その夢、まさか叶うとは思わなかったんだよナ』


 ----涼しい風。満面緑の美しい草原。

 座り心地の良い岩場に腰かけ、猛暑に苦しむことなく昼寝なんてしている。


 貴重な経験だった。両手を広げ、美味しい空気を勢いよく吸い込む。

 こういう景色を目にし、心も壮大に安らいだところで明日もまた仕事を頑張れるなんて気持ちになれる。夢とはいえ、とても嬉しい事だ。


 明日も仕事を頑張らないと。

 そういう気分になってくるんだ。









 -----さてと。


「んでぇ、さァ~……?」

 広々とした大地の真ん中で、未成年の俺は思わず呟いていた。


「ココは何処だぁアァアアッ~!?」



 ----◆◆◆???歴1998年。8月6日。

 自動車整備の職場の作業着を身に纏い、ラチェットレンチを片手に持った俺はやつれ切った表情で空を見上げるしかなかった。


 帰り道のわからない。

 この知らない景色いせかいのド真ん中で----

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