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玉樹詩之

第一章 初仕事

第1話 荒廃した地球

 温暖化が進む地球。それに伴って各国は宇宙進出を試みた。

 ある国は長時間飛行することが出来るロケット開発に勤しみ、ある国は宇宙でも酸素を得られる特殊な家を開発し、そしてある国では人間を機械化することに精を出していた……。


 それから数年後、地球では宇宙へ渡る技術を奪い合う戦争が勃発した。国同士が同盟を結ぶことなど一切なく、我が国が先に宇宙へ逃亡するのだ。と醜い争いが始まった。それは後に『ミゼラブル・ウォー』と呼ばれた。何故そう呼ばれたか、それは大勢の犠牲者を出し、多大なる弊害を各国にもたらした挙句、各国の首脳が一斉に停戦を申し立てたからである。なぜこのような戦争が起きてしまったのか……。それを知るのは各国の首脳だけであった。

 一般市民、および兵隊たちは心身ともに大きな傷を負った。誰もがこの戦争に不平不満を抱いた。しかし上に、政府に逆らうことは出来なった。宇宙へ飛び立つためのスイッチは常に彼らが握っていたからである。

 終戦後、何人かの市民が射殺された。その理由は根も葉もない噂話を広めようとしていた。という内容であった。その内容とは、「今回の戦争は、ロケットや燃料に限りがあり、宇宙に飛び立つために世界の人口を削減するためだった」というものであった。多くの人間がそれを聞いて頭を縦に振った。しかしそこに政府の人間が現れると、皆が顔を背けた。


「誰だっ! こんなことを言い出したのは!」


 政府の人間がこう言い出すと、全員が顔を背けながら指導者を指さした。指導者はため息をついただろう。しかしその目は、ようやく地獄から解放される。とでも言いたげなものであったという。こうして政府は、政府の闇が漏れる、バレるのを防ぐために小さな芽を摘む作業を続けた。

 そしてまた数年が経ち、戦争での後遺症が悪化し急死するものもいれば、わざと噂話を大声でして射殺されるものもいた。そんな動乱の中、人間の死や動物の死、自然の死。それらを目に焼き付けながら、自らの無力を悔やみながら、しかし彼らに出来ることはただ一つであった。それはその辱めを耐え抜くことだけであった。耐えに耐え忍び生き残った、選ばれた、いや、選別された幸運の持ち主たちは、ようやく宇宙に旅立つことを許されたという……。


 それから五十二年の歳月が経過した……。地球は見るも無残な顔を見せており、荒廃した町。乾いた海。萎れた木々。地球には生物という面影はもうすでに消え失せていた。そんな地球に一機のロケットが降り立った。『地球派遣隊』である。


「シュー、シュー。まさか地球に来る日が来るとはな~」

「シュー、そうですね。俺も教科書で見た地球に来れるとは思っても見ませんでした」


 防護服のような、宇宙服のような、そんな重苦しい装いを纏った、若く年の近い先輩と後輩二人組がロケットから下りてきた。


「でも長居はしてられない。早く豚でも牛でも見つけて帰ろう。シュー」

「シュー、そうですね。こんなところに長くいたら死んでしまいますよ」


 男二人は息を合わせて笑った。そしてその後も話を続けながら、荒れ果てた街を発見する。


「あ、先輩、ここって!」

「あぁ、トウキョウ。みたいだな。シュー」


 建ち並ぶビルには草木が絡まり、地割れを起こし、奈落を覗かせる穴が数か所に点在し、交差点には数頭の牛と豚が歩き回っていた。


「シュー、いました!」

「シュー、よく生きていたな。早く捕まえて、我が故郷『エリアノース』に帰ろう!」

「はい!」


 二人は足元に気を付けながら、群れている豚と牛を追った。片方が豚、片方が牛。彼らは分担して生き残っていた家畜を追った。


「よし、捕まえたぞ!」


 大きさの関係もあり、先に捕獲を終えたのは豚を追っていた年上の男であった。


「シュー、そっちはまだか!?」

「もう少しです!」


 もう一人の男は牛を追いながら答えた。


「シュー、よし、豚をロケットに置いてくるから、俺もすぐ手伝う!」

「シュー、ありがとうございます!」


 縄で強引に首を繋いでいき、脇には二頭の豚を抱え、計五頭の豚を連れてロケットに到達した。そして豚をロケットに積み、しっかりとドアをロックした。


「シュー、おーい、大丈夫かー!」

「はい、もう一頭をお願いします!」

「シュー、分かった」


 ――豚を置いてきた男が返事をしたその時、ビルの陰を素早く移動する人型の影を見た。


「シュー、おい! 今人がいたぞ!」

「シュー、ちょっと、今冗談はいいですって 早くしないともう一頭が逃げちゃいますよ」

「……運んだら少し探索を手伝ってくれるか!?」

「シュー、はい、いくらでも付き合いますから、早くもう一頭の牛を」


 二人はそんなやりとりをし、手際よく牛をロケットまでひきづった。


「シュー、ふぅ、これで探しに行けるな」

「シュー、え、本気で言ってたんですか?」

「当たり前だ。生きていたら重要なサンプルになるだろ? そしたら俺らは大金に名声、何でももらえるかもしれないぞ?」

「何でも、か……。分かりました」


 二人はロケットのドアをしっかりロックしたことを確認すると、再び荒れ果てたビル街に立ち入った。


「シュー、このビルの陰だ」


 年上の男が先行したそのビルの陰には、『大喜多研究所』と書かれたボロボロの看板が今にも落ちそうにかかっていた。二人はそれを見ると、顔を見合わせて路地裏に突入していった。


「シュー、シュー、どこに繋がっているんだ……」

「シュー、シュー、さぁ、暗くてよく分かりません……」


 視界は悪かった。マスクを装着している二人には尚更のことであった。

 しばらく一本道を歩き続けると、目の前に数段の階段が現れた。それは下り階段で、下った先には鉄の扉が備わっていた。


「先輩が見た人影ってのは、ここに入っていったのかも知れませんね」

「あぁ、そうに違いない」


 二人はその階段を飛び降りるように下り、すぐに扉の前に立った。


「シュー、お前ノックしろよ」

「え、俺ですか?」


 年上の男は若い男を肩で押した。


「シュー、わ、分かりましたよ」


 若い男は手の甲を扉に向け、大きく一息つくと扉をノックした。


「すみませーん! 誰かいますか!?」


 ……返事は無かった。二人は黙って顔を見合わせ、もう一度ノックした。


「いたら返事をしてください! 今なら保護して宇宙に飛び立つことが出来ます!」


 そう言った瞬間であった。


「うるさいわい! 誰が宇宙なんぞに行くか! 帰れ!」


 高い嗄れ声が鉄の扉を貫いて、二人に届く。


「うわー!」


 年上の男はすぐに逃げ出した。しかしもう片方の年下の男は、驚きが大きかったせいか、その場に立ち尽くしていた。


「お、置いて行くからなー!」


 言い出しっぺの年上の男はそう言うと、さっさとロケットに逃げ帰ってしまった。


「シュー、シュー、ふっ、はははは。本当にあったのか……」


 置いて行かれた若い男はそう言うと、ポケットから一枚の紙片と写真を取り出した。写真には、茶色い綺麗なロングヘアと、そばかすが特徴的な女性が映っていた。それを少し見つめると、男は写真だけをポケットに戻し、同時に取り出していた紙片に目をやった。


「三回ノックして……。ミスターオオキタ、どうか私の願いを聞き入れて下さい。か……」


 若い男は紙片を見てそう呟いた。そしてそれをポケットにしまうと、扉を強く三回ノックした。


「ミスターオオキタ! どうか私の願いを聞き入れてください!」


 ……カチャ。ロックが解除されたような音がした。男はそっとドアノブに手を伸ばし、ドアノブを捻った。

 ガチャ。ドアノブは引っかかることなく捻ることが出来た。そして男はその扉を押し開けた。


「ご、ごめんくださーい……」


 若い男は恐る恐る入室した。中は薄暗く、足元がようやっと見えるほどであった。


「まったく、宇宙の連中はやかましくて仕方ない」

「そこにいるんですか? 大喜多さん?」


 若い男がそう問うと、暗かった部屋が一気に明るんだ。部屋の電気が点いたのであった。


「うっ、眩しい……」


 若い男は少し目を伏せた。そしてすぐ明るさに慣れて目を開けた。

 部屋の中央には、入り口側に長いソファがあり、長机を挟んでその向こう側に一人用のソファが備わっていた。部屋の左右には鉄のラックが最奥まで並んでおり、怪しげな瓶や、ロボットの手足、それに工具が乱雑に置かれていた。そして部屋の最奥には、一人の男性が作業台に向かって立ち、何かの作業をしていた。


「よく来たの。さっきの申し立てをしたということは、研究ではなく、『何でも屋』に対しての依頼らしいの?」

「は、はい! そうです!」

「そこに座れい」


 大喜多と呼ばれる、腰が曲がった白髪と白髭だらけの老人は、振り向くとボロボロのソファを指さしながらそう言った。ソファの前に並ぶ長机には、ティーカップが一つ用意されていた。


「し、失礼します」


 男はなるべく頭を上げないように努めながら、三人用ほどの長いソファの真ん中に座った。


「おい、ユート。コーヒーを出してやれ」


 大喜多は客人に背を向けながら、大きい声で誰かを呼んだ。

 すると間もなく、部屋の右奥にある扉から一人の青年が出てきた。右手にはデカンタを持っており、それにはインスタントのブラックコーヒーが注がれていた。青年は大喜多の近くに行き、コーヒーを注ぐ。それが終るとようやく、客人の前に用意されたカップにコーヒーが注がれた。そしてポケットを漁ると、スティックシュガーと使い捨てミルクを丁寧に並べ、左手に持っていたスプーンを手渡した。


「あ、ありがとうございます」


 男は礼を言った。青年は頭を下げ、何も言わず部屋の奥に消えていった。


「すまんの、あいつは喋れんのじゃ」


 大喜多はカップを持ちながら、男の対面にあるソファに腰かけた。


「いえ、良いんですよ」

「まずは名前を聞いてよいかの?」

「あ、はい、遅れてすみません。俺はハミルって言います」

「ハミル。じゃな。あと、それは脱いで平気じゃぞ?」

「わ、分かりました」


 ハミルはマスクを取り、防護服を脱ぎ始める。


「早速じゃが、依頼は何じゃ?」


 大喜多はコーヒーを啜りながらハミルを見た。


「えっと実は……」


 ハミルは言いづらそうに口ごもった。


「なんじゃ、その感じだと、噂を聞いて試したら開いた。というようじゃな?」

「え、あ、いや……。その通りです……」

「しかし悩みはあるように見えるがの?」


 大喜多は目を細めながら、ソファに脱ぎ捨てられたハミルの防護服のポケットからはみ出す写真を凝視した。


「あ、えっと、あるならこれですかね……」


 ハミルはその視線に気付いて写真を出した。


「女か、会いたいのか?」

「はい、しかし住むエリアが違くて」

「なるほどの。おぬし見たところ地球派遣隊じゃろ?」

「は、はい?」

「ここで死んだことにすればよい」

「え、えぇ!? 何でですか!?」


 ハミルは驚きの余り立ち上がる。


「おぬしみたいな坊ちゃんが地球派遣隊に入るということは、親に相当嫌われているか、関心を持たれていないか。そのどちらかじゃろ?」

「……。それでどうするんですか?」

「おぬし何歳じゃ?」

「え、えっと、十九です。それがなにか?」

「丁度いい。ユートも十九なんじゃ。あいつと組んで、何でも屋……。いや、『お助け屋』をやってみんか?」

「お、俺がですか?」

「おぬしみたいな人材を探しておったんじゃ。社交性があって、社会や親に不満があって、なにより行動力がある若い男をの」

「でも、どうやって……?」


 ハミルがそう問うと、大喜多はニヤリと笑って席を立った。そして先ほどまで作業をしていた作業台から一体の人形を持ってきた。そしてそれをソファに座らせ、ハミルに見せた。


「どうじゃ?」


 大喜多がそう言って見せた人形は、背格好がハミルとほとんど同じであった。しかし顔はぐちゃぐちゃに燃やされており、どんな顔だったのか判別はつかない。


「こ、これは……?」

「これはの、ユートの弟……の失敗作じゃ」

「弟さんはもう……?」

「そうじゃ、ユートが抱きかかえてここに来たんじゃ。しかしその時には……」

「そんなことが……」


 バタン。右奥の扉が閉まる音がする。それを聞いて二人は黙った。


「この続きはおぬしがここで働くかどうかじゃ」

「……俺、やります」

「いいんじゃな? 今ここでお前の戸籍は無くなるぞ?」

「はい。……俺は父さんの言いなりにはなりたくない。俺は他人を助ける仕事がしたいと思ってたんですよ」

「よく言った」


 大喜多は立ち上がり、持ってきた遺体を再び作業台に戻した。

 ハミルはそんな大喜多の背中を見ながら、ソファに腰かけてコーヒーを啜った。


「ぶはっ! にっが!」

「ふぁっふぁっ! まだまだガキじゃの!」

「はは、すみません」


 ハミルは吹き出したコーヒーを拭き、再びソファに座った。


「これをこのまま、おぬしと来たもう一人に渡してくる」

「いいんですか?」

「いいんじゃ、どうせパーツが足りんかったところじゃ」

「分かりました。よろしくお願いします」

「おいユート! 聞こえていたじゃろ? こいつをさっきのやつのところに持って行ってくれ!」


 その声に反応し、右奥の部屋からユートが顔を出す。そしてその人形を受け取ると研究所を出て行った。


「よし、この間に、おぬしには伝えておくことがある」

「は、はい!」


 大喜多の声が低くなったので、ハミルは姿勢を正して次の言葉を待った。

 大喜多は再びハミルの対面に座り、飲みかけのコーヒーカップに手をかけた。

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