2-4 夢のマイホーム 1

 10日弱の飛空艇旅行も終わりを告げようとしている。


 まるで飛行機のアナウンスのように、クジラんくんから到着の知らせが届く。


 報告を受けて窓から外を眺めると、眼下には王都の風景が広がっている。何でも人口は最初の町と比べて10倍近くに上るらしく、上空からでも都市の全貌を伺うことが出来ない。


 流石大都市である。


 町の船着き場まで案内してもらい俺達はクジラんくんとはお別れの時間となる。


 「ご苦労だったなクジラんくん」


 『バリバリとんでもないです。ララファさんが一声かけてくれればいつでもどこでも飛んでいきます。バリバリ皆さんもお気をつけて!』


 「ありがとクジラんくん! ばいばーい!」


 感謝の言葉を伝えて、クジラんくんは雲の中に融けるように消えていった。


 入国審査のようなものを受けて、入国の許可がおりてようやく肩の荷が下りる思いだ。


 最初の町と比べて王都は風邪が冷たく少し肌寒い気がする。上着の一枚でも買えばちょうどいいだろうか?


 それにしても最初の町に比べて人の数が圧倒的に多く、なんといっても自己顕示欲の強そうな冒険者が多く見受けられる。


 ランクの高い冒険者が多いのか、高そうな武器や鎧を身につけ集団で闊歩している姿をよく見る。俺もいつか我が物顔でどかどか歩いてみたいものだ。


 そのための第一歩として、まずはマイホームだ。


 馬車で30分ほど揺られて、ララファの知り合いの不動産屋にたどり着く。


 中に入ると、40代ぐらいの毛根の寂しいオヤジがいる。恐らく彼が店主だろう。


 「おお、ララファ様! お待ちしておりました!」


 「元気だったか親父。例の物件で来たのだが、今大丈夫か?」


 「もちろんです。どぞどぞこちらへ」


 言われ、店内にある長椅子に俺達は腰を掛けると親父が疑問の目を向けてくる。


 「失礼ですが、そちらの方々は?」


 「私の代わりに調査をしてくれる人員だ」


 「え、ララファは来ないの?」


 「これでも忙しい身の上でな。色々やることがあるんだ」


 親父は顎に手をやり難しい表情をする。


 「大丈夫ですか? 子供もいるみたいですが……」


 「そこは私が保証する。安心してくれ」


 流石に無理があるだろとツッコミたい所だが、「ララファ様のお墨付きなら」と何故か納得した形で親父は頷く。


 改めて家の状況を確認すると、住む人達は連絡もなく姿を消してしまうのだそうな。さらには家を取り壊そうとすると、事故や不思議なことが起きて手も足も出ないようだ。


 「や、やっぱり幽霊の仕業に違いないです……呪い殺されるに決まっています……」


 話を聞いてレインが体を守るように震えている。


 「まあ、聞く限りでは如何にもオカルトちっくだな」


 「そうですよ! 諦めて路上生活しましょう」


 「それはない」


 「ママ、無理しなくていいんだよ?」


 「むむむみりむりみりいなんかしてないれすよ?」


 すっごい目を泳がして言われましても説得力ありません。


 「とりあえず案内してもらえますか?」


 「ええ、もちろん」


 とりあえず見るだけでもしておこう。





 件の家は住宅街から少し外れた場所にあり、自然の多い土地にあった。


 気が付けば日も暮れていて、夕日をバックにした幽霊屋敷はミステリアスな雰囲気だ。


 外観は赤い屋根が特徴的な二階建ての一軒家で、ご丁寧に塀に囲まれて守られている。


 広さは30坪ぐらいだろうか? ちょっと気位が高い一般人が住む家といった感じで大変よろしい。贅沢な平凡とはこのことか。


 「そ、それでは私はこれで!」


 目的地に到着するなり、親父はビューンと走って逃げてしまった。


 あとは好きにしてくれということだろう。


 「じゃあ、わたしも用事があるから家に帰るが……どうしても嫌というなら泊めてやっても構わないぞ? その代わり私の下僕として働いてもらうが」


 ララファは挑発するような笑みを浮かべレインに向けて言う。


 「あなたの下僕になるくらいなら呪い殺されたほうがマシです」


 「くふふ、それならたっぷり苦しんで死ぬといい」


 「いやいや、死にに来たわけじゃないからね」


 悪人ララファは踵を返し笑いながら帰って行った。


 「ところでシャンは悪霊退散とか出来るの?」


 「やったこと無いからわかんない」


 「だよねー」


 そうなると、もし本当に悪霊の仕業だったら成す術がない。


 けれども引き受けた手前、なんの成果も得られませんでした! では格好がつかない。せめて原因ぐらいでも調べておきたいところである。


 「フェリちゃんも大丈夫? 怖くない?」


 「はい、問題ありません」


 「じゃあ行くか」


 家の前の小さな門を潜ると、緑の芝生が茂った小さな庭が迎えてくれる。


 「おお……まさに理想の住宅じゃないか。今の世の中これほどの家に住めたのなら、ちょっとした英雄だぞ」


 「わあ、すごい! お庭だ!」


 シャンも大喜びだ。


 俺もウキウキが止まらない。


 「あの、マジでここに住むんですか……?」


 反してレインさんはへにゃへにゃに萎えているご様子。


 「おう、幽霊と一緒にな」


 「いやいや、おいおい、幽霊とかいません。いませんがな!」


 「お前テンションおかしいぞ……」


 「あはあは! 摩訶不思議のクソッタレ! 幽霊でもチュパカブラでもスカイフィッシュなんでも来やがれでせうよ! ぎゃあ!」


 「ママがおかしくなっちゃった……」


 「なるべく見ないであげよう……」


 とりあえず彼女のことは無視して中に入ることにする。


 玄関からは特に霊気のようなものは感じられない。そもそも俺には霊感がまるで無いので感じないのは当然なのだけれど、雰囲気は至って普通だと思う。


 入ってすぐのところに二階への階段が設けられているが後回し。奥に進むと前の住人の家具がそのままにされているのか、ほんのりと生活空間の残った居間が迎えてくれる。


 「流石に前の住人の家具を使うのは申し訳ないな」


 「オーメン! オーメン! オーメン!」


 後ろの金魚の糞がごとく引っ付いてくる子がブツブツうるさい。


 「服の裾引っ張るならもっと可愛らし気に引っ張らない? 綱引きの要領で引くのやめて欲しいんだけど。あと掛け声はオーエスだろ」


 「せからしか! これはあの世に引っ張られた時のための踏ん張りなんです!」


 「今ちょっとビリって聞こえた!? 引っ張るのやめて、破れちゃうから!」


 「じゃあどこ引っ張ればいいんですか!?」


 「引っ張んじゃねえつってんだろ馬鹿たれ!」


 おかげで服はビロンビロンである。


 すったもんだした後、何とか説得して肩に手を置くという形で落ち着いた。


 探索に戻りキッチンの方に進むと、フェリちゃんが早速お茶の準備をしてくれている。琥珀色の液体に茶葉が揺れているのを見るに、何かしらのハーブティーなのだろう。


 紅茶は最近のフェリちゃんの趣味のようで、よくいろいろな種類の茶葉で淹れてくれる。世間的には効能がどうたら、匂いの良し悪しがどうたら語るべきなのだろうけど俺には違いがよくわからなくて、残念ながらトイレの芳香剤みたいな味というのが正直な感想だ。


 「今日はどんなハーブを使ってるの?」


 「リラックス効果のあるものを中心にしてみました。飲めばきっと落ち着くと思います」


 なるほど。レインのために淹れてくれたのだろう。


 全く、よくできた嫁である。


 「ご主人様のカップにだけボクの体液を混入させておきますね」


 「なぜ自己申告した」


 とりあえず聞かなかったことにして、隣の寝室を覗いてみる。


 中でシャンが大きなベッドをトランポリンの要領で楽しんでいた。


 「あはは、見て見て! すっごいピョンピョン出来るよ!」


 「埃たつからやめなさい」


 「ぶー」


 唇を尖らせ拗ねアピールしてからゴロゴロしだす。


 「何か変わったこと無かった? 例えば床に変なシミがあったり、掛け軸の後ろにお札があったり、天井裏に異様な臭いのゴミ袋があったりとか」


 「なーんにもないよー。ごろごろー」


 やはり幽霊さんも簡単には出てはこないのだろう。


 まあ、出てこないに越したものはないが。


 「フェリちゃんがお茶淹れてくれたから休憩にしよう」


 「はーい」


 休憩後に二階を調べてみたが空き部屋が二つあるだけで、特に気になる点はなかった。


 このまま何も起こらずに夜が明けてくれれば、めでたく夢のマイホームを手にすることが出来るわけだが、そう上手くいかないのがお約束である。


 事件が起きたのは眠りについたときのことだった。

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