1-13 かくれんぼ

 クエストと言えば、町を出て、モンスターを狩ったり山賊や盗賊を討伐したりなどの印象が俺にはあったのだが、残念なことにFランク冒険者は公園の草刈りなんかが最適なんです。


 いや、薬草採取を草刈りと言うのは聞こえが悪いかもしれないが、実際問題は国すら出ていないので冒険者を名乗るのも恥ずかしいのがFランクの世界だ。

 しかも、それすらまともにこなせていないのが俺です。クズです。もうダメです。


 とまれ、いま俺は公園の草木をほふく前進しながら地に這い蹲ってクズらしい生命活動しているのです。どうしてこんなことをしているのか俺にもわかりません。

 枝葉の隙間からシャンの姿はバッチリ捉えられている。シャンはきょろきょろうろうろと俺とレインの行方を捜しているようだ。息をひそめていれば見つかることは無いだろう。


 「やーん。必死に私たちを捜しているシャンの姿かわいいです」


 「ああ、まあ……いいもんだなあ」


 ん? あれ?


 「おい、なぜお前がここにいる」


 しれっと、俺の隣でレインがシャンを見てニヤニヤしている。


 「だってぇ、寂しかったんですもーん」


 「ふざけんな。一緒に行動なんかしてメリットなんかないぞ。あと足バタバタさせんなシャンに見つかっちゃうだろ」


 「あれあれ? 見つかりたくないんですか? 結構、真剣にシャンと遊んでくれているんですね? 意外です」


 こちらを煽るようにそんなことを言うレイン。


 「へへ、俺はかくれんぼで負けたことないんだぞ。そんなもんだから昔は根暗って言われてたんだぞ?」


 「それ、かくれんぼが原因じゃないと思います。というか、それって見つけてもらえなかっただけじゃないですか?」


 え? うそ? 確かに勝利を確信した時に決まって誰もいなくなっていた気がするが、それって皆帰ってたってこと? うそーん。


 「と、とにかく俺はかくれんぼで負ける気はない。お前がいたら勝てない」


 「勝ち負けは置いとくとして、シンヤさんが一人でここにいた方が不味いと思いますよ」


 「え、なんで?」


 「こんな時間に女児を木々の隙間から観察しているだなんて通報されますよ?」


 「いやいや、俺は知り合いだよ? しかもかくれんぼしてるだけだし」


 「残念ながら、世間はそんな事情知りません」


 うーむ、確かに知らない人からみれば俺は変質者で、レインがいなければあぶないロリコン野郎と勘違いされてもおかしくないだろう。


 「あ、シャンがこっちを気にしてますよ」


 「うお、本当だ。よーしレイン。土に還るぞ、鼓動を止めるんだ」


 「わかりました」


 そんなことで俺達は死んだふりをする。夕暮れ時の草木はひんやりとしていて気持ちが良く実に死にがいがあると言うものだ。ああ、ゾンビが羨ましい。

 刻々と時が過ぎる。風が吹くたびに頭が冷えてくる。


 「パパたちないしてうの?」


 「……」


 「……」


 俺が知るか。と返答したいところだが、生憎と俺達は土なので喋りません。


 「こちょこちょこちょ」


 すると、シャンはレインの脇腹辺りをくすぐり始める。


 「……あふ……んひっ……ひゃん!」


 とレインは人間らしい喘ぎ声を発するので、思わず横目で見ちゃうじゃない。まったく女児が美少女に跨ってあれやそれをしている光景だなんていやらしいかぎりである。もし俺が土じゃなかったら前かがみものだよ? でもね、大丈夫なの。何たって俺はいま土です。泥です。うつ伏せです。つまるところ反応していたところでバレません。そもそも反応してないからね?


 「ママみっけ!」


 「はあはあ、あはは……見つかっちゃいました……」


 あっさり白状するレインである。


 「さて……パパはどこだろうねシャン?」


 自ら受けた恥辱を味合わせたいのだろう。俺を尻目にシャンを煽るレインである。

 負けてたまるか。こちとらキングオブ陰キャだ。影の者として負けるわけにはいかないのだ。たとえ子供の遊びだとしても手を抜くわけにはいかないのである。


 「パパみっけ!」


 シャンが俺に跨ると再びこちょこちょを開始するのだが、



 父性スキル「こちょこちょ耐性」を習得しました。



 全くもって意味不明のスキル。そもそも父性関係ないような気がするのだが、そんなことはどうでもいい。これを利用するほかないだろう。


 「………………」


 「ん~、こちょこちょこちょ!」


 「………………………」


 「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!!」


 「……………………………………………」


 あら、いいじゃない。こちょこちょ耐性! 全然くすぐったくないもんね!


 「うーん……パパおきないよ?」


 「あらあら、寝ちゃったのかしら? 仕方ないですね。そうだシャン。パパが寝ちゃっている間にクエスト終わらせちゃいましょうか」


 「うん! シャン、くえすちょがんばる!」


 「………………………………………………………………………………」


 あれ? 俺もしかして置いてかれちゃう? いや、待て。落ち着けシンヤくん。これは罠だ。こうやって俺を疑心暗鬼に陥れて反応を伺う作戦に違いない。へへっ、バカめ。俺がそんな子供だましの罠に引っかかるか。やーいバーカバーカ!


 「じゃ、いこっかシャン」


 「うん!」


 ふたりは手を繋いで俺から離れていく。


 夕日が沈み始める。

 そこでようやく俺はあることに気が付いた。

 子供の頃に俺がかくれんぼ王子として名を馳せられたのは、きっと、こうやっていつまでも隠れているからではないだろうか? だから皆、俺を見捨てて帰ったのか。

 でも、そのことに気づいたころには二人とも姿を消していて、俺は捨てられた子犬のように地を這いつくばりながら夕日が沈む姿を眺めていた。

 ああ、夕日がきれいだ。



 結局、あの後クエストを終わらせたレインとシャンは俺を向かいに来てくれた。

 晩御飯はギルドの集会場にある食堂で食べた。といっても肉のような大層なものは食べられないわけで、素朴なパンとシチューと夕飯としては満足がいかない代物である。


 そんな質素な食事であるが、シャンはおいしそうにぺろりと平らげてしまう。

 あまりに幸せそうに食べるものだから、自分の分を半分あげてしまった。

 食事を終え帰宅すると、シャンはすぐに寝てしまう。


 「寝ている姿も天使ですねー」


 「そうだな。起きてる時もこれぐらい静かなら文句なしだね」


 「もう、素直じゃないですね」


 会話はそれだけで、夜の静寂に包まれる。

 考えてみれば濃厚な一日だった。俺達はまだ知り合って一日だと言うのに、家族なんて重いものを背負わされてどうなるかと思ったが、俺は案外悪くないと思い始めている。


 今までの自分の人生には無かったものに触れると言うことが、こんなにも素晴らしいことだなんて思わなかった。きっと、世の中のほとんどの人が触れていた当然の感情を俺は知らなかったのかもしれない。


 「シンヤさんは寝ないんですか?」


 「眠くないし、寝るところがないじゃないか」


 「いやだなあ、一つのベッドで川の字で寝ればいいじゃないですか」


 「いくらんんでもせまいよ。いいよ、俺は床に藁でも敷いて貧乏人らしく、惨めに、みすぼらしく寝るから。あ、気にしなくていいから」


 「いかにも気にして欲しそうな言い方されましても……シンヤさんこそ気にしなくていいんですよ? シンヤさんのことは信用していないですけど、女の子を襲うような度胸はないとわかりますから」


 グーで殴りたい。気持ちを抑えろ。俺は大人俺は大人……パーならセーフかしら?


 「そこまで言うならお言葉に甘えよう。ここで逃げたら男が廃るしね」


 「あは、男らしいですね」


 なんだか馬鹿にされている気がするけれど、いい加減レインの煽りにも慣れた。

 結局、俺達はシャンを挟むようにして床についた。

 当然、眠ることが出来ませんでした。


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