1-5 ママ参上

 そろそろママとやらが帰ってくるだろうと考え、自宅で待機することにした。

 つうか、なんで俺は律儀にシャンの子守なんかしてるんだろう。

 シャンは疲れてしまったのか、スヤスヤと穏やかな寝息をたてている。

 

 「とんずらするなら、今がチャンスだな」

 

 この子には悪いが、俺には魔王を倒して世界を平和にする使命があるのだ。こんなところで呑気に子育てパパなどやってられん。

 ママも帰ってくるようだし、一人で放置される心配もない。


 「さらばだシャン。英雄の娘になれるんだから恨むでないぞ」


 俺は意を決意し、ベッドから立ち上がるのだけれど、何かに引っ張られた。確認すると、シャンが俺の服の袖をつかんだまま寝ているのだ。


 「みゃう……」


 「……」


 おのれ、ちょこざいな。


 シャンを起こさないように指を一本、二本と慎重に開かせていく。


 「あと……一本……」


 「みゅう……」


 今度は反対の手でつかまれた。


 「…………」


 それに対応するように、俺も反対側の手を開いていく。


 「よーし、あと一本でグッバイだぜ」


 「みょう……」


 またしても反対側でつかまれた。


 「……………………」


 嗚呼! みょうってなんだよ!? 本当は起きてるんだろ? わかってて俺を弄んでいるんだ。そうに違いない。まったく、将来とんでもない悪女になるぞ、こいつは!


 しばらく俺たちは、グーとパーしかないじゃんけんを繰り返して、ようやく幼女の魔の手から逃れることに成功した。


 「今度こそバイバイだね」


 「なにがバイバイなんです?」


 突然、背後から話しかけられる。振り向くと、黒髪の綺麗な少女が立っていた。


 「お前がママか?」


 「年下に向かってママだなんて、変態さんですね」


 「違うわ!? 俺にそんな趣味はない! でも、たまに母性を求めたりもします」


 「うわあ……きもいですね。……そうです、私がママです。そして、会社から派遣された、技術部門のレインと言います。よろしくお願いしますね」


 ほわほわした声は、聴いた覚えがある。そう、ここに来る前のアナウンスの女の声に似ている。おそらく扉を間違えたのはこいつだろう。


 「やっと運営さんが来てくれたか。詫び石よこせクソ運営」


 「ちょっとしたミスで詫び石を要求しやがるだなんて。これだから民主主義は嫌なんです」


 えー、全然ちょっとじゃないと思うのですが。


 「何にせよ、はやく元通りにしてくれ。俺はこんな人生求めてない」


 「現時点では難しいですね。偽物の勇者様を見つけるのが先決です」


 「久保田さんはどこにいるんだ?」


 「残念ですが、この国にはいません。会うためには国を出る必要があります。なので、そのサポート役として私が派遣されたわけです」


 「チェンジで」


 「えー、こんな美少女と一緒に旅できるんですよー? 心が踊りませんかー?」


 気持ち悪いほどの猫なで声で煽ってくるのが癪に障ったから、脳天にチョップをかます。


 「あいた~。もう、冗談ですよお」


 「あ、ママだ! おかえいー!」


 俺達の声で起こしてしまったのか、シャンがいつのまにか起きてレインに抱きついていた。


 「ひさしぶり、シャン。パパに変なことされなかった?」


 「パパやさいくしてくれたよ!」


 「あら、良かったねえ。女の子の初体験は優しい方がいいもんね~」


 「おいこら、子供の前で下ネタはやめろ」


 「いはいれふ! 頬っぺたつねらにへくらはい!」


 ほらあ、シャンがきょとんとした顔で俺らのやり取りを見てるじゃない。

 なんにせよ、父親役を降りれる可能性があることを知り、幾ばくか安心した。俺にシャンの面倒を見れる自信が無いし、シャンにとっても良いことだとは言えない。


 「つうか、レインはシャンとどういう関係なの? 実の母親って風には見えないんだけど」


 「正真正銘、実の母親ですよ? まあ、お腹に宿して産んだわけじゃなくて、この子は所謂AIってやつなんです」


 「AI? じゃあ、シャンは人間じゃないのか」


 「うーん、人間の定義ってなんだかなあって感じですが、久保田さんの望んだ娘さんをご用意させていただきました。ちなみに、シャンの性格は私の趣味です」


 シャンは人の手で作られた存在。正直、言われなければ気付かないほど、シャンは人間らしい感情を見せてくれている。


 「さてさて、無職じゃ国を出ることも出来ないので、まずは職につく必要があります」


 「無職に人権が無いのはどの世界も一緒か」


 「仕事を引き受けることなんかも出来ませんからね。とりあえず就いて損はないです」


 「ハローワークみたいな場所でもあるの?」


 「歩きながら説明しますので、まずは神殿に向かいましょう」


 俺は了承してその場所に向かうことにした。


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