第4話 これが死神の仕事だよ

「キキキキキッ! キキキキキッ!」

 死神パッドのドクが、変な声で笑っている。

「キキキキキッ! キキキキキッ!」

「おいっ! ロックの旦那! 仕事でやんすよ」


 どうやら、これは笑っているのではなく『着信音』的なもののようだ。仕事の通知が来たのを知らせているらしい。

――ピッ、ピピッ、ピッ。

 僕はドクを掴んで、仕事の内容を確認した。

 名前「二階堂夏子(にかいどうなつこ)」 

 年齢「87歳」

 死亡「2日後に入院中の病院にて」

──ッピ!

 これが、死神としての初仕事だった。


 僕は、ドクと一緒に二階堂夏子が入院している病院へ向かった。

 病室の前に着いた僕は、ドアに手を伸ばし開けようとした。──その時。

「キキキッ! ドア開けて入ったらびっくりするでやんす。死神は壁を通り抜けられるんですから」


 僕はドクの注意を聞いて、壁を通り抜けてみた。

 今まで味わったことのない感覚と、ドアを通り抜けられたことに感動した。


 病室に入ると、点滴の管をして穏やかな顔で、眠っている女性がいた。

 二階堂夏子だ。

 見た感じ87歳より若そうに見えた。しかも、綺麗な白髪で上品な感じの女性だった。

 もちろん、彼女に僕のことは見えない。──今は。


 僕は、眠っている夏子をじっと見ていた。

──本当にこの人が2日後に死ぬのか。

 そこへ看護師が入ってきた。


「二階堂さん。血圧と体温計る時間ですよ」

 看護師の呼びかけに、夏子はゆっくり目を開けた。

「いつもありがとうね。寝てばかりだと退屈で、早く元気になって外に出たいよ」

「そうね。そのためには、ご飯も頑張って食べてお薬も飲んで、早く治さなきゃね」

 夏子と看護師が、そんなやり取りをしている。

 

 すると突然、夏子が病室の入口の方を見ながら、不思議そうに言った。


「あれ? 看護師さん今日は二人かい?」


 ――僕は、ビクッとなった!


 病室には、夏子と看護師と僕だけ。もちろん今の夏子には、死神である僕の姿は見えるわけない。


「何言ってるの二階堂さん。今日も私一人ですよ。冗談はよしてください」

 と看護師は笑いながら答えた。

「そうかい。だいぶ目も見えなくなってきてね。こんなに近い看護師さんの顔もまともに見えないよ。後ろのほうに、ボヤっともう一人いたように見えてね」

 夏子も微笑みながら答えた。


「もしかして、これですか?」

 看護師は、入口近くのハンガーにかけてあった白いバスタオルを夏子に見せた。

「そうかもしれないね。でも、一瞬黒色に見えたんだがね。気のせいかな」

 夏子はまた、微笑みながら答えた。

 

 僕は、心臓がドキドキしていた。もしかして夏子には僕が見えているのか?

――いや、そんなはずはない。

 死神の姿は、人間が死んで魂になって出てきた時にしか見えないはず。


 「キキキッ! 旦那、旦那。人間でもたまに死神が見える奴がいるらしいですぜ。生まれ持った霊感が強いやつとか、死が近いやつに急に見える力が備わったりとか」

 ドクが耳元でささやいた。

「な、なるほど……。そういうこともあるんだな。しかし見えていても問題はないだろう。誰も信じないし。見えたところで何もできないだろう」

 

そんなことを考えながら、僕は、外の空気を吸いに外へと出た。


 ──どれくらい時間が経っただろう。


 色んなことがありすぎて、考え事をしていたらすっかり辺りは暗くなっていた。

 僕は、夏子の様子を見に病室へ戻った。


 ──夏子は起きていた。


  カーテンの閉まっていない、月明かりが差し込む窓の外をじっと眺めていた。

 死期が近づいていることを、何となく感じているのだろうか。

 窓の外を見つめる夏子は、すごく不安そうで、寂しそうで、今にも泣きだしそうな顔をしている。


 ──僕は、何とも言えない気持ちになった。


  窓の外を眺めていた夏子が、何かを感じたのか急に部屋の中を見た。


 ──僕は息を飲んだ。


  そして、次に夏子が発した言葉に僕は驚いた。


 「あなたは誰だい? 昼間もここにいたわね?」


  僕はドキッとしたまま、夏子の見間違いだろうと思いしばらく息を殺して立っていた。


「私は目が悪いけど。誰かがいることぐらいはわかります。あなたは誰ですか?」

 僕は小さな声で答えた。

「し、死神……、です」

 もし、姿が見えたとして声まで聞こえるのか?

「えっ? 何? 何て言ったの? ごめんなさい耳も遠くて聞こえないの」


 夏子に僕の声は届いていた。


「僕は、死神です!」

 今度は大きい声で答えた。

「死神? 死神にしては、自己紹介が丁寧で優しい声ね。死神はもっと怖いんじゃないの?」

 夏子は優しく微笑みながら言った。


「それで死神さんが私に何のご用? まさか、私を殺しに来たの? こんな老いぼれわざわざ殺さなくても、じきに死ぬわよ。」


 夏子は笑いながら話しているが、さみしそうな表情をしている。


 「死神は人の命を操ることはできません。あなたが亡くなった時、あなたの魂を無事に死者の門へ送る役割をするのが、死神です」


 僕は冷静さを取り戻し答えた。


「そう……」

 夏子は目線を下に向けた。

「それじゃあ、あなたがここに来たということは、私はもうすぐ死ぬということなのね?」

 夏子の問いかけに、僕は何も言えなかった……。


「おかしな死神さん」

 夏子は笑っている。


「死神なのに人の命に同情してるの? かまわないの。自分の体のことは、自分がよくわかってるから。元気になって退院することもできなし、もう長くないってことも……」


「全部わかってるから……」


──僕には、夏子にかける言葉が見つからなかった。


  そして、僕は必死に自分に言い聞かせていた!

 苦しくなる自分の心を押さえ込むように!

 自分の心がこれ以上、動じないように!

 夏子に情けをかけないように!


「これが死神の仕事だよ」

 僕は何度も自分に言い聞かせていた。

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