第6話 トラップ職人の朝は早い。

 トラップ職人の朝は早い――

 正確に言うのであれば、一般の方でいう夕方のことなんですがね。

 夕方5時半、アーロン様は目を覚まします。一般人の感覚でいうところの早朝5時半だと思えば本当に早朝のご起床です。

 目を覚ましたアーロン様は、ベッドの上でうーんと伸びをすると、朝ごはんを食べにダイニングへと向かいます。

 ちなみに私には睡眠が必要ありません。そしてアーロン様のベッドを整えたり、朝ごはんを作ったりするのは私の仕事です。

 ベッドのシーツがふわりと浮かび上がり、洗濯物のかごへと吸い込まれていきます。アーロン様は寝相があまりよくないので、足元のほうへと枕は飛んでいってしまっています。私は枕も持ち上げて元あった場所へと戻します。

 よし、今日もベッドメイクは完璧です。

 分裂思考中の『私』はどうでしょうか。そちらに意識を合流させると、アーロン様がダイニングに入るのとほぼ同時に、フライパンを火にかけたところでした。

 家の横で育てたにわとりの卵をフライパンに落とし、ベーコンと一緒に焼き上げます。パンは自家製です。いつでもふかふかのものをご提供できるように努力しています。

 アーロン様は寝ぼけ眼で椅子に座ると、大きなあくびをしました。そんな彼女の前に、私は魔術新聞を差し出します。

 この新聞は、所持さえしていれば、いつでも最新の情報を表示してくれる便利な新聞なのです。しかもバックナンバーも閲覧できます。魔術の進歩もここまで来たかと思えるほどハイテクな新聞ですね。

 新聞をめくっていくアーロン様の寝癖を、宙に浮かばせた二つの手で直していきます。アーロン様はくせっ毛の部類に入るので、これがなかなか重労働なのです。

 十分ほどかけて寝癖を直し切ったあたりで、朝食はできあがりました。

 裏の畑でとれた柑橘類と野菜のジュースに、ふかふかのパン、それからベーコンエッグをアーロン様の前へとお出しします。アーロン様は目をこすったあとに、食器を手に取りました。

「いただきます」

 最初にアーロン様が手を付けたのはベーコンエッグでした。半熟の卵にフォークを突き刺し、白身やベーコンに絡めて食べるのがアーロン様の好みの食べ方です。

 いつも通り黙々とアーロン様は朝食を口に運んでいきます。

 だけどなんだか今日のアーロン様は寂しそうです。ふと彼女は手を止めると、向かいの席を見て、それから視線を落としました。

 なるほどそういうことですか。

 私はちょちょいっと体を動かし、アーロン様の前に人形を作りだしました。

「ミニホムちゃん?」

 突然の私の登場に、彼女は驚いているようでした。私はとてとてと朝食に歩み寄り、アーロン様と向かい合って座りました。

「ご主人様、私も食事をともにしてもよろしいですか?」

 きっと騒がしい……もとい、明るくてよく喋る勇者様がいなくて、少し寂しくなったのでしょう。私はそう判断しました。そしてどうやらその推測は正解だったようで、アーロン様ははにかんで小さく一度うなずきました。

 いちいち所作が本当にかわいらしい方です。私は身もだえしそうになってなんとか引きとどまりました。今、体を動かしてしまえば、机の上の朝食がひっくり返ってしまいますからね。

「おや」

 ふと私はその違和感に気づいて門のあたりに意識を集中させました。

「お客さん?」

「そのようですね」

 モニターにその人物を映し出します。そこにいたのは、黒い服を着た――あれはたしか最近流行りの礼服で、背広とかいうのでしたか、とにかくそれを着た男性でした。

 背広を着た人間が来るだなんて初めてのことです。だって実はこの家は幻惑結界によって守られていて、普通の人が迷い込んでくるだなんてことはほとんどありえないのですから。

 私たちが困惑しながら見守っていると、彼は丁寧にも門に備え付けられたインターホンを押してきました。門は開いているのだから勝手に入ってきてもいいはずなのに、ここまで律儀なお客様は久しぶりです。

「ただの人間のようです」

「泥棒っぽくもないよね」

 彼から受けた印象を、私たちはぼそぼそと語り合います。ですが律儀な人間にはそれ相応の対応をするべきでしょう。

「直接インターホンに出られますか?」

「……顔出しはなしで話してみる」

「かしこまりました」

 アーロン様の声が届くように、音声術式を繋げます。彼女は緊張した面持ちで問いかけました。

「はい、何のご用ですか?」

 その声を聴いた途端、背広の男性は顔を笑みの形にゆがめました。

「はじめまして。実はわたくし、魔王教の信者なのですが……」

 魔王教。聞いたことがない。絶対にろくでもない宗教だ。

 歪める顔がない私の代わりに、ミニホムちゃんはおもいっきり顔をしかめました。

 いやそうな顔をしたのはアーロン様も同じのようでした。

 相手が子供だと悟ったのでしょう。背広の男性はにこやかにインターホン越しに尋ねてきます。

「お父さんいますか?」

「いません」

 即答でした。

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