第3話 VSコボルトの群れ

 勝負に勝つにはまずは敵のことを知るのが先決です。それっぽいことを言ってみました。特に先人の知恵というわけではありません。

 ですがあながち間違ってはいないでしょう。とりあえず私は、アーロン様の目の前に侵入者たちをアップで映し出しました。

「コボルトの群れですね」

「毎度懲りずに来るよね、この子たち」

「違う村の出身なんですかね」

「叩きだされたことを忘れちゃってるんじゃないの?」

 私たちは本人たちが聞いたら激怒しそうなほど、さんざんな言葉で彼らを形容します。

 だって仕方がないじゃないですか。彼らったら挑戦回数100回超えですよ、100回超え。いい加減にしてもらいたいものです、まったく。

「まあまあ、もしかしたら今度こそはとあきらめずに挑戦しにきているのかもしれませんし」

「ふーん、じゃあこっちも全力で迎え撃たないとね」

 私の不要な一言で、どうやらアーロン様の心に火がついてしまったようでした。こうなったアーロン様は止められません。私には哀れなコボルトたちを見守ることしかできないのです。

「さてと、今日はどの部屋にしようかなー」

 アーロン様はモニターに映し出された画像の一覧をフリックして選び始めました。それらは侵入者が(どのような方法で侵入したとしても)最初に入る部屋の画像です。

 そう、この『家』は、入る人やタイミングによって、どの部屋につながるのか分からないトラップハウスとなっているのです。

「コボルトにはやっぱり24番かな」

 24番の画像を押して、魔法陣の中へと移動させます。画像はまるで吸い込まれるようにして消え、その代わりに魔法陣の上にもう一つモニターが浮かび上がります。これが、最初の部屋の中継モニターです。

 その部屋は、十階建ての吹き抜けがある螺旋階段のある部屋でした。いえ、これが部屋なのかどうかというのは議論の余地があるところではありますが、とりあえず部屋ということにしておきましょう。

 何しろここはトラップハウス。面積も高さも自由自在なのですから。

 コボルトたちは正門から侵入すると、おどおどと辺りをうかがいながら『私』へと近づいてきました。

 なんですかその怯えようは。たしかに夜ですが、こちらは何の変哲もない民家ですよ。表向きは。

 まあ裏を返せば人食いハウスと呼ばれても仕方がない存在なのですが――などと考えているうちに、コボルトのうちの一人が情けない悲鳴を上げて宙につるされました。

「あっ、一人脱落」

 トラップワイヤーというやつです。輪になったワイヤーを踏み抜くと、それによって木にぶら下げられる罠です。

 コボルトたちはそれを見て、仲間をなんとか助けようとしていましたが、彼らの身長ではとても木には届くはずもありません。

 カラスが甲高い声で一度鳴くのを聞いたコボルトは、身を縮こまらせて慌てて『私』へと近づいてきました。

「見捨てるなんて薄情者ですね。あとで回収して敷地外に放り出しておきます」

「うん、よろしくね」

 二階建ての家のドアを小鬼たちは緊張して見上げ、数秒待ってからそっとドアを引いて開けました。

「コボルトはいいよねー、ちゃんとドアから入ってきてくれるもの。礼儀ってものがあるよね」

「その通りですね。対策も打ちやすいというものです」

「単純すぎてちょっとつまらないけどね」

「それは思います」

 ほのぼのと会話をしているうちに、コボルトたちは階段に向かって一歩ずつ歩き出していました。アーロン様はそれを凝視しながら、先頭のコボルトがある床を踏んだ瞬間にボタンを押しました。

 その瞬間にコボルトが足を置いた床は跳ね上がりました。しかし、彼が壁に激突することはありませんでした。ゆっくりと足を進めていたおかげで、罠に直撃することはなかったのです。

「おお、避けた」

 私たちは感嘆の声を上げました。

 それだけではありません。コボルトたちは持っていたこん棒を使って、床を軽く叩きながら進んでいるのです。なんという賢さ! なんという学習力!

 私は感動で身を震わせてしまいました。つまり壁がぐらぐらと揺れたわけです。当然ながらコボルトたちはおびえましたし、アーロン様も嫌そうな顔をしています。

「すみません、つい」

「いいけど今は集中してね」

 こんこん、とんとん、と、一マスずつ進みながらコボルトたちは階段に向かいます。しかし、最後尾のコボルトがあるマスを押したその時、突如壁から丸鋸が飛び出し、猛烈な音を立てて彼らを追いかけ始めたのです。

 当然彼らは階段を駆け上っていきます。足をもつれさせながら駆け上っていきます。しかし丸鋸は八階分ぐらいまで追いかけたところで突如消えてしまいました。まあ、消したのはこちらなんですが。

 私たちは別に侵入者を殺したいわけではないのです。でも、ただ追い返すだけでは、大勢の仲間を連れて何度も来てしまうでしょう?

 だからその気がなくなるまで、驚かして、脅かして、いたぶって、もう二度と来たくないと思わせるまで追い返し続けるのが私たちの目的というわけなのです。

 さて、モニターはコボルトたちに戻ります。間一髪のところで生き残った彼らは、上階目指して階段を駆け上り始めました。

 しかし、上っても上っても、上がっている気がしないのでしょう。なぜならコボルトたちの進む方とは逆に、下に向かって階段は流れ続けているのですから。

 やがてコボルトたちの走る速度より、階段が落ちていく速度のほうが上回り、コボルトたちは悲鳴を上げながら下階へと流されていきました。

 一階にたどりついた彼らを待っていたのは粘着床でした。動きづらいでしょうが、本気を出せば逃げられないほどではないでしょう。コボルト用にそういう風に作ってありますから間違いありません。

 折り重なった彼らは、互いを踏みつけながら、なんとかそこから脱出しかけました。

 ええ、脱出してそれでもなおこちらに向かってこようとしたのです。

 私はそれに敬意を表しようとしました。アーロン様をうかがいましたが、彼女も同じ気持ちのようです。

 すなわち――次の試練に打ち勝てたなら、アーロン様へのお目通りが叶うということです。

 アーロン様はいっそ厳かなぐらいの面持ちで、最後のボタンを押しました。

 コボルトたちは粘着床から脱出して、全員で再び階段をのぼっていこうとしました。しかしそんな目の前に突如巨大な影が現れたのです。

 鋭い爪と牙を持ち、硬い鱗で全身を覆い、大きな翼を持ったそれは――まさしく竜というやつでした。

 実はこれは本物の竜ではありません。ついさっきアーロン様がモデリングしていた竜の幻覚なのです。

 しかしコボルトたちは泡を食った様子で、階段から駆け下りて、そのまま屋敷の外へと逃げ去ってしまいました。惜しいところまで来たんですけどねえ、残念です。

「じゃあそろそろお昼にしよっか」

「はい、準備は整っております、アーロン様」

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