第18話 悪役の訃報

 サーリィの才能を開花してから二日が経った。

 あの出来事を経て気を許した彼女とは完全に打ち解け、語らえば百年の友の如く、見つめ合えば晩年の夫婦の如し、なんて事もなく相変わらず怯え怯えられの関係を保っている。

 だが全く変化がなかったと言えば嘘で、以前よりは打ち解け、彼女から話しかけてくれる事も多くなったとは思う。


 また、才能開花スキルについても少しだけ話をした。

 奴隷という立場であるなら口外の禁止を強要する事もできるし、彼女にはより恩義を感じてもらう必要もあったからだ。

 ちなみにそのことを知らせた時の反応は


「し、信じられません……」


「でも私自身が証人ですよね……」


「なるほどこの力で配下を強化して今までの悪事を……」


「わかりました私もできる限り悪事に手を……」


 などと口々に言葉にしていた。

 自分の身に起きたことを理解した彼女は改めて俺に対して頭を下げ、襲いかかったことに対しても深く謝罪していた。


 悪事がどうとかはルインフェルト異世界に来たばっかりだからワカンナイ。


 そして食材の買い込みやらがある程度済んだので、そろそろ自分の城と言われているラークアーゲン城に行ってみようと思っている。

 アイテムボックスという存在がある以上、金銀財宝が置いてあるとは思えないが、何かルインフェルト先輩について知ることぐらいはできるだろう。

 知ることに意味があるかはわからないが、興味はある。

 なら一度行ってみるのも悪くはない。


「というわけでラークアーゲン城に戻るぞ」


「と、突然すぎて何がというわけなのかはわかりませんがわかりました」


 どうやらサーリィに思考を読む能力はなく、『急に何か喋り出したぞコイツ』と思われたようだ。

 彼女には主人の考えを慮る力がまだまだ足りてないな。

 是非とも鍛錬して熟練奴隷になってほしい。

 そして何も言わなくとも服を脱ぎ出すような、そんな素敵なレディに育ってほしい。


「あの、お城に戻られるのは良いのですが……」


「ん?」


「ラークアーゲン城で飼われているという殺戮狂犬ギャラルドッグが、その、私に襲いかかってきたりとかってしません……よね?」


「……だ、大丈夫だ」


 ルインフェルト先輩が犬を飼ってたなんて初耳です。

 殺戮狂犬ギャラルドッグか。

 きっと普通の犬に、将来殺戮を繰り返すほど強くなってほしいと思いを込めてつけてあげたというだけだろう。

 そうに違いない、そうだと信じよう。


「あとは殺戮機械人形や殺戮罠が私に向かって作動したりとかは……?」


「心配ない心配ない」


「そ、そうですか!」


 ホッと胸をなでおろすサーリィ。

 ラークアーゲン城、殺戮多すぎじゃないですか?

 ちょっと行くのが怖くなってきたぞ……サーリィに行った手前ではあるが無理に今行く必要もないのかもしれない。


 そんなことを考えていた時、急に下の階から大きな声が聞こえた。

 一人が大声を上げているというよりは、大勢が歓声を上げていると言った感じだ。

 下は食事場なので話が盛り上がっているだけという可能性もあるが、それにしても声が大きい。


「何でしょう、様子を見てきましょうか?」


「いや、俺も行こう」


 サーリィは奴隷という身分なのであまり単独では行動させたくない。

 才能を二個得たとはいえまだまだ非力なのに変わりはないからな。

 

 立ち上がり彼女の開けてくれたドアをくぐって部屋の外へ出る。

 扉という緩衝材がなくなり歓声がより大きなものとして耳へ届いた。

 どうやらこの宿屋内だけというわけでもなく、外でも声を上げている輩はいるようだ。


 とりあえず階段を降り、すぐ近くにいた男に話しかけてみる。


「何があったん「うおおおおおおおお!!」」


 俺の声をかき消すかのように男は拳高らかに大声を上げた。

 よほど嬉しい出来事なのだろう。

 横から話しかけられたことに気づかないほど。

 気を取り直してもう一度声を掛ける。


「何があっ「やったぞおおおおおおおおお!!」」


 ……落ち着け、故意ではないんだ。

 我が心は大海原のごとく。

 苛立ってなんかいないサ。


「何があ「解放だあああああああああああ!!」」


 ……コイツ実はわざとやってるんじゃないだろうか。

 一発ぐらいぶん殴ってやろうか。

 いや、落ち着け。

 そうだサーリィを見て心を安らげよう。

 くるりと彼女の方を振り返る。


「み、皆殺しですよね、わかりますっ」


「……何が?」


 カタカタと震えながらも右手を変形させて『私も頑張ります!』という姿勢を見せるサーリィ。

 何の悟りを得たのかは知らないが、別に俺はこれぐらいで皆殺しにしたりしないから物騒なおててはしまってもらおう。

 そして声で届かないならと男の肩を二度ほど軽く叩いた。


「ん? なんだ?」


「うおおおおおおおおお!!」


「うあああああああああ!?」


 俺の大声に驚いた男はその場に尻餅をつく。

 ふっ、ざまあないぜ。

 彼からしてみれば見知らぬ奴に肩を叩かれたかと思えば急に意味もなく大声を浴びせられたのだからそりゃあ驚くだろう。

 でもまあこれも因果応報というものさ、わかってくれ。


「な、何なんだ急に!?」


「まあ、気にするな。それでこのお祭り騒ぎは何なんだ?」


「まだ聞いてないのか! あの人族きっての、いやこの世界ダリルネスきっての大悪党ルインフェルトが、無境の勇者様に討伐されたそうだ!!」


「……なるほど、それはめでたいな」


 どうやら俺が討伐されたらしい。

 正確にはムキョウ?の勇者とやらが俺を討伐した知らせがこの街にも届いた、ということだ。

 サーリィは何が何だか分からず、俺の顔と男の顔を交互に見ながら口をパクパクとさせている。

 その口に手を突っ込んで、オエッてさせたい。


 ムキョウの勇者って言うのは十中八九ルインフェルト先輩と戦ってたあのイケメンのことだろう。

 森の反対側にあるであろう街で討伐を報告し、それがこちらにもやっと届いた。

 そしてこのお祭り騒ぎか。

 何だか悲しくなっちゃうぞ。


「この街はラークアーゲン城に最も近い街だったからな……近々祭りも開かれるらしいぞ!」


「なるほど、それはめでたいな」


 適当に返事をしながら考える。

 これは少し面倒になったな。

 ルインフェルトの訃報が知れ渡ってるとすると、我が城ラークアーゲンに面倒な輩が、『ルインフェルトがいないなら中にあるものもらってこうぜ!』といった輩が湧いてくる可能性が高い。

 と言うか情報の時差を考えるとすでに湧いているだろう。


 んー、どうするか。

 こうなったら城に戻るならなるべく早い方がいいだろうし、でも戻れば勇者に生きていると言う情報を与えることになるだろうし。

 集まってる輩を皆殺しにすればあるいは……?

 いや結局は第二第三の波が来るだけ。


 まあ、結局は一択か。


「よし、じゃあこの場所のめでたいは任せたぞ。俺は別の場所をめでたくしてくる」


「お、おう、そうか気をつけて……な?」


「ああ。行くぞサーリィ」


「はいっ」


 はてなマークを浮かべる男を置いて一度部屋へと戻る。

 大体の物はアイテムボックスに入っているが、本などは机の上に置きっ放しだった。

 それらをしまいつつ傍に控える彼女にも身支度を促す。


「すぐに城へ戻るから準備をしろ」


「は、はい!」


「もうここには戻ってこないだろうから荷物は全部持っていけよ」


「わかりましたっ」


 いそいそとリュックに物を詰め込むサーリィ。

 全てアイテムボックスに入れておくこともできるが、最低限のものは普通の鞄に入れておく方が楽だったりする。


 忘れ物がないか最後に確認した後、宿を引き払って最初に街へ侵入した場所へとやってきた。


「あれ、街の出口はこっちにはないですよね?」


「そうだな、でも城へはこの辺りから出るのが一番近いんだ」


「なるほど? と言うことはどこかに隠し扉でもあるんでしょうか?」


「そうだなサーリィ……この街は一面壁に覆われているが空は青いと思わないか?」


「は、はあ。それはそうで、す……もしかして?」


 何か思うところがあったのかサーリィは後ろにそびえ立つ外壁を見上げた。

 高さはビルの三、四階程度で約10メートルといったところか。

 普通の人間が上から落下すればまず無傷では済まないだろう。

 サーリィはしばらく壁を見つめた後、少し青い顔をしてこちらを見返して来たので笑顔で答えてあげる。


「飛び越えるぞっ」


「………………はい。ッひ!?」


 覚悟は決まったようなので早速とばかりに彼女を抱える。

 いわゆるお姫様抱っこと言うやつだ。

 ああ、サーリィの温もりやら匂いがかつてなく感じられる……。

 このまま一時間ぐらいここで立ち尽くしていてもいいな。


「わ、私なら大丈夫ですっ。行きましょう!」


「……そうか。一応言っておくが面倒になるかもしれないから悲鳴をあげるのはなしなよしじゃあ行くぞレッツゴー」


「え? え? ん〜〜〜〜〜!!」


 突然の指示をしっかりと受け取る前に始まった壁越え。

 なんとか声を出すまいとサーリィは自分の手でその口を覆っていた。

 また硬く閉じられた目からは幾分かの水滴がポロポロと溢れている。

 今ならその涙をペロっとしてもバレないだろうか。

 いやひとまずは柔らかい体を堪能できていることで満足しておこう。


 問題なく壁の外へと着地し、そのままの勢いで森の中へと走り出す。

 近くに人の気配がないことはわかっていたので誰かに見咎められたということもないだろう。


「か、壁はもう超えましたか?」


「ああ、このまま城まで走っていく」


 サーリィを下ろして走らせたとすれば城に着くまでだいぶ時間がかかる。

 今は少しでも早く到着したい状態なのでそれは却下だ。

 それに抱えたまま猛スピードで障害物やら崖やらを超えていけば吊り橋効果が狙えるかもしれない。

 あと、柔らかくて暖かくていい匂いがする。

 女の子万歳。


「しっかり掴まっていろよ、サーリィ」


「はいっ」


「しっかり掴んでいろよ、俺」


「そ、それは本当にお願いしますね!?」


 落とされては堪らないとぎゅっと掴む手を強めるサーリィ。

 この街に来るまでは三日ほどかかったが、走っていけば一日とかからないだろう。

 

 途中でおんぶに切り替えるのもありかもしれないな。

 


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