第14話 悪役の怒り

 あまりにも驚き過ぎて暴挙を見逃してしまった。

 だってそうだろう、まるで乗っているゴミをのけるかのようにサーリィを蹴落として男は椅子を持って行ったのだ。

 初めから彼女のことなど見えていないみたいに。

 そして周囲もそれに対してあまり反応していない。


「立てるか?」


「は、はい。大丈夫で、痛っ! 大丈夫です」


 手を貸してあげようとしたが、彼女がその手を取ることはなかった。

 少し、というかかなり悲しい。

 

 今はそれよりも怪我の具合だ。

 見たところ腹部が軽い痣になっている。

 綺麗な肌が青く染まっていた。

 自分が回復の魔法を使えないことがこれほど悔しいとはな。


「これを塗っておけ。魔法ほどじゃないがすぐによくなる」


 アイテムボックスから回復の塗り薬を取り出してサーリィに渡す。

 普段なら俺みずからねっとりと塗ってあげるのだが、今はそんな気分じゃ無い。


「ありがとうございまひっ!」


 サーリィがお礼の途中で俺の顔を見て悲鳴をあげる。

 今ばかりはそれも仕方ないだろう。

 かなりの不機嫌さを醸し出してることが自分でもわかる。

 ここまで怒りを覚えたのはこの世界に来て初めてだ。

 

「少しここで待っていろ」


「あ、あの私は別に……」


「すぐに終わるし殺しはしない」


 怒っているとはいえ理性は飛んでいない。

 ここで殺してはいけないということぐらいわかっている。

 

 サーリィは初めから椅子に座りたがらなかった。

 彼女は奴隷の扱いの悪さを知っていたからだろう。

 それを俺は無理やり椅子に座らせた。

 つまりこれは俺のせいで起きたことで、悪いのは全て俺なのかもしれない。

 

 だからなんだ。

 じゃあ八つ当たりしようじゃないか。

 俺は悪役なんだから。

 それぐらい構わないだろう?


 立ち上がって彼女の元から離れた俺は、主役と言われていた男の背後に立つ。

 他の四人は俺の接近に気づいていたが、当の本人は振り返らない。

 話しかけるように主役の肩にぽんと手を乗っけた。


「ん?」


 振り返ったのと同時に手に力を加えて後ろに引く。


「ぬわあ!?」


 ガシャンと大きな音が店内に響き渡った。

 男は椅子ごと背後に倒れこむ。

 周囲の視線が集まってくるのがわかったが、止めることはしない。

 ひっくり返った椅子を持ち上げて、乗っていた男は蹴落とした。


「痛ってえな!! 何しやがる!?」


「あ? これはもともと俺の奴隷が座ってた椅子だろうが。取り返して何が悪い」


「はっ! 奴隷が椅子に座って飯食ってることがそもそも悪い! 魔物のくせに人と同じように食事するなんておこがましいんだよ!!」


 サーリィが魔物だと?

 こいつ魔物と魔族の区別もつかないのか。


「どうやらお前は頭だけじゃなくて目も悪いみたいだな。倒したっていうグリムグリズリーだかプリンフリスビーだかも只の子グマだったんじゃないか?」


「なん、だとてめぇ!!」


 男は酒が入っているのかもともと怒りっぽいのか顔を真っ赤にしていた。

 もしかして図星だったんだろうか。

 腰に差していた剣を抜いてこちらに向けてきた。

 どこからか女性の悲鳴が聞こえる。


 そんな一触即発の中、座っていた四人の男の内で比較的細身のやつが立ち上がって間に入ってきた。


「おいおいザウナー、落ち着けってこんなところで剣を抜くな」


「どけファウル! そいつにわからせないといけねえ!!」


 主役と言われてた男がザウナーで細身の男がファウルらしい。

 ついでに鑑定もしてみた。



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ザウナー=ラドフ 人族


才能:{剣技}


スキル:{多段剣閃、鋭敏、魔物狩り}


魔法:{}


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ファウル=スリリット 人族


才能:{魔法器用}


スキル:{詠唱短縮、詠唱保存}


魔法:{上級水魔法、中級土魔法}


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 それなりの実力者のようだが、恐れるようなスキルも無い。

 この程度で俺の身内に手を出すとはいい度胸だ。

 ザウナーとの話がひと段落ついたのか、ファウルが今度はこっちに耳打ちをしてきた。


「おいあんた。自分の奴隷を傷つけられてイラついてるのはわかる。ザウナーはちょっと他種族を毛嫌いする気があってね。でもそれ以外はいいやつだし、実力もあるやつだ。ここは引いといたほうがいいと思うぜ?」


 ちょっと毛嫌いってレベルじゃないんだが。

 そしていいやつは少し切れたぐらいで剣は抜かない。


「忠告には感謝するが、そこをどけ」


「ったく、これだから実力のわからないやつは」


 急に自分の問題点について語り出した。

 そうだよ、これだから実力のわからないやつは。


「すまんがこれ以上事を大きくするわけにもいかないんでな。ちょっと眠っててくれ」


 ファウルがそう言うと彼の頭上にサッカーボールほどの岩が現れて、俺の頭めがけて飛んできた。

 ほほう、これが詠唱保存ってやつか。

 あらかじめ魔法の詠唱をしておいて、それをあとで実行するスキルらしい。

 鑑定を使っていなかったら詠唱なしでの魔法の行使と勘違いしていたかもしれない。

 実際に観衆達はそう思っているだろう。


 だが、この程度の土の塊でどうやって眠れというのか。

 直撃しても微動だにしない自信がある。

 感覚強化スキルを使って最大限に体感時間を引き伸ばして考えてみるが思い付かない。

 もしかしてこうして考えさせることで眠気を誘うとかだろうか。

 随分と呑気な眠らせ方だ。

 それならまだ子守唄を歌ったほうが効きそうだ。

 ただし可愛い娘に限る。


 とりあえず飛んできた岩はキャッチして握りつぶしたおいた。


「……んん!?」


「他に眠らせる手段が無いなら通らせてもらうぞ。ちなみに子守唄は却下だ」


 あらかじめ却下したからか、男は歌いだすこともなく横を通してくれた。

 目を見開いて止まっていたが、目が乾燥しないのだろうか。


「で、そのバカみたいに抜いた剣はただのお飾りか? ならボロが出る前にポケットにでもしまっとけよ」


 再び対面したザウナーを挑発する。

 ファウルに抑えられたからか少し戻っていた顔色が再び赤くなった。

 そして無駄に大きな剣を振り上げる。

 正当防衛、いい言葉だ。

 どんな流れがあっても先に手を出したほうが悪い。

 そして一度手を出されたらそこから先は何をやってもいいのだ。

 多分。


「ファウルの優しさも無下にしやがってバカめ。起きたら腕の一本や二本なくなってると思え!!」


 振り下ろされた剣の速度はあんまりにも遅かった。

 これに当たれというほうが難しい。

 体を少し動かしてその軌道からずれる。

 

 しかしそこで何か嫌な予感がした。

 これも感覚強化の一端なのか、危機感知が作動する。

 不思議に思いながらももう一歩横に動くことにした。


 ああ、そういえばスキルに多段剣閃ってのがあったな。

 剣の攻撃範囲が見たまんまではないのかもしれない。 

 そのまま見ていると床に三つの切り傷がついた。

 やっぱりか。

 

 何事も慢心はよくない。

 もし最初の位置のままだったら、おそらくフードの全面が切れていただろう。

 なんかこの世界が俺のフードを狙っているように思うのは気のせいだろうか。


「ッ! ザウナー!! やめとけお前の敵う相手じゃない! ……ってもう遅いか」

 

 動き出したファウルが叫んだが、その通り。

 もう遅い。

 正当防衛は始まっているのだ。


 地面に切りつけられた剣の柄に近い部分に足を置いて体重をかける。


「うおっ!? って放すかぁ!!」


 両手にかかる重さに驚き、ザウナーは前にのめり込んだ。

 しかし剣を握る力を強めて武器を放すことはしない。

 バカか。

 戦闘中に上半身を無防備にし過ぎだ。


 前かがみになったザウナーの腹に勢いよく膝蹴りを入れた。


「ぐぼぁ!?」


 今度こそ剣から手が離れて先ほどまでは主役だった男が吹っ飛ぶ。

 その先に人がいないのは確認済みだ。

 汚い悲鳴だな。

 剣も手放してるし。


「い、いでえええ! 腹が!! 内臓が潰れた!!」


 無様に転がる様子を見て滑稽に思いながら床にささった剣を抜く。

 俺が踏みつけた時にめり込んだようだ。

 ザウナーの剣を持って腹を抱えている彼の元まで行く。


「さて、腕の一本や二本だったか?」


「ひぃ、やめ! 俺の負けだ! 俺が悪かった!!」


「すまないが俺はこんなでかい剣を扱ったことが無いんでな。足の一、二本多く切っても悪く思うなよ?」


 足でザウナーを踏みつけて逃げられないようにし、剣を突き刺す向きに構えた。


「じゃあまず一本目」


「やめてくれええぇぇ!!」


 俺は男の鼻先を掠めるようにして剣を突き刺した。

 ザウナーは泡を吹いて白目をむく。

 股は黄色く染まっていた。

 お漏らしとはしょうがないやつだ。

 汚れたくもないので、足を体の上からどけた。


 もちろん本当に手足を切断したりはしない。

 サーリィも見てるし俺も見たくない。

 一応、一滴も血は流さず収めたのだが、店内は静まり返っていた。

 先ほどまでの活気あふれる様子とは大違いだ。


「店主」


「は、はい! ここにおりますが……」


 いつの間にか近くに来ていたバーコードのおじさん。

 しかし顔は強張っている。

 その上敬語だ。

 あの優しい笑顔のおじさんを返してくれ。


「床を傷つけて悪かったな。これで直してくれ」


 そういって金貨を一枚渡す。

 ちなみに金貨の価値は10万タリルだ。


「ええっ! これじゃあ多すぎる! この半分も要らないくらいだ!」


「じゃあ残りの半分は皆の飲み代に当ててくれ。食事中のやつらも騒がせてすまなかった! ここからの飲み代は俺のおごりだ!」


 一度こういうのをやってみたかった。

 手持ちの金貨が残り2枚になってしまったが必要経費ということにしておく。

 俺の言葉を聞いて、再び食堂は盛り上がりを見せた。

 地鳴りのような歓声が飛び交う。


「流石強い男は器が違うな! ありがたく飲ませてもらうぜ! 見た目は怪しいけどいいやつだなお前!」


「魔法を握りつぶしたところは本当にびっくりしたわ! あとでこっちの席にきて一緒に飲みましょうよ怪しい人!」


「他人の金で飲む酒は格別だからな、ありがとうよあんちゃん! 怪しいけど!」


「怪しいお兄ちゃんかっこいいー!」


 皆喜んでくれたようでなによりだ。

 これで店主に追い出されるようなことも無いと思いたい。


 あと、怪しいは余計だ。

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