第30話

 煌々と照り付ける太陽の御許に広がる一面緑に色ずく草原は今日も今日とてまばらだが確かに一体感のある草木を気持ちよさそうに吹き抜ける風に流れを任せ揺られている。


「てやぁっ!!」


 その広大な草原の中央に人影が数名とすこし離れた位置に対になるように人ならざる大きな影が一つ地面にくっきりと浮かんでいた。

 にして五名、出で立ちこそ異なるが揃って胸元からは〝白等級〟のペンダントをぶら下げていた。そして彼らが見つめる先に位置する巨影は堂々とそこに鎮座していた。

三角形の特徴的な頭部からは零れ落ちそうな程大きな眼球がぎょろりと覗き、胴体は丸く、皮膚はいぼ状に凸凹していて不気味な紫の色をまとっていた。発達した後ろ脚だけが極端に大きく、前脚は対をなすかの様に非常に貧弱ななりをしていて微妙にバランスが取れていないフォルムは大きさも相まってかえって不気味であった。


「フロッギーめ。中々硬いぞ」


 唇を噛み締め、目の前のフロッギーから目を離さず後方のパーティーに言葉を投げたのは両手剣を携えた女剣士であった。その少し後ろに真っ白なシスター服を着た少女とその横にはうなだれぐったりした軽装の青年が一人シスターに抱きかかえられていた。


「だ、大丈夫なんですか?こ、これ」


「うっさい。ここで狩らないと私たちくいっぱぐれちまうぞ!」


そう言い放ち両手剣を構え、フロッギー目掛け加速する。


「てやぁッ!!」


キンキンキンッ!!


しかし刃はフロッギーの皮膚を貫くことなく虚しく散るのは堅い甲殻に阻まれた剣戟が生んだ火花だけである。


「キンキンの数が足らないですよ!?それでは攻撃が通るはずありません!もっがい!」


シスターが後ろから女剣士を鼓舞する。ちなみに援護は特にない。


「うっせぇ!早くその再起不能の男をどうにかしてくれ!」


キンキンキンキンキンキンキンッ!


再度剣をたたきつける。体が温まってきたのか女剣士の剣戟が生む火花が吹き荒れる。


「よし。いいですよ!あとキンッ!×9で勝つる!」


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」


 女剣士の剣戟がさらに加速する。先ほどまで散っていた火花はもはや紅蓮の花を形どっていた。


キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!


「子供のこーろの夢はぁ……♪」


「ちょっ!?そこ歌う暇があったら回復を……っ!?」


 シスターが歌を口ずさんでいる時であった。一瞬の隙をフロッギーは見逃さなかった。長い舌が女剣士の剣を弾き飛ばした。

「ッ!?しまッ……」


 そう言葉が出た時にはすでに剣は宙を舞っていた。飛ばされた剣に視線を誘導されていて迫りくるフロッギーの長い舌が体に巻き付いていることにきずいたのは自身の脚が地面を放れた時であった。


「きゃッ!?」


 思わず普段は強気な女剣士も思わず雌の声をあげてしまった。フロッギーは舌で宙ずりにした女剣士をそのまま体内に引きずりこんだ。


「やっ!?やめろぉ……」


 辛うじてフロッギーの口元に手を掛け耐えているも飲み込まれるのは時間の問題だろう。


「たっ……はやくなんとかしろー!」


 女剣士が叫ぶもシスターは歌を口ずさんでいる。


聞く耳持たずといったところであろう。もう一人うなだれている男はもはや寝腐っている。



「こ……こんな時に」


 粘膜で手が滑る。力も抜けてきている。このフロッギーの粘液のせいだろうか。飲み込まれる。そう覚悟した時であった。


「秘技〝ジェットン汁〟!!」


すさまじい加速で何かがフロッギーの頭部にぶち当あたった。


その衝撃でフロッギーの姿勢がわずかに揺れた。


「うわっ」


そのまま女剣士はフロッギーの口の中から投げ出された。


「何がっ!?」


顔を上げた時にそこにあったのは紅蓮渦巻く腕を振り上げる戦士の姿であった。


「たらふく喰らえ」


そのまま左腕をフロッギーの口の中に突っ込んだ。しばらくたじろく姿を見せていたフロッギーであった

がやがておとなしくなり、動かなくなった。


静止したフロッギーを確認したところで男は左腕をフロッギーの口の中から引き抜いた。


「すげぇ……一体」


 一瞬のことであっけにとられその場に座りこんでいる女剣士のもとに男が近寄ってきた。

そして歩きながら腰のカバンから筒状の物体を取り出したかと思うとそれを女剣士に無言で突き出した。 女剣士はそれを手に取ると男は紅蓮渦巻く手から何かを抜いた。右手に持っていたのはコルク栓であった。そのまま手首を筒状の簡易コップの中に掲げ男は一言つぶやく。


「豚汁は好きか?」


 瞬間熱々の茶色い液体が簡易コップに注がれる。そして注ぎ終わると男はくるりと女剣士に背を向けた。


「あ、あの!?こ、これは」


女剣士が思わず声を上げた。男は止まりわずかに顔を傾けた。


「豚汁さ。体が温まるぜ。のみな」


「は、はい!」


そして男はそばにいたシスターと軽装の男にも豚汁を配る。


「あ、ありがとうございました!」


「いや気にするな。ところで君たちがフロッギーの退治の依頼を請け負ったパーチーかい?」


「あ、はい。そうですけど……」


「そっかぁ……ならよかった」


「え、何が……あれ、意識が、あれれ」


 シスターがわずかに揺らぎそのままその場に倒れた。女剣士も同様である。軽装の男はもはや言うまでもなく無気力に地面にふしていた。


「さぁて、騙して悪いが仕事なんでな。さて依頼完了と」


「な、なぜこんなことを……」


倒れ伏している女剣士が小さな声でつぶやく。男は笑う。


「まぁ……こっちもくいっぱぐれんのはごめんなんで」


 そういい残すと男はフロッギーの背にまたがる。フロッギーも男が乗ったことを確認するとゆっくりと歩きだす。その後ろ姿を追うかのように女剣士が猛烈な睡魔に襲われる体で全力の声を上げる。


「き、貴様!名くらいなのれ!絶対復讐しにいってやる……」


「通りすがりの豚汁おじさんさ。覚えておくといい」


と背中越しに手をひらひらとあげ、男は去っていった。


「絶対……絶対忘れんぞ。と、んじる……」


彼女の視界は意識を失う最後の最後まで豚汁おじさんことタカシ・ボルシュテインの背中をとらえていた。


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