第25話

「タカシッ様!」




 またもやタカシの名前を呼ぶ声がする。この声聞き覚えがある。それも昼間にいったギルドで。それを知っていたからタカシは振り向く事が出来なかった。




「やっと見つけました。銀等級冒険者……」




(駄目だ、その先は……)




「タカシ・ボルフシュテン様」




 騒がしかった群衆が一気に静寂に包まれる。突然の事に目の前のエレノアもあっけにとらて目を見開いている。




「タ、タカシ……君は一体」




 その言葉の先を聞かずにタカシはエレノアに背を向け、ギルドの受付嬢アリスに向き直る。




「……恐れ入りますが先を急ぐので」




「そ、そんなッ!?我々を見殺しにするのですかッ!」




「先程ギルドの掃討作戦が始まっているとお聞きしました。私がいかなくても……」




「編成部隊はすべて撤退しました。幸い死者は出ていませんが……時間の問題です」




「……そうですか。ですが私には」




 そう言いかけた時アリスがその場に膝をついた。そして両手を添え頭を下げる。




「お願いします。勝手なのは承知です。ですがもう、これ以上は、これ以上はッ!」




 彼女は真剣そのものであった。よく見ると彼女は裸足であった。裸足で街中を必死にタカシを探し回っていたのだ。その姿に心打たれたのかエレノアが声を上げる。




「タカシッ!君が真に銀等級の冒険者だというのなら戦うべきだろうッ!私が知っているお前なら迷わず


飛び出していたはずだッ!それともベヒ美がいなけりゃなんも出来ないってか?」




 タカシはその言葉に返す言葉が見つからなかった。そして深呼吸を一呼吸し、左手の手甲を外し、フレアで構成された左腕を晒す。




「そ、それは……」




驚きの表情を浮かべる一同に反応せず淡々とアリスの元へ近づく。そして左手で茶色い球体を作り出す。


そしてアリスの眼前にその球体を差し出した。




「大丈夫。手ですくって舐めてみてください」




 アリスは顔を上げ、不思議そうな顔を浮かべながら言われた通りタカシが造り出した球体を人差し指で撫でそしてペロリと舐めた。




「お、おいしい。こ、これは?」




「これはな……俺の故郷の料理〝豚汁〟っていうんだ。これを出すだけの能力が俺が持ち得るすべてだ」




 その言葉に一同ざわつき始める。しかしアリスだけが言葉を続ける。




「そ、そんなご冗談……こんな時にッ!?」




「冗談なんかじゃない。俺は本当に〝豚汁〟を出すだけの能力しかもちあわせちゃいないのさ。ましてや




 ギルドの精鋭たちが敗れる程の化け物に俺が本当に勝てると思うか?」


アリスは口をつぐむ。代わりに横にいるエレノアが声を上げた。




「ならベヒ美とやらはどうやって仲間にした!」




「あれはこの豚汁を飲ませて偶然にも仲間にしただけだ。無論モンスターによって浸透率が違う。ベヒ美が仲間になったのは本当に偶然なんだよ」




「……ならベヒ美を呼べ。奴なら」




「無理だ。見てなかったのか?荒野で戦った際の傷を。来たところで市壁を超える化け物を抑えることはできない」




「さっきから無理、無理、無理ッ!それしかいえないのか貴様ッ!」




憤るエレノアにタカシは淡々と続ける。




「無理なもんは無理だ。他を当たってくれ」




エレノアの肩をポンッと叩きその場を後にしようとした時であった。




「ふざけんなッ!」




それは街中に轟く大きな怒号だった。怒号の方向へ振り返ろうとした時、タカシの頬に痛みが走る。




「ッ!?なにすん……だ」




タカシの目の前に立っていたのはアリシアであった。息を荒げ顔は悲痛に歪んでいる。




「アリシア、さん。なんでここに……」




「ふざけんなッ!ふざけんなッ!ふざけんなッ!」




喋りかけたタカシの言葉はアリシアの怒号三連撃に阻まれた。そしてタカシの胸倉を掴みかかり、押し倒した。




「なんでッ!救える命を救おうとしないんですかッ!?なんで最初からあきらめてるんですかッ!?幽閉された私を助けに来てくれたあなたはッ!?ダンジョンでベヒモスを倒して帰ってきたあなたはッ!?荒野で身を投げ出して私を助すけてくれたあなたはッ!?一体どこいったんですかッ!?能力なんて関係ない。問題はあなた自身ですよッ!?どうしてそれがわかんないんですかッ!」




「……わかんないよ。だって俺は英雄じゃない。ただの豚汁おじさんだから」




「能力だけで人生がきまるわけじゃない。あなたは諦めるんですか?この先の人生を能力が劣っているからというだけで」




「……お前に何がわかるんだよ」




「わかりますよ。あなたがテクノブレイカーだということも、この世界の人間じゃないということも」




 アリシアの口からでた言葉にタカシは耳を疑った。何故彼女がそのことを知っている。転生者であることはゲームーマスターである長老しか知らないはず。




「長老から直に聞きました。あなたがダンジョンに潜っている時に。私がなんであんなあっさり抵抗もせずに転移魔法陣にはいったと思いますか。なぜエルフの森の外にでても取り乱さなかったと思いますか。それは私があなたについていきたいと望んで同行を長老にお願いしに行ったからです」




「そんな……だって俺たちこないだあったばかりで」




様々な情報が入ってきすぎて頭の中が整理できない。アリシアは言葉を続ける。




「過ごした時間がすべてを決めるんですか?そんなの関係ない。私は私の意思であなたに同行したいと思いました。それはあなたの勇敢さにひかれていたからですッ!エルフの森で一人きりのあなたはあの時迷わずいいました。『長老の元へ連れて行ってくれ』と。もしかしたら殺されてしまうかもしれないのに。それでも先に進むため、あなたは迷わず踏み出した。ダンジョンも片腕を失いながら生還したッ!ラウンド5はまぁ茶番だったけど私を助けてくれたッ!引っ込み思案な私を陰から日向に連れ出してくれたのは紛れもないあなただッ!あなたが私を救ってくれたんです。……タカシさん。もう一度この街を救うために立ち上がってはくれませんか?」




 数秒の沈黙。タカシは答えない。アリシアも、アリスも、エレノアも誰もしゃべることはなかった。やがて一つの溜息が沈黙を破った。




「はぁ……立ち上がりたくても、アリシアちゃんがいて立てないよ」




「ふぇッ……タカシさん、まさか」




 アリシアがタカシの上から退き、タカシがゆったりと立ち上がる。




「ったく皆して無茶をいう。でも俺は銀等級なんてそんなご立派な者じゃねぇもんでな。だからこそ無茶を言うからには皆にも手伝ってもらうぜ」




 タカシは高らかに宣言した。紛れもない救済の意思表明を。震え、脅える足を一握りの勇気で押しつぶしながら。

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