第12話

 自らの左腕を見る。そこにはつい先程まであった肘から先の腕が無く、代わりに真っ赤な血液が滴っていた。その光景にタカシが感じたのは痛みでもなく、悲しみでもなく、ただただ後悔と自らへの疑問であった。








「ああぁ……たく、異世界来て早々にこれ、か。なに……やってんだ……お、れぇ」








 その言葉と共にそのまま仰向けに倒れる。そんなタカシに驚いている様子のフレアスライムがタカシの胸元でポンポン跳ねている。








「なぁんでモンスターなんかを庇ったんだろう……お前の姿見てたらさぁ……たまんなくなっちゃったんだよ、たく俺死ぬってのにこんなくだらない事ペラペラと……笑えるな」








 言葉も理解されていないだろう。しかしこのフレアスライムに自分の言葉が聞こえているような気がして話してしまった。段々と体の芯から熱が引いていくのが分かる。




 横に顔を向けると左手を中心に真っ赤な血だまりが広がっている。段々と意識が遠くなっていく。ここで死ぬんだと思ったら怖くてたまらない。体が寒さと相まって震える。




やがて視界が暗闇に包まれ、世界は音すら失った。








(結局アリシアさんを冒険に連れ出してあげられなかったな。おまけにエルフの森に火を放った事も謝れなかった。森の外の世界を見ることだってできなかった。二度目のチャンスもらっておきながら何やってるんだ俺は……やっぱり母さんと親父にも迷惑かけちゃったしなぁ……罰があたったのかなぁ……はぁ、せめて最後に母さんの作る豚汁食べたかったなあ……)








その瞬間だった。暗闇が一気に開け光に包まれる。








「なんだ……ないはずの左手が熱い」








それと同時に胸元のペンダントが光りだす。




その胸元に下げたペンダントを胸元から引きずり出すとそこには……。








タカシ・ボルフシュテン 十七歳(童貞) オス




レベル 5レベル(LEVEL UP)




職業  トン汁使い(NEW)




スキル 豚汁




    スカウトン汁(NEW)








「スキルが……まだ、まだだ。俺は内心諦められてないんだな。俺が俺自身をッ!」








その瞬間一気に光が晴れる。視界が明瞭になり、意識がはっきりとする。




目の前には先程のサイの怪物の姿があった。








「ッ!?」








先程失った左腕が熱い。目を向けるとそこには水色の淡い火を纏った液状の腕がついていた。








「そうか……お前が俺を……繋ぎとめてくれたんだな」








腕に接続されたフレアスライムは反応を示さない。








(なるほど。この〝スカウトン汁〟というスキル個体によって大きく異なるが、モンスターに一定量のませることでモンスターを使役できるものらしい。なお大根、人参、豚肉、こんにゃく、里芋、この五つの基本具材を流し込む事で侵略率をグンとあげてくれるってわけか……)








でもいつタカシは自身が生成する〝豚汁〟をフレアスライムに飲ませたのか。








「もしかして……俺が母さんの豚汁を願った時に……」








そう、意識不明の中、彼が母の〝豚汁〟を死の間際で願った事で無意識下にスキルが発動していたのだ。そして分裂により、体積が縮んだフレアスライムがそのタカシが生成した〝豚汁〟をすすった事により一気に侵略率が最高に到達し、タカシの使役の対象になり、左腕として彼の体の一部となりタカシの命を救ったのだ。








「……ありがとうな」








左腕のフレアスライムに礼をいうと、サイのモンスターに向き合う。




それまでタカシは死んだと思われていたのだろう。サイのモンスターが立ち上がり、こちらに歩みよって




くるタカシの姿を見て大きく咆哮した。








「ガァァァァァァァァァァァァアッ!!」








ビリビリと空気が振動で揺れる。耳が痛い。しかしタカシは歩みを止めない。








(俺はちっぽけな存在だ。それは異世界に来たからって変わらないだろう。おまけにスキル〝豚汁〟笑っちゃうぜほんと。でもこのフレアスライムが教えてくれた。ちっぽけでも力が無くても、力を持つものに勝てない道理はないと。俺に足りなかったのはスキルでも、レベルでも、はたまた義妹の碧ちゃんでもねぇ……。俺に必要だったのは……諦めない心だったんだッ!)








サイのモンスター目掛けて左腕を構える。








「俺は俺自身を諦めきれない。お前と同じように。でも一人じゃ勝てない。無論一匹でもだ。だが俺たち一人と一匹ならやれねぇ事はねぇだろうッ!なぁッ〝フレアァ〟!」








その腕はタカシの言葉に呼応するかの様に轟々と紅蓮を纏う。








「……体は〝豚汁〟で出来ていたッ!」








液状の腕の中にタカシの〝豚汁〟が生成されていく。そしてそれをフレアの体内でぐつぐつと煮えたぎっている。パンパンに張り、紅蓮を纏った左腕をサイのモンスターの顔面目掛けて構える。








(フレアは今日何度も分離をしている。恐らく出来るとすれば一回が限度だ。ならばこの一回、必ず奴の口の中にぶち込んでやるッ!)








構えを取ったまま動かないタカシにしびれを切らし大きく咆哮する。








「ガァァアアアアアアアアアッ!!」








今までにない大きな咆哮と共に大きな口を開け、タカシ目掛けて飛び込んでくる。








「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおッ!!!」








タカシも掛け声と共に、左手をサイのモンスターの口中目掛けて振りかぶる。








「必殺ゥゥゥゥ!ロケッッットン汁ゥゥゥゥゥゥゥウウッ!!!」








 その振りかぶった左腕が根元から吹き飛び、業火をまき散らし、サイの化け物の口中目掛けて加速し、炸裂する。








スライムの特性〝分裂〟とフレアスライムの〝業火〟とを組み合わせ、その分離させた体内でぐつぐつと煮込んだタカシの〝豚汁〟を熱々の状態で、〝業火〟で加速させて一瞬にして敵モンスターの体内にぶち込む。




まさにフレアとタカシ、一匹と一人にしか出来ないまさに必殺技である。








ドパンッ!!!








 サイの怪物の体内で豚汁が炸裂しその音が響き渡る。しかしサイの怪物は歩みを止めない。一方タカシもその場から動かない。そして怪物の角がタカシの眼前に迫った時であった。サイの怪物の動きが直前で止まり、やがて動かなくなった。




そしてタカシもその場から動かなくなった。




 左腕を振り切った時に既にすべてを使い切っていた。そのまま立ったまま意識を失っていたのだった。




そしてタカシの胸元から垂れているペンダントが再度光を帯びる。




光は収束し、新たにペンダントに文字が綴られた。








タカシ・ボルフシュテン 十七歳(童貞) オス




レベル 9レベル(LEVEL UP)




職業  トン汁使い




スキル 豚汁




    スカウトン汁




    ロケットン汁(NEW)




相棒  フレア(NEW)








 こうしてタカシの最初のダンジョンでの戦いは幕を閉じたのであった。




だがまだタカシの異世界での人生は始まったばかり。




ここから一人と一匹を加えた冒険が始まったのであった。

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