第9話

 タカシは今目の前の怪物に畏怖し動けずにいた。目の前の怪物の形相はまるで魔人だ。炎の魔人は轟々紅蓮を散らし尻もちついて剣を構えるタカシに近づき、タカシの片手剣を片手で掴む。ジュウッと音が鳴り、剣が一瞬にして紅に染まる。




(これがフレアスライム……これが初級のモンスター?あり、えねぇ……)




 目の前の光景に声が出ない。体が動かない。完全に固まってしまったタカシをフレアスライム魔人バージョンがジーッと見つめる。


そしてそのメラメラと燃える顔面がタカシの眼前まで迫る。




(うわぁッ……終わった……)




タカシがもうダメだと思った時だった。洞窟内が僅かに揺らいだかと思うと、轟音が鳴り響く。




「グガァァァァァァァアアァァァァァアアアッ!!」




咆哮と共に横の壁が突如砕け散る。




「うわあぁぁぁぁぁああああッ!!」


 その衝撃音に驚き硬直が解ける。爆裂して飛び散った岩石の破片が辺りに飛び交う。


咄嗟にその場に体を丸め、身を守る体制に入る。




(一体何が……突然の事が多すぎるッ!)




「グガァァァァァァアアアアッ!」




 再度咆哮が階層全体に響き渡る。それに伴い全体が揺れる。耳を塞ぎながら顔を上げる。


そこには先程のフレアスライムが頭頂部から人型の業火を噴出し、迫りくる敵に備えている様であった。 一方相対するは灰色の岩の鎧を纏ったような外観をした体長が十五メートルはあろうかという頭部がサイに類似したモンスターがゆっくりと破壊した岩壁から現れ、対峙していた。


フレアスライムが本体の頭頂部から灼熱の炎を収束させ、一気に吐き出す。先程タカシがくらった技だ。




「ガガガガガァァァァァァアアアアッ!?」




灼熱の業火を浴び、サイのモンスターの岩の様な体が真っ赤に染まり、僅かに苦しいのかうなり声が変わった。




(すごい……あんな化け物をあのスライムが圧してるッ!フレアスライムってモンスターは全部が全部こんな強いってのかよッ!?)




 戦況はフレアスライムが圧しているかに見えた。しかしその小さな本体から吐き出される炎が永遠に続くはずはなく、僅かに弱まる。


 サイのモンスターも炎が弱まった一瞬を見逃さない。防御の姿勢を解き、フレアスライムに襲い掛かる。体を大きく浮かせたと思うと、前足でフレアスライム本体を狙う。


 しかしフレアスライムも簡単には捉えられない。炎を吐くのをやめ、兎の様に跳ね、その攻撃をかわす。しかしサイのモンスターもそれを簡単には逃がさない。


 頭部の先端にある角を壁に叩きつけ、逃げ回るフレアスライムの退路を壁を崩す事で絶つ。


退路を断たれたフレアスライムは、サイのモンスターの足元を飛び回る。推定十五メートルはあるだろう巨体の足元ですばしっこく動かれてはサイのモンスターも当てようもない。


しかし次の一手で勝敗はあっさりと決まる。サイの化け物が自らの角で天井を思い切り突き上げた。天井が落盤し、激しい落石が起こる。




(えぇッ!?こんなんありかよッ!)




 必死にサイのモンスターとフレアスライムから距離を取る。フレアスライムは相変わらずぴょんぴょんと華麗にかわしていたが、大量の落石に巻き込まれた。岩の間に挟まっているフレアスライムをサイのモンスターが岩の上から踏みつける。




「ゴガァァァァァァァアアアアアアアアアッ!」




 そして勝利の雄叫びを階層内全体に響かせる。もはや弱いものいじめにしか見えないが、あのサイのモンスターと同等に戦ったフレアスライムは普通に強いモンスターであった。。


 今にも潰れそうなフレアスライムが最後の抵抗に出た。頭頂部から業火を放ち、また人型の形態を取る。そしてサイのモンスターの目に燃え盛る腕を突っ込んだ。




「ガガガギギギギガァァァアアアアッ!?」




 驚きと痛みにけたたましい咆哮と共にフレアスライムが踏みつけられ、はじけ飛んだ。


あたりにフレアスライムの火の灯った肉片がこびりついている。




(うわぁ……グロい。あ、てか俺さっき松明落としたんだったッ!マズいッ!)




 急いで革袋から松明を一本取り出して、フレアスライムの肉片に灯った炎に松明を近づける。サイのモンスターは片目を焼き焦がされて悶えるように咆哮している。




(早くつけ、つけッ!早くさぁッ!)




ボウッと音と共に松明がメラメラと燃え始めた。




「よっしゃついたッ!」




「ゴガァァァアァアァァァァァァァァァァアッ!」




 タカシが松明に火を灯し、うれしさのあまり声をだしてしまったのと同時に光に反応し、サイのモンスターがタカシの存在に気がついてしまった。




「やばッ!」




 松明を掲げ、火が消えない程度に洞窟内を駆ける。目的は無論第三階層脱出口の階段、である。まさか上の階層まで追っかけてはこないだろうとタカシは踏んでいた。


無論あの巨体では通ることは出来ないと。


 だからただただ全力で逃げる。真っ向から挑んだ所で勝てる相手ではない。


しかしサイのモンスターもタカシを逃がすはずがなかった。タカシも振り返ってはいけないとはわかってはいながらも背後に迫る巨影を、走りながら僅かに首を傾け、確認する。


タカシの読みが正しければ今いる三階層を抜ける階段にそろそろたどり着くはずだ。


必死に足を動かしながら揺れる視界の中、淡い灯を頼りに必死に出口の階段を探す。


しかし追ってくる怪物が背後にいるため判断力が鈍り、先程自分が降りてきた場所すら把握できない。焦りながら辺りを見渡す。




「おい、おい、おい……お、オッ!あった、あったッ!」




 視界にこのダンジョン第三階層出口の階段が見える。藁にもすがる思いで、階段目掛けて全力で駆ける。


ゴールはすぐそこだ、と自身に言い聞かせ、駆ける。後ろは振り返るな、ただただ前を見つめろ、再度自身に言い聞かせる。


しかし何が起こるかわからないのがダンジョンである。それはタカシが階段にあと十歩程でたどり着くというところであった。




「グガァァァァァァァァァッ!!」




地響きの様な咆哮が洞窟内に木霊する。その咆哮は辺りの空間を揺らし、タカシも近距離での咆哮を浴び、風圧で吹き飛ばされた。




「ッ!?」




 両足が地面から離れ、自身が宙に浮かされている事にきずく間もなく、そのまま吹き飛ばされ、顔面から不時着する。


そして咆哮の終わりと共に地響き。パラパラと崩れる天井に気がつき、痛みに歪む体を、仰向けに返した時には眼前に、天井が迫っていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る