017 翼を持つ種族、来たる

 俺は家に戻る途中で足を止めた。

 村の広場に、鬼族のひとたちが集まっていたからだ。

 みんな心配そうな顔で、空を見上げてる。


「──翼人ハーピーは夜明けとともに起きるから」

「──世界のことがよく見える」

「──鬼族は、なにも知らずに寝てるだけ」

「「──仲間が危ないのも知らないで──ふふっ」」


 その真上で、翼を持つ少女たちは歌いながら、くるくると旋回せんかいしている。

 笑ってる……? いや、遊んでるのか……?


「ショーマ兄さま──っ!」


 リゼットが俺を見つけて駆け寄ってくる。


「大変です兄さま。ハーピーが──」

「ハーピー? 魔物か?」

「いいえ、亜人あじんです。森に住んでいる、翼を持つ種族なんです」


 俺の問いに、リゼットが答えてくれる。

 リゼットは頭上を見上げる。つられて俺も空を見た。


「「ははは。鬼族の人たち、どうしたのー? 顔が青いよ。どうしたのー?」」


 飛び回ってる少女たちは、村人ひとりひとりを指さして、笑ってる。

 話す言葉には知性がある。魔物って感じはしない。


 ハーピーの翼は両腕のところに生えている。腕が、そのまま翼に変化したんだろう。

 身にまとっているのは、肌が透けそうな薄い衣。

 茶色の髪をなびかせて、楽しそうに村の上空を飛び回ってる。


「ハーピーが言ってた。鬼族の大人たちが襲われてるって。本当なのか?」

「大人たちが戦いに出ているのは本当です」


 リゼットはうなずいた。


「実は……森の奥には、魔物に占拠せんきょされた古いお城があるんです」


 そこは遠い昔に使われていた城で、今は荒れ果てるままに放置されているそうだ。

 森には魔物がいるし、村からはかなり距離がある。行き来するのも楽じゃないからだ。


「その廃城はいじょうに『黄巾こうきんの魔道士』と呼ばれる魔物が住みついたんです」


 リゼットの話によると、『黄巾こうきん魔道士まどうし』が現れてから、一段と魔物が凶暴かしたらしい。

 村のまわりに現れる魔物も増えた。強くなった。人を楽しんで襲うようになった。

 村人たちは人間の領主さんに助けを求めたけど、反応はなし。

 だからこの村の大人たちは、独自に魔物対策をはじめたそうだ。


「ショーマ兄さまには、心配させたくなかったから……言わなかったんです」


 そう言ってリゼットは申し訳なさそうに、頭を下げた。


「一昨日から、村の大人たちはその『廃城はいじょう』を攻略するためにでかけてます。村と『廃城』の間に拠点を作るつもりなんです。今日には、いったん帰ってくる予定だったんですけど……」


 リゼットはうなずいた。


『黄巾の魔道士』か……。

 そういえば昨日、ゴブリンロードがそいつのことを話してたな。


「もしかしてそいつや配下の魔物は、頭や腕に黄色の布を巻き付けてないか?」

「ご存じなのですか? ショーマ兄さま」


 当たりらしい。

 頭や腕に黄色の布をまきつけた賊──この世界では魔物。

 三国志で言うなら『黄巾賊こうきんぞく』だ。


『黄巾賊』は中国で起きた大規模な農民反乱だった。

 首領は『張角ちょうかく』という占い師。あるいは導士。

 それが『魔道士』に置き換わっているということだろうか。


「……するとハーピーは北方の騎馬民族ポジか」


 類似点は広範囲を高速移動することくらいだけどな。

 今の俺には、それくらいしか思いつかない。


「この村のまもりり手として聞くよ! 今の話は本当!?」


 声が聞こえた。

 村の広場で、ハルカがハーピーに呼びかけていた。


「さぁ」「さぁねぇ」


 でも、返ってきたのはくすくす笑いだった。


 数日前にでかけた村人たちがどうなっているか、ハルカたちには知る手段がない。

 でも、空を飛べる翼人ハーピーたちなら、簡単に見に行くことができる。

 問題は、その情報が本当かどうかだ。


「……ハーピーはいたずら者で、よく嘘をつくんです」


 リゼットが俺に耳打ちした。

 俺は彼女の横に立って、頭上を見ていた。

 

 空を飛び回るハーピーたちは、いたずらっ子みたいな顔してる。

 地上に集まる俺たちを指さして、笑ってる。

 なんだか……むかついてきた。


「もう一度聞くよ。お前たちが言ってるのは本当!? 本当なら、ボクたちはすぐに救援に行かなきゃいけないんだ。答えて!」


「──知らないよー」

「──本当か嘘かなんて言わないよー」


 ハルカの問いに、ハーピーたちは笑いながら答える。


「──鬼族たちが『ゴブリンロード』を倒すための落とし穴をしかけてて」

「──夜中になって、見張りに見つかって」

「「──戦いになっちゃったってのはほんとかなー?」」


 ハーピーたちは完全に遊んでる。

 ハルカも、まわりにいる子どもたちだって青い顔をしてるのに。


 …………ざけんな。


「……リゼット」

「はい。兄さま」

「俺も、今はもう『村の護り手』、ってことでいいんだよな?」

「え? あ、はい。もちろんです」

「じゃあ、奴らに一言、言ってもいいかな」


 俺の言葉に、リゼットは驚いたようだった。

 でも、すぐに、


「お願いします。ショーマ兄さま」


 俺の背を押してくれた。


「ハーピーたちに聞きたい」


 俺は前に進み出た。

 現実処理能力のある大人として、奴らと話をしてみよう。


「お前たちが言っていることは、本当か?」

「「──ニンゲン?」」


 ハーピーたちが驚いた声をあげる。


「ニンゲンだ!!」「ニンゲンがどうしてここにいるの?」

「なりゆきだ。それより、情報を教えてくれ」


 俺は軽く頭を下げてから、告げる。


「お前たちの情報が本当なら、俺たちはすぐに村人を助けにいかなきゃいけない。村の大人が殺されたら、この村は大変なことになるから」

「知らないよー」「関係ないよー」

「お前たちも亜人なんだろ? 魔物には迷惑してるんじゃないのか?」


 笑われたけど、どうでもいいや。

 俺は続ける。


「この村がなくなればその分、魔物の勢力が拡大することになる。お前たちも困るんはずだ。鬼族に手を貸すのはお前たちの利益に──」

「──関係ないよー」「──ハーピーは、翼があるもん」

「逃げればいいもん」「どこまでも飛んでいけるもん」

「「──翼を持たない劣等種れっとうしゅが、偉そうなこと言うなよ──」」


 ──『劣等種れっとうしゅ』って。

 そんなふうに見下してるのか。

 俺と、俺の義兄弟と、村の人たちを、そんなふうに。


「……そうか」

「なんだよー。ニンゲン」「飛べないくせにいばるなよー」

「『なるほどな……貴様らのうつわはその程度ということか!』」


 俺は真上にいるハーピーたちをにらみつけた。


「『底が知れたわ! しょせん貴様らは小さな翼をはばたかせるだけの存在。天地の間に存在することわりを理解することも、自分が誰を相手にしているかもわからぬか。くだらない生き物め!』」

「「──な!?」」


 ハーピーたちが目を見開いた。


「な、なんだよそれ」「飛べないくせに」

「「くやしかったらここまでおいでーっ!!」」


「『そうか、貴様らは異形いぎょう覇王はおうに、天空てんくうにて謁見えっけんしたいというわけだな!?』」

「──え」

「『ここまで来い、といったな! 前言をひるがえすすのは許さぬ! 我が姿を見て刮目かつもくせよ。そして、地に降りてひざまづけけ!!』」


 俺は地面を蹴った。


「『異形いぎょう覇王はおう鬼竜王きりゅうおう翔魔しょうまの名において』──『翔種覚醒しょうしゅかくせい』!!」


 風が鳴った。

 景色が、反転した。


 次の瞬間。

 俺は上空から、ハーピーの背中を見下ろしていた。


「「────はぅっ!?」」


 2人のハーピーが振り返る。

 目を見開く。冷や汗をだらだら垂らしてる。


 俺の背中には、真っ黒な翼。

 左右の幅は4メートルってところか。肩甲骨けんこうこつの当たりから生えてる。服を突き抜けてるのは、魔力でできた翼だからか。

 翼が風をつかんでるのがわかる。気持ちいいな。これ。


「『どうした? 小さき者どもよ。今一度、我を劣等種れっとうしゅと見下してみよ』」


 俺は言った。


「『我が頭上まで上がり、もう一度同じ言葉でわめくがいい! そのように貧弱ひんじゃくな翼で、覇王はおうを見下し、笑えるのならば!!』」

「──お、王様?」「──へ、辺境にはそんなのいないのに!?」

「この『異形いぎょう覇王はおう』を見下すならば、雲のひとつも切り裂いてみせるがいい!」


 そう言って翼に魔力を込めて羽ばたく。


 突風が発生した。


「──うぁ!?」「わわわわわっ!?」


 2人のハーピーの翼を、下向きの風が叩く。

 バランスを失った2人は、地上すれすれで体勢を立て直す。

 だけどそこは村の真上。

 自分たちが見下した鬼族が、手を伸ばせば届く距離だ。


「あ……あ」「あああああああ!?」

「『弱き翼しか持たぬ者よ。地に降りて、己の知っていることを話せ』」

「……ひ」「……ひぇぇ」

「『語らぬなら帰れ! ただし、お前らが王を見下し、笑ったことは忘れぬがな!』」


 ……そろそろ情報を吐き出して欲しいな。

 こっちもそろそろ限界だ。魔力じゃなくて、羞恥心しゅうちしんが。 


「「……ご、ごめんなさい……」」


 ハーピーたちはうつむいて、素直に地面へと降りた。


「わかればいい。ならば、お前たちの知っている情報を、我が家族に伝えてもらおうか」


 俺は『翔種覚醒しょうしゅかくせい』したまま、その真っ正面に着地した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る