第10章 表と裏

「それと、警察としてはね」と丸柴まるしば刑事は、「複数の外部犯による犯行の可能性も高いと見てるの」

「どうしてですか?」


 私が訊くと、


「殺害方法よ」

「殺害方法……確か、扼殺やくさつ

「そう。矢石やいしさんは真正面から首を絞められて殺されているわ。しかも、検死の結果、体にも衣服にも抵抗したり暴れたりした痕跡は見受けられなかったの」

「それは、どういう」

「抵抗する間も与えられず、正面から首に手を掛けられて一気に絞め殺されたってことよ」

「それがどうして複数犯に繋がるんですか?」

由宇ゆうちゃん、昨日の聴取のことを思い出してみて、殺された矢石さんがどんな人物だったか」

「ええと……あ」私はすぐに思い至った。「異様に用心深い人だった」


 丸柴刑事は頷いて、


「そうなの。常に他人を監視するように見ていたそうだし、背後から近づく人の気配まで察知できてたそうじゃない。そんな人に対して、単身真正面からの扼殺を仕掛けるなんて無理じゃない? だから複数犯の可能性が高いと見ているの。ひとり、もしくは数人が力尽くで体を押さえつけて、別のひとりが正面から首を絞める。これなら気配を察せられようがお構いなしに、全く抵抗されることなく相手を扼殺できる。死体の状況と完全に一致する殺し方になるはずだわ」

「そういうことですか」


 私が納得して頷くと、丸柴刑事は、


理真りまはどう思う?」


 探偵に意見を求めた。


「賛成。矢石さんが話に聞いたとおりの人だったとすると、真正面からの扼殺を完遂するには、ひとりではかなり難しいと思う」

「でしょ」


 今度は丸柴刑事も納得して頷いた。


「ただ」と理真は続けて、「余程被害者の隙を突ければ、単独犯でも犯行は可能かもね」

「余程隙を突くって?」

「例えば……暗闇からいきなり奇襲するとか」

「確かに犯行時刻は夜だったけれど、会場内は照明が灯されてて明るかったわよ。死体が発見されたバックヤードにも明りは十分届いていたわ」

「もしくは、犯人は被害者が全く警戒を見せない人物だったとかね」

「そんな人、いる? いたとして、どうして扼殺だったの? 他にもっと確実な殺害方法はごまんとあるわよ」

「そう」理真は丸柴刑事を指さして、「そこなんだよ、丸姉。どうして犯人は扼殺に拘ったのか。現場には有効な凶器になるものがたくさん転がってたっていうのに。拘ったのか、それとも、どうしても扼殺でなければいけない理由があったのか……」

「結局、不可能犯罪みたいな事件になっちゃったわね。なんてことない殺人事件だと思われてたのに。城島じょうしま警部の勘が当たったってことね」


 丸柴刑事は、うーん、と唸ってから大きく伸びをして、


「で、これからどうするの、理真。現在まで警察が入手した情報は全て伝えたけど」

「そうね。とりあえず帰るわ。買い物もしないとだし」

「あ、じゃあさ、理真」と私が口を挟んで、「私の用事もあるから、小新こしんのスーパーまで行かない?」

「いいけど。何? 用事って」

そうくんのクリスマスプレゼント買わなきゃ」



 毎年クリスマスになると、私は理真の弟の宗に、彼の趣味のひとつであるプラモデルをひとつ買い与えることにしている。小新にはいつもプレゼントを買う模型店がテナントに入った大型スーパーがある。その模型店は去年までは中央区にある独立店舗だったのだが、今年になって西区にある、そのスーパー内に移転した。私のアパートからは遠のいてしまったのだが、それまで毎年お世話になったこともあり、今年以降もそこで買い物をすることにしているのだ。


「毎年悪いわね、由宇」


 小新に向かう車内で、ハンドルを握る理真が言った。


「いいって。私も宗くんの喜ぶ顔見たいし」


 これは本当のことだ。ひとりっ子の私自身が、年下の親しい人に何かを送るという行為自体を楽しんでいるし、プラモデルひとつくらい、特段値の張るものでもない。


「理真のほうこそ、今年は宗くんからプレゼントを奪って先に包装紙を破いたりしたらダメだよ」

「はい」


 素直に理真は返事をした。というのも、去年、私が宗へプレゼントを渡した際、彼よりも先に理真が包装紙を破って中を開けてしまい、そのことを理真が連載している雑誌コラムに書いたことがあった。そうしたら、読者から、「いくら家族でも他人のプレゼントの包装を勝手に開けるのはいけない」という旨のお叱りのお便りをいただいてしまい、理真はしきりに反省する。ということがあったのだ。


「で、宗は何をリクエストしたの? どうせまたガンダムでしょ」

「当たり」

「本当に、どうして同じ物をいくつも欲しがるんだろうね。さっぱり意味が分からないわ」


 そうは言うが、確かに「ガンダム」という名前が付くロボットは無数に存在するが、全てが違うらしい。正直、私もどれがどれやら全く区別がつかず、名前を聞いても何が何やら意味不明だ。そのため商品購入時には店員さんの助けを借りており、これが「お世話になっている」ことの理由なのだが。今年も宗がもらったプラモデルを理真が見て、「宗、あんた同じの持ってるでしょ!」「違うんだよ姉ちゃん!」のやり取りが交されることになるのだろうか。



 目的の模型店に着き、私はメモを片手にレジに向かった。もはや自分で探す気ゼロである。だって、みんな同じに見えるんだもん。私が渡したメモをひと目見ただけで店員のお兄さんは、「かしこまりました」と一直線に数ある棚のひとつに向かい、ほとんど迷うことないまま、その中からプラモデルの箱をひとつ引き抜いた。私は舌を巻く。これ全部区別が付くのがすごいよ。代金を支払ってクリスマスプレゼント用の包装を頼むと、同じように包装待ちのお客が何人かいるので、少し時間をもらいたいという。それでは、と時間を決めて再び訪れることにして、私はせっかくだから理真を誘い、洋服や鞄などを見に他のテナントをウインドウショッピングすることにした。その理真は? と店内を見回すと、彼女は壁に向かって立っていた。いや、正確には理真が向かっているのは壁ではなく、ガラス張りのショーケースだった。私も近づいて覗き込む。


「うわ、すごいね」


 そこには、店員かお客が作ったものであろうか、完成したプラモデルが所狭しと置かれていた。そこに並んでいるのは、ガンダムなどのロボットではなく戦車だったが。


「乗ってる人まで細かく作り込んで、色まで塗って、よく作るよね」


 理真も並んだ戦車群を覗き込んで感心している。


「でもさ」と理真は視線を左右に這わせながら、「戦車って、ガンダム以上に区別つかないよね」

「同感」


 私もそう思う。言ってもガンダムは色使いがカラフルで、どれも同じに見えるというのは正直多少の誇張が含まれた表現だが、戦車は違う。形に加えて色のバリエーションも数種類しかない。何が違うの? と本気で疑うレベルだ。

 私と理真は、そのままショーケース沿いに歩く。展示されている模型は戦車から飛行機のコーナーに変わった。


「飛行機も無理。みんな同じに見える」

「同感」


 ここでも理真と私の感想は合致した。それでも飛行機は、機首先端にプロペラが付いているか否かで大きな大別は私にも可能だ。飛行機のコーナーも終わり、次に登場したのは、いよいよ宗の得意分野でもあるガンダム(正確には「ガンダム」だけでなく別のロボットアニメの商品も含まれているのかもしれないが)のプラモデル群だった。


「あ、こうして見ると、少しは見分けが付く。戦車や飛行機よりは全然まし」

「本当だね」


 大砲とキャタピラ(「キャタピラ」とは実は登録商標で、一般的な総称としては「クローラ」と呼ぶらしいが)の戦車。胴体に翼(プラス、プロペラの有無)の飛行機。全く同じ記号だけで構成されたそれらと比較すると、ガンダムなどのロボットは、豊富な色使い以外にもバリエーションに富んだ外見をしていることが認識できる。中には四肢を備えてはいながらも、明らかに人体のシルエットを逸脱したものもある。私はトマホークチキンのマスコット、トマホーくんを思い出した。それら居並ぶロボットたちの中に、私は際だって特異な一体を見つけた。


「理真、これ、面白い」


 私が示した、その明るい黄緑色のロボットに理真も視線を送った。


「何これ、変なの」

「でも、ちょっと、かわいくない?」


 私が指さしたそれは、人体のシルエットを逸脱した部類のロボットだった。頭部は胴体と明確に区別されておらず、胴体上部に小さな単眼が光っているだけだ。幅広い胴体の中央には鳥のくちばしのような鋭い突起が出ている。両手が人間のそれではなく三本の黄色いかぎ爪になっている。脚部は極端な短足で、どことなくトマホーくんを連想させた。何より際立って変わっているのが、


「ほら、背中」


 私はそのロボットの背後を指さした。私たちが覗いているショーケースは背面が鏡張りになっている。これは恐らく、展示された模型の後ろ側まで見てもらえるようにという工夫なのだろう。そのため、居並ぶロボットたちはこちらに正面を向けながらも、その背部をも鑑賞できるようになっているのだが、


「正面と同じでしょ」


 背面の鏡に写るそのロボットの背中側は、しかし、私たちが直視できる正面と全く同じ姿をしていた。つまり、モナカのように、全く同じデザインのものを前後で貼り合わせたような構造を持っていたのだ(後の調査で、そのロボットは「MSM-10ゾック」だと判明した)。


「何なんだろうね。デザイナーが手抜きをしたのかな?」


 そんなわけあるか、と心の中でセルフ突っ込みをしながら私は理真を見た。すると、


「……理真?」


 彼女は下唇に指を当てて黙していた。これは理真が考え事をするときの癖だ。


「後ろが正面。つまり、後ろが見える……。だから……。それなら扼殺の意味も……」


 ぶつぶつと呟いていた理真は、指を離すと鞄から携帯電話を取りだしてダイヤルした。


「……丸姉、至急、トマホーくんを調べて……あの着ぐるみだよ。……そう、私の推理が正しければ、きっと何か痕跡が……」

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