中央尖塔

「へえ、これが塔の中か広いね」

「久しぶり、なつかしいな。二年ぶりだぁ」

 五人は塔の中を見回し感動を思わず口に出す。

 ファーファ以外はこの中に入ったのは初めてなのだ。塔内には所々魔法の明かりがともされているが広さに対して十分ではないので薄暗かった。


 フロスを助けたことで塔の中に入ることはできた。友人がここにいることを説明したが、どおしても信じてもらえなかった。交渉とファーファのアウローラの領主の娘という肩書きのおかげで、結局は塔に入ることは許可してもらえた。もちろん護衛という名の監視をつけ、許可された部屋だけという条件だが。それでとりあえず手を打つしかなかった。調停者ウォーロックが不在ではそれ以上は望めなかったのだ。


 もう空が白む時間になっていた。

 中から見ると回廊にある窓からうっすらと光が漏れてくる。本来なら人々がそろそろ起きだしてくる静かな時間帯のはずなのに人々がやたら忙しげにウロウロしている。毛布をかかえた人や手押し車に小箱や瓶を積んだ人々が急いで塔から出てゆく。そういえば塔の入り口でぶつかりそうになって怒鳴られたことをファーファは思い出した。


「ドラゴンの戦いでだいぶ被害が出ましたからね。

 できる限りの支援しえんをするよう申しかっているので、まずは塔内の人間をげて救援をしているところです」

「そんな大変なところにまったく申し訳ないです。

 俺たちも余裕がないのです」

 リリーの説明に恐縮きょうしゅくした裕司が答える。リリーは微笑みを耕輔たちに向ける。


「あなたたちの加勢でグラキエースのドラゴンを素早く排除できたのですから。

 最後の爆炎球ファイヤーボムはあなただというではないですか」

 裕司に微笑む。

「あなたたちは、英雄です。

 できる限り希望に沿うことは、私たちの感謝の気持ちです」

 思案顔で付け加えた。

「あの黒いドラゴンはグラキエースの息がかかっていると私たちは見ています」

 耕輔たちはアギーに初めてあった時の説明に『グラキエース』の単語があったことは覚えていたが、雰囲気からそれ以上の質問をすることははばかられた。


「早く、こっちこっち」

 玲奈が待ちかねたのか裕司の肩から飛び出し皆を先導する。階段の手すりに留まりじれったそうに声をかけてきた。

 ドラゴンの戦いが終わった途端、姿を見せちゃっかりと合流していた。


「早く、こっちに春華がいるよ」

 その声に耕輔がハッとし玲奈の方にかけて行く。

 やっと春華に会えるのだ。

 この一週間、後悔しなかったことはない。自分の迂闊さから巻き込んだ友人たちをこの世界から帰すのは自分の責務せきむだと思い込んでいる。それには、まず春華に会わなければ、そうすればなんとかなると信じていた。

 原田医師もいっている、玲奈もそういう、そして思い込みだったとしても自分の心がそう言っていた。


「春華に会いたい」

 ぽろっと口から出た言葉に耕輔は自分で驚き立ち止まる。顔を赤くして周りを見回すが薄暗いので誰にも気づかれずにすんだ、はず。耕輔は首を振って駆け出した。

 先頭に耕輔、その頭にアギー、その後ろにフロス、裕司、ファーファ、バーデン、リリー、警備数名という順で階段を上っていく。

 玲奈は耕輔たちがそばまで来ると先に飛んで先導していた。


「耕輔。もうすぐ藤鞍さんにあえるね。

 嬉しい?」

 アギーが頭の上から聞いてくる。

 耕輔が黙っているとアギーは独り言のように呟いた。

「一週間って、あっという間だったね。

 この一週間、私が生まれて百年の間で一番楽しかった」


 耕輔は、百歳なの! と驚嘆したがそのことには触れずつぶやくように語りかけた。

「ありがとう。アギーには色々助けられた。おかげでここまでこれた」

 高鳴る胸に感情が高ぶっているのか目に涙が浮かぶ、流れるほどではないが、視界がぼやけてしまった。

「ありがとう、僕もここでのことは絶対に忘れない」

「うん、私も忘れない…」

 アギーは語尾をぼかしたが、耕輔は気がつかなかった。


「もう!みんな遅い。こっちだよ」

 玲奈がじれったそうに叫ぶ、彼女には春華のいる場所が見えている。さっさと飛んで行きたいが、みんなそろってと義理堅く考えていた。


「裕司、結局なぜ強い魔法が使えるようになったかわからなかったね」

「そうだな」

 裕司は、ぽつりと返事する。


 結局、ファーファは魔法を使えるようにならなかった。自分は助けになれなかった。確かに技をほんの少しは教えられたが、全然時間が足りない。

 裕司は内心にこの世界に留まりたい欲求を覚えていた。でも、実際には望めないことだった、オリジナルの体のことがある。これ以上この世界にいることは無理なのだから。


「すまないな。

 ファーファの助けになれなかった」

 階段を一段づつ登りながら踏みしめるように声をかけた。

「そんなこと気にしなくていいんだよ。

 短い時間だったけどすごく楽しかったよ。

 謎の軍隊に捕まっちゃうし。

 最後はドラゴンの格闘に居合わせるなんて、すごい迫力だった。

 それにユウジの使ったボクの魔法すごい威力だった。

 また魔法が使えるようになったら。もらったヒントでもっと威力を上げるんだ。

 うん」

 ファーファはニコリと笑って、裕司の服の裾をくいっと引っ張る。明るく振舞っているが、名残惜しい気持ちが思わず出てしまっていた。裕司は前を向いてだまったまま階段を登っている。


「まったく、なんなんでしょうね。

 そんな、異世界から来た子がこの塔にいるはずないじゃないですか」

 リリーは後ろに続く護衛と話し合っている。彼女にとってありえないし、いい迷惑だったので顔をしかめてぶつぶつ文句を言いいながら後について登っていた。


 どれくら登っただろうか、階段は塔の外壁に沿って螺旋状に作りつけられている。所々で塔が階段状に狭くなる部分を三回ほど越え、大分塔の直径が狭くなってきてる。耕輔は肩で息をしつつ先で待っている玲奈を追いかけて登る。


「はあ、はあ。まだぁ?」

 最初は気がはやるので頑張っていたが反動でそろそろ休まないと倒れそうだった。耕輔が後ろを見ると祐司とファーファが平気な顔をしてついてきている。

「どうした? 耕輔。へばてっんのか?」

「う、うるさい。平気さ」

「まあ、無理はしないことね。辛い時は、素直な方がいいわよ」

 頭の上からアギーに慰められて、かえって疲れが溜まる。

「むー」


 フロスはいつの間にか護衛の一人に抱えられていた。次の踊り場まで来たのでそろそろ休もうと言おうとしたら、玲奈が廊下を曲がり部屋の方へ飛んで行った。


「やっと階段は終わったか」

 耕輔は深呼吸してから玲奈の後に続く。

 その耕輔の脇を護衛が険しい顔をして駆け抜けていった。玲奈は廊下の中頃のドアの前でホバリングしながら、ここだよとみんなを呼び寄せた。その部屋の扉はかなり重厚じゅうこうな造りで左右の部屋とは明らかに違いがあった。バロック紋様に似た華麗かれい紋様もんようほどこされた扉は中央に紋章が刻まれており角にむけてツタのようながらが伸びている。駆け寄った護衛はそのドアの前に仁王立ちになり腕を組んできびしい目で耕輔たちを睨みつけた。


「ここは、だめだ!立ち入り禁止だ。

 そんなしゃべるフクロウの世迷言よまいごとなど信じられか」

「はー、玲奈のこと世迷言って言った!」

「やめてー」

 耕輔と裕司は必死で玲奈を押さえつけたが翼ではたかれ、爪で傷だらけになってしまった。

「お願い、玲奈我慢して」

 玲奈は渋々と大人しくなった。それを目の端で確認して耕輔は護衛に喰ってかかる。


「このフクロウには、彼女には、見えているんです。間違っているとかありえません。

 なぜだめなんです。だれがいるんですか?」

 裕司も加わって喰ってかかり、その頃にはフロスを下ろした護衛も加わり、なぜだ、問答無用など押し合いをり広げ始めた。


「ここは、姫殿下の寝室だ。

 無関係の人間を入れられるか」

「そんなはずない、とにかく確認させろ」

「そんなこと許せるか!

 だめと言ったらだめだ」


 護衛は、にじり寄る耕輔と裕司を両手で押しとどめ、今にも殴りかからんという形相ぎょうそうで怒鳴りつける。気を取り直した玲奈も加わってぎゃあぎゃあ言っている。

 背後で顔を片手でおおいい深いため息をついたファーファが気を取り直し輪に加わろうとした時、一足早くリリーが前に進み出で四人の間に割り込んだ。


「みなさん、お願いですから落ち着いてください」

 その姿からは思いもつかない大きな声に皆は驚嘆してリリーを凝視した。


「フロス様を助けていただいた上に、ドラゴンの排除に助勢じょせいいただいたこと、私どもは大変感謝しております。

 そのうえ、アウローラのファールン様のご友人ということで、塔に入ることを許可させていただきました」

 ファーファの方を見た。ファーファもコクリと頷く。

 すぐに、耕輔と裕司に視線を戻す。


「さらに、どうしてもということで塔の中を見て回ることも許可しました。

 これ以上勝手を言われるのでしたら、私どもが感謝していることは、それはそれとして、英雄の方々といえど退去をお願いすることになりますよ」

 もう一度、ファーファに視線を投げ、すぐに耕輔と裕司に視線を戻す。

「そうなると、ファールン様の面目も立たなくなりますね」


 耕輔と裕司は、顔を見合わせ黙り込んでしまう。ファーファに迷惑がかかってしまう。さすがにそう言われて返す言葉もない。春華が居ることは、確信していてもそれは自分たちの都合だ。無理を通せる義理も権利もなかった。それでも、そうは言ってもいられない。


「本当に、お願いします。

 自分たちはこれ以上この世界にいることはできないんです。なんとか帰らないとならないんです。

 今日中に元の世界に戻れないと大変なことになるんです」

 耕輔は床に手をついて、平身低頭して心の底から声を絞り出す。床に手をついてお願いするなんて生まれて初めてだった。

 裕司もすぐに並んで床に手をついた。


「僕の失敗せいで友人を巻き込んで、裕司も藤鞍さんもそこの玲奈だって、みんなのことを助けたいんです。

 お願いします!」

 床に手をついてお願いするなんてこと見たことも聞いたこともなかったリリーは困り切ってしまった。

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